MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは24歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。
ベトナム日記は、
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をご覧ください。
ベトナム家族旅行:
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小学生だったころの子どもたちの育児日記は、こちらです。
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新緑の箱根で、美味しいものを食べ歩いた3日間 5 - 箱根関所④ 見晴らし台、遊覧船と京口御門(2024年5月16日/1日め)

2024年5月16日 箱根関所で。(神奈川県足柄下郡箱根町)


5月16日(木)- 1日め


箱根関所に来ています。
長い石段を、休み休み登って、
ようやく、石段のいちばん上まで
行くことができました。


石段を上がりきった人だけのごほうび。こんな景色が見えます。

手前から、足軽番所、大番所・上番休息処(右)と厩(左)。芦ノ湖には、遊覧船がいくつも見えます。奥の方に、海賊船も停泊していました。

夫はひとりで遠見番所に行ってしまいましたが…、

MIYOは、柵の向こうにある、見晴らし台の方に行ってみました。これは、遠見番所の上から夫が撮った、見晴らし台の写真です。^^


【箱根関所の柵】
当時、箱根関所の周囲には柵がめぐらされていました。柵の長さは、芦ノ湖側で61m、屏風山側では約400m。上の写真の柵は、それを再現しています。関所破りをされないように、京口御門や江戸口御門から芦ノ湖の湖中、さらには、背後にそびえる屏風山山頂まで、柵が続いていたそうです。


見晴らし台から、MIYOが撮った写真です。

あっ。停泊していた遊覧船が出発しました。あれは SORAKAZE号です。

「箱根遊船 SORAKAZE」は、2024年2月23日に就航したばかりだそうです。(画像をお借りしました)

少し遅れて、海賊船・クイーン芦ノ湖号も動き始めました。

海賊船「クイーン芦ノ湖」です。(画像をお借りしました)

遠見番所からやってきた夫。あわてて、遠ざかっていく「クイーン芦ノ湖」といっしょに撮影。ぎりぎり、間に合いました。😄


「子どもたちが小さい頃は、
 みんなであの海賊船に乗ったことも
 あったよね…。」
などと、ふたりで思い出話。^^


石段を降りて、江戸口御門の前まで戻ってきました。

次は、江戸口御門の反対側にある、京口御門へ。江戸口御門と同じく、こちらも立派な高麗門です。

これで、箱根関所の各地点を歩き終わりました。

京口御門を出ると、撮影スポットがあり、アメリカからやってきたツアーの方々が写真を撮っているところでした。


みんな楽しそうだなぁ…
と思いながら眺めていたら、
その中の一人の女性が、
「あなたたちも撮ってあげますよ。^^」
と言ってくださいました。


これがそのときの写真。^^

これは、関所内の係の方に撮っていただいた写真。みなさん親切で、とても楽しく見学できました。


箱根関所の見学が終わったのは3時前。
まだ時間があったので、このあと夫は、
さらに次の目的地に行こうとしたのですが、
「一日に一か所しか行かない約束でしょ。
 ワンデイ、ワンシング!」
と叱って、断念させました。😓


自分が病みあがりなのを忘れて、
ついいつもの旅をしようとするので、
油断ができません…。😔


ということで、観光はここまでにして、
お宿に向かいます。


(つづく)

新緑の箱根で、美味しいものを食べ歩いた3日間 4 - 箱根関所③ 足軽番所、石段と遠見番所(2024年5月16日/1日め)

2024年5月16日 箱根関所で、長い石段を上がりました。(神奈川県足柄下郡箱根町)


5月16日(木)- 1日め


箱根関所に来ています。
大番所・上番休息所の次は、
足軽番所に行きました。


足軽番所です。


【足軽番所】
大番所・上番休息所の次に大きな建物です。ここは、昼間は足軽が控えていた場所ですが、夜になると、足軽が寝る場所になりました。建物内には、足軽のための部屋や休息所、不審な武士などを留め置く「揚屋(あがりや)」、関所破りをした罪人などを一時的に拘置する獄屋(牢屋)などがあります。屋根は、大番所と同様に杉板を薄く割って重ねた「栩葺(とちぶき)」で、外壁の壁板は、「渋墨(しぶすみ)」で黒く塗られています。「獄屋」は格子で囲まれており、とても頑丈に造られていました。


足軽番所の左端には、獄屋(牢屋)がありました。この中に、関所破りをした罪人などを一時的に拘置しました。


獄屋には、靴を脱いで、
中に入ってみることもできましたが、
やめておきました。😅


獄屋の右隣りには、休息所があります。


【休息所】
足軽たちが休息する場所で、身の回りの日用品などを置き、夜にはここで休みました。部屋の奥には、木製の扉と土間が見えます。扉の向こう側には、下番居所と呼ばれる部屋があり、雑用をする下番が控えていました。


