4年ぶりのベトナム。北部から中部へと歩いた18日間 77 - 王宮⑱ 紹芳園(卍の回廊)(2023年6月19日/6日め)
2023年6月19日 フエ王宮・紹芳園で。
6月19日(月)
太平樓の見学を終え、
次は、すぐ隣りにある、
紹芳園(ティープフォン庭園)
に行きました。
紫禁城の北東部には、
紹芳園や御園と呼ばれる庭園などがあり、
それらはすべて、回廊で結ばれています。
その回廊は東西の各門を通り、
紫禁城の外ともつながっていました。
太平樓の玄関ポーチから見た、改造型塀風門とふたつの門です。この門を出ると、すぐ前に紹芳園があります。屋根が、少し見えていますね。^^
紹芳園に入りました。少しだけ見えていた屋根の下は、こんな風になっていました。東屋のようですが…、
さらに棟が続いています。いくつもの東屋が連なったような、立派な外観です。
【紹芳園(Vườn Thiệu Phương)】
紫禁城内にある4つの王立庭園のひとつで、太平樓の東隣りにあります。この庭園は、1828年、2代ミンマン帝の時代に造られました。王宮内にある、最も典型的な王室庭園と言われています。このエリアは永く放置されていた場所でしたが、近年になって再現されました。珍しい品種の樹木や植物や植物が多数植えられており、詩的な風景が広がる、緑豊かな庭園となっています。
庭園内には、奇岩やベトナム盆栽が並んでいます。
小川が流れています。橋がかかっていたので、そこまで行ってみました。
鯉が泳いでいました。
こういうときにいつも、「パンくずを持って来ればよかった。」と思ってしまいます。笑
橋の上に来ると、なぜか必ずこのポーズで写真を撮りたがる多動夫。(←アホ) もう40年以上見せられているので、さすがに飽きました。😅
橋を渡って、さらに歩きます。
小さなアーチをくぐって、そのまた先へと進みました。
この紹芳園の最大の特徴は、
その形にあります。
このエリアを上から見た図です。
庭園全体は、レンガの壁に囲まれています。
そして中央から、逆卍(右向きの卍)に、
曲がりくねった回廊が
四方に伸びているのです。
(「卍」とは、仏教やヒンドゥー教において、
幸運や吉兆を象徴する表現です。
日本では、通常、左向きの卍が使われます。)
これは、太平樓の2階から見渡した紹芳園です。真上からでないと、卍の形であるとはわかりにくいですね。(画像をお借りしました)
それでは、この卍型の回廊を、歩いてみます。
奥に見えているのが、卍の中心部分です。
4本の回廊が、この中心部から四方に伸びています。
回廊の中心部に来ました。
どっちも向いても回廊。😄
青竹を模した瓦の緑が光を反射して、目に染みるようでした。
屋内には、多数の書が展示されています。
紹芳園には、
訪れている人がほかに誰もいなくて、
もう笑ってしまうくらい、
貸し切り状態でした。😄
紹芳園をさらに北に進むと、広い池に到達します。この水域は小御河と呼ばれており、池の水は、近くにある湖まで流れているそうです。
このあたりは庭園が続き、
御園エリアと呼ばれています。
かつて、王宮が無傷だったころの、このあたりの写真です。北の御園エリアから、南の方に向かって撮ったもので、左端にあるのが太平樓です。その右奥にあるのが日生樓(ニャットタンラウ)の屋根で、さらに隣りに見えているのは乾成殿の屋根でしょうか。写真中央の、ティン・クアン・ズオン橋には、屋根が付いています。ここは皇帝夫妻と側室のみが観覧できる劇場になっていて、この橋に観覧席がありました。
こうして見ると、太平樓の目の前に
庭園が広がっていたことが、
よくわかります。
すぐ隣りにある太平樓(書斎)で学習し、
疲れた皇帝が、
小休憩するために歩いた場所が、
この紹芳園だったのだそうです。
歩き疲れたMIYOも、この回廊でひと休み。たしかに、静かで誰もいなくて、心休まる場所でした。^^
次回は、閲是堂を歩きます。
いまここ。😄
(つづく)