休息所の右隣りは土間になっていて、台所が設けられていました。ちなみに、足軽は単身赴任で、使用する米は各自が持参することになっていたそうです。

壁には、蓑や草鞋がかけられていました。

台所の奥にある出入り口から、外に出てみます。

土間から外に出ると、すぐ目の前に井戸があります。この井戸は、遺構調査の際に発掘されました。山水を蓄えていて、枯れることがなく、現在も一定の水位を保っているそうです。

さらに左方向に進むと、足軽番所用の雪隠(トイレ)があります。

そしてここから、長い石段が続きます。


石段】
足軽番所の裏から遠見番所まで、石段が続いています。この石段の復元にあたっては、発掘調査によって出土した、江戸時代の踏み石がそのまま使われ、急な傾斜も当時のままに再現されました。この石段を登ると、芦ノ湖の対岸まで見渡すことができます。


「これくらい、平気平気。」と、ホイホイ登って行く多動夫。😓

その勢いで、さらに上にある遠見番所まで上がって行ってしまいました。

「大丈夫なの? ほどほどにした方がいいよ。」と言ってもききません。😔

遠見番所です。

また階段かあ…と思いながら、MIYOも少しずつ石段を登り始めました。


【遠見番所】
箱根関所で唯一の、二階建ての建物です。四方に大きな窓が開かれており、二名の足軽が、昼夜を問わず交代で、芦ノ湖や街道沿いを見張っていました。


遠見番所から見えた景色です。手前が足軽番所、そして芦ノ湖川にあるのが大番所・上番休息所です。


箱根関所は、
思っていたよりもずっと規模が大きくて、
見どころがいっぱいでした。^^


(つづく)

新緑の箱根で、美味しいものを食べ歩いた3日間 3 - 箱根関所② 大番所・上番休息所(勝手板の間、土間、湯殿)と厩(2024年5月16日/1日め)

2024年5月16日 箱根関所・大番所・上番休息所で。(神奈川県足柄下郡箱根町)


5月16日(木)- 1日め


箱根関所に来ています。
前回は、大番所・上番休息所で、
街道側にある、大番所を見ました。




今回は、同じ大番所・上番休息所の、
湖側になる、上番休息所エリアを歩きます。


台所土間の入り口を入ると、目の前にあるのが、勝手板の間です。

勝手板の間です。

この部屋には囲炉裏が置かれ、関所役人の食事や休息に使われていました。

部屋の奥には戸棚を設置した部屋があり、茶碗や汁椀、皿などのさまざまな食器や持ち運び用の各種の道具がしまわれていました。その先には、上番休息所(かみばんきゅうそくしょ)と呼ばれていた部屋が少しだけ見えます。

残念ながら、上がることができないので、奥の上番休息所には行けませんでした。

これが上番休息所です。主に伴頭から番士までの関所役人の就寝に使われていたそうです。(画像をお借りしました)

台所土間の右側には、土間と呼ばれる場所がありました。ここには竈が据えられており、ほうき、提灯、蓑、菅笠などが置かれていました。通常は、この土間が出入り口として使われていました。

そして台所土間の左側には、湯殿がありました。

湯殿です。

外の芦ノ湖を眺めながらお湯を浴びるという、優雅な造りでした。😄


【湯殿】
湯殿と呼ばれていた場所ですが、風呂桶はなく、大きなたらいが置かれていました。このたらいにためたお湯をひしゃくで汲んで、湯浴みに使いました。


大番所・上番休息所の隣りには、厩(うまや)がありました。

厩です。馬の模型や桶なども置かれていて、リアルな造りでした。

ここまで、大番所・上番休息所を見てきました。

次は、その向かい側にある、足軽番所に入ります。

足軽番所です。


足軽番所のようすは、次回に掲載します。


(つづく)

新緑の箱根で、美味しいものを食べ歩いた3日間 2 - 箱根関所① 資料館、江戸口御門、御制札場、大番所・上番休息所(面番所と上の間)(2024年5月16日/1日め)

2024年5月16日 箱根関所・江戸口御門で。(神奈川県足柄下郡箱根町)


5月16日(木)- 1日め


そんなこんなで、午後1時半に、
箱根関所に到着しました。


まずは、箱根関所資料館に入り、さくっとお勉強。

箱根関所の全体図です。資料館は、復元された関所の手前にあります。

資料館の入口で、入場券を購入しました。箱根関所と資料館の共通券になっており、ひとり500円です。

入場券といっしょに、でっかい通行手形をいただきました。😄 手形の内側には、地図や説明資料が印刷されています。


資料館の中には、箱根関所に関する、
たくさんの資料が展示してあるのですが、
中でも心に残ったのは、
江戸時代に箱根関を越えた、
ゾウさんの話でした。


【箱根関を越えた象】
1728年(享保13年)、中国の商人から将軍へ献上した象が、船で長崎に着きました。9か月後の1729年3月、象は、付き添いの役人、象使い(ベトナム人)、通訳ら20人とともに江戸に向かって出発します。途中、京の都で中御門天皇に拝謁し、従四位に叙せられました。道中では、各地の大名も象を見にやってきたそうです。さらに象の旅は続きましたが、1729年5月、三島から箱根峠を越え、箱根宿に来たところで、疲れて動けなくなってしまいました。
大切な象が病気とあって、役人は大いにあわて、「象の体調が悪い」という知らせを江戸に送り、象には、好物のまんじゅうやミカンを与えて看病しました。そのかいあって、やがて象は元気になり、関所の門をくぐり、再び、江戸に向かって歩きだしました。
73日間をかけて、長崎から江戸まで、1416キロを歩きとおした象は、5月25日、無事将軍に謁見。江戸の町民にも公開され、人気者になりました。


たいへんな難行苦行で、ゾウさんには迷惑な話でした…。


資料館を後にして、少し歩くと、
復元された箱根関所が見えてきました。


箱根関所・江戸口御門です。江戸を出発した人は、こちら側の御門から入りました。


【箱根関所(箱根関)】
かつて、東海道の箱根にあった関所です。1619年(元和5年)から1869年(明治2年)まで、江戸幕府によって、相模国足柄下郡箱根の芦ノ湖湖畔に設置されていました。1869年(明治2年)、明治政府が諸国の関所を全廃した時、箱根関も廃止されましたが、1922年(大正11年)に国の史跡とされました。その後、1965年(昭和40年)に、箱根町立箱根関所資料館が開設されました。
2000年になってから、発掘調査が行われ、箱根関所の遺構が確認されたことにより、2004年(平成16年)に、箱根関所の大番所や上番休息所などが復元され、一般に公開されるようになりました。その後、石垣等の大規模な復元工事が行われ、2007年(平成19年)より、全面公開が始まりました。

箱根関所は、当時の匠の技や道具を使って復元されており、およそ150年の時を経て、再び芦ノ湖畔にその姿を現しました。その佇まいは堂々としており、まるで江戸時代に迷いこんだかのようです。


江戸口御門です。関所の反対側には、京口御門があります。


【江戸口御門】
高麗門という形式の門で、その高さは6.1m。大番所・上番休息所をしのいでいます。屋根や外観は「栩葺(とちぶき)」、「渋墨(しぶすみ)塗り」です。江戸方面から来た場合には、この門から箱根関所の構内に入りました。旅人は、この門の前で身支度を整え、関所の中へと入りました。


御門をくぐると、そこはもう江戸時代の世界。

関所の内側から見た、江戸口御門です。

関所内に入ると、左右に建物が見えます。右側が大番所・上番休息所、そして左側が足軽番所です。

手前に、小さな屋根のついた掲示板のような施設があります。これは「御制札場」と言うところで、箱根関所の役割が記載された高札が掲げられています。

高札には、1711年(正徳元年)に幕府道中奉行が箱根関所に出した、五項目の取り調べ内容が記載されています。

続いて、右側にある、大番所・上番休息所へ。

夫、早く入りたくてソワソワ。MIYOをほったらかして、あっという間に、ひとりで中に入ってしまいました。😔


【大番所・上番休息所】
関所の一番主要な建物です。二棟が継がれている建物で、街道側が大番所、湖側が上番休息所と呼ばれています。共に栩葺(とちぶき)と言われるうすく割いた杉板を重ねた屋根を持ち、また外観は、渋墨で塗られた黒い建物です。


垂れ幕の内側には、面番所と上の間が並んでいます。まずは面番所から見て行きます。

面番所です。


【面番所】
大番所・上番休息所の建物の中で、面番所(めんばんしょ)と呼ばれていた部屋です。関所役人や定番人(じょうばんにん)が詰めており、部屋の前の縁側では、「出女」の取調べが行われていました。面番所の内部には、関所役人用に、机を始め硯箱、煙草盆、火鉢などが置かれており、奥の壁際には様々な記録を収めた木箱がありました。また、鴨居には槍や刀が掛けられていました。


部屋の前の縁側では、人見女(ひとみおんな)が「出女(江戸から出ていく女性)」の取り調べを行いました。


【人見女】
関所の周辺に住み、小田原藩から小禄が与えられていました。関所唯一の女性役人で、「出女」の改めを専門に行いました。


面番所の隣りには、上の間があります。


【上の間】
上の間は、箱根関所の中でも最も格が高い部屋でした。通常は、番頭、横目付が座り、大名や家老などの接待の間としても使われました。また、鉄砲や弓も置かれ、旅人を威嚇していました。


次回は、この建物の芦ノ湖川を歩きます。


(つづく)

新緑の箱根で、美味しいものを食べ歩いた3日間 1 - 「マカロニ市場」でお昼ごはん(2024年5月16日/1日め)

2024年5月16日 箱根関所で。(神奈川県足柄下郡箱根町)


夫が心臓の手術を受けてから、
3か月になります。
2月26日に退院してからは、
リハビリに通う日々で、
それは現在も続いています。
(心臓にもリハビリが必要なのだと、
 初めて知りました。😮)


が、このたび、Dr.より、
「元の生活に戻って良い。」
とのお達しがあり、
ようやく、運転、旅行、温泉についての
許可をいただきました。^^


ということで、早速、おでかけしてきました。
とりあえずは近場から、ということで、
2泊3日で箱根に行ってみました。
夫は、3か月ぶりに運転するということで、
緊張しながらもうれしそうです。^^


とはいえ、病み上がりなので、
今回はあまりウロウロすることなく、
お宿でのんびりして、
温泉に入ってくるだけのつもりでした。
でも、多動夫がそれですむはずはなく…。😓
訪問先はかなりしぼりましたが、
それでも、少しだけおでかけもしてきました。
当初思っていたよりもずっと
楽しい旅になったので、
ブログに書いておきたいと思います。


5月16日(木)- 1日め


朝8時に自宅を出発。
久しぶりの旅で、夫も私も緊張気味でした。😅


11時、小田原のマカロニ市場に到着しました。イタリアンがいただける、ベーカリーレストランです。


「昼食は小田原あたりかな…。」
と夫が言うので、小田原市内でさがし、
このお店にしてみました。
モッピー+ホットペッパーで予約し、
165ポイントゲットしました。^^


11時のオープンと同時に到着しましたが、すでにたくさんの人が並んでいてびっくり。なにも知らずに来たのですが、人気店だったようです。

明るい雰囲気の店内。

人気の秘密はこちら。焼きたてのパンが食べ放題なのです。

早速、カウンターに行ってみました。

フレンチトースト、シーザーフォカッチャ、ぶどうパン、チーズフランス、青のりフォカッチャ、ごまフォカッチャ、ブリオッシュ、ブルーベリーパン、ガーリックトースト、マヨネーズロール、イカ墨パン、かぼちゃパン、よもぎパン…、

塩チョコ、チーズブール、うずまきパン、メロンパン、チョコチップココア、ココアベビー、デニッシュ、シュガーラスク、ピーナッツクリーム…。

まだまだあるのですが、書ききれません。😄

それぞれが自分の食べたいのを取って、全部、はんぶんこしました。オリーブオイルにつけても美味。😄

「本日のパスタ」は3種類。MIYOは、タコのプッタネスカ。

そして夫は、春キャベツとシラスのペペロンチーノ。熱々の鉄鍋で出てきました。

ランチセットには、ドリンクとサラダが付いています。トロピカルアイスティーは、お代わり無料。


パスタもパンもおいしくて、
お腹いっぱいになりました。
パンはどれも、サイズが小さいので、
いろんな種類が食べられて楽しかったです。^^
カウンターのパンはどんどんなくなりますが、
どんどん補充されるので、大丈夫。😄


もうこれ以上食べられない…と思ったときに、なんと、大納言パンが出てきてしまいました。ひゃ~。


焼きたての大納言パンは、
あんパンほど甘くなくて、おいしい。^^
結局、2個も食べてしまいました。😅


おいしいパスタに、死ぬほどパンを食べて、
充実のランチになりました。
お会計は、ふたりで3718円。
ですが、今月はペイペイのキャンペーン中で、
5%引きになります。


ランチの後は、本日の目的地である、
箱根関所へと向かったのですが、
その途中で、キンキラキンのお寺を見つけた夫。
喜び勇んで、中に入っていきました。
相変わらず多動です。🙄


箱根大天狗山神社、だそうです。


いちいちつきあいきれないので、
MIYOは、車の中で寝てました。🤣


ということで、次回は箱根関所を歩きます。


(つづく)