MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは24歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。
ベトナム日記は、
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をご覧ください。
ベトナム家族旅行:
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小学生だったころの子どもたちの育児日記は、こちらです。
http://limings.sweet.coocan.jp/

ベトナム・カンボジアを歩いた14日間 36 - アンコールワット⑨ 東参道と東塔門(2024年1月17日/6日め)

2024年1月17日 裏アンコールワットで。(カンボジア・シェムリアップ)


1月17日(日)- 6日め


裏アンコールワットを歩いています。


午前中は、アンコールワット正面よりも、裏アンコールワットの方が映える写真が撮れます。


ここから森の中へと続く道を歩いていくと
東塔門が見えてきました。


東塔門です。そして両側に見えているのは、アンコールワットを取り囲む周壁の一部です。

東塔門は、現在も修復中。

外壁の赤い色が、まだ残っていますね。

アプサラ(天女)の姿が、あちこちに見えます。

さらに歩いて、東塔門の裏側にまわりました。

あちこちに足場が組まれています。何年かたったら、美しく修復された東塔門が見られることでしょう。楽しみです。^^(←また来るつもりか?笑)

東塔門の隣りには、アンコールワットの周囲を取り囲んでいる環濠(お堀)が見えます。

アンコールワットに入場したときにくぐった西塔門と、この東塔門は対になっています。そして、入場時に渡ったお濠が、アンコールワットの外周を巡って、この東側のお濠までつながっています。


現在のアンコールワットは、
石だけになっていますが、もともとは、
石と土(粘土)でできていたそうです。
土をこねて粘土にするために、
多量の水が必要になりました。
遺跡の周辺に池や環濠が多いのは、
そのためなのだそうです。


このあたりには、遺跡の一部分だったであろうと思われる、大きな石がごろごろしていました。美しいレリーフが残っているものもあります。


「遺跡の修復に使いたかったけど、
 どこの部品だったかがわからなくなって、
 やむなくここに置いてるのかな。」
…と思っていました。
が、帰国してから調べたところ、
これは、建造時の廃棄物、なのだそうです。😄


表門であった西塔門に対して、
この東塔門は裏門。
建造時、資材はすべて、
この東塔門から搬入されました。
その折りに、使い残った石の切れ端とか、
要らないものを、ここに残して行ったそうです。
それが片づけられることなく、
現在まで残っている、ということのようです。笑


「東参道は舗装されていないので、
 雨の日に歩くのはたいへんかもしれないね。」
などと夫と話しながら、ふと振り返ると…、


森の奥、樹々のあいだから、アンコールワットが小さく見えました。


「いったいどこまで歩いたんだ。」
…と笑われそうですが、
ここから先には、小さな駐車場があり、
入場口があるだけです。
実は、アンコールワットには、
この裏アンコールワット側からも入退場できます。
こちらを利用する人は比較的少ないので、
ゆっくりと見学できるかな、と思います。


午前中であれば、
「裏アンコールワットから入場する」
というのも一案です。^^
(ただし、必ず、西塔門まで歩いてくださいね。笑)


東参道を引き返し、再び、アンコールワットに向かって歩きました。

修復中の東塔門にお別れして…、

アンコールワット・伽藍に戻ります。

でも、なぜかここで思いきれず、再び東塔門まで走って行ったMIYO。ここで15分くらいロスしたのですが、夫、あきれながらも、この場所でず~っと待っていてくれました。笑


好きなところに、好きなだけいられる…。
これが、自由旅行のいいところだと思います。


相変わらず、アホでスミマセン。


いまここ。😄 フツーの地図に載っていないところまで行ってしまったので、書き足しました。笑


(つづく)

ベトナム・カンボジアを歩いた14日間 35 - アンコールワット⑧ 裏アンコールワット(2024年1月17日/6日め)

2024年1月17日 裏アンコールワットです。(カンボジア・シェムリアップ)


1月17日(日)- 6日め


前回の日記では、第一回廊東面南側で、
「乳海攪拌」のレリーフを見ました。


ここまでで、第一回廊をほぼ半周したことになります。

ここで回廊を直進すれば、東面北側に行くことができるのですが、私たちはそうせず、右へ曲がりました。

この地点で、いったん回廊の外に出て、歩いてみることにしました。

第一回廊東面の中間地点にある、出入り口です。

夫が立っているのが出入り口で、その後ろに、道路が続いているのが見えます。ここを歩きます。

出入り口から続く階段を降りました。写真左側の回廊部分に、「乳海攪拌」があります。


西向きに造られているアンコールワットは、
午前中は、背後から太陽に照らされるため、
正面部分の写真を撮ると、
逆光になってしまいます。


それに対して、こちらは東面。太陽の日差しを浴びて、美しい姿を見せてくれます。


つまり、午前中のアンコールワットは、
西側の正面よりも、
東側の裏面の方が映えるのです。
この場所を、
「裏アンコールワット」
と言います。


午前中、正面側では、これほど照らされたアンコールワットを見ることができません。

壁面に施された細かい彫刻も、日差しを受けて輝いています。

出入り口の階段を、横から見たところです。

こちらは階段の右側。第一回廊東面北側です。この部分は、あとで見学します。

伽藍エリアは、ナーガで造られた手すりで守られています。そしてその先には、森が広がっていました。

ここが手すりの切れ目です。両側にナーガを見ながら、エリアの外へ出ました。

森の中へ向かって、まっすぐな道が続いています。中央に立っている夫から見えているのは…、

こんな景色です。これが、「裏アンコールワット」です。

正面に比べると、ここまで歩いてくる人はそう多くありません。あたりは静かで、写真もゆっくり撮ることができます。


午前中にアンコールワットに行くのなら、
正面だけでなく、
ぜひ、「裏アンコールワット」も、
歩いてみてください。
美しく照らされたアンコールワットを、
堪能できます。^^


いまここ。😄


(つづく)

ベトナム・カンボジアを歩いた14日間 34 - アンコールワット⑦ 第一回廊(天国と地獄、乳海攪拌)(2024年1月17日/6日め)

2024年1月17日 アンコールワット・第一回廊東面南側。「乳海攪拌」です。(カンボジア・シェムリアップ)


1月17日(日)- 6日め


第一回廊南面西側で、
スーリヤバルマン2世の行軍を見た後、
その回廊をさらに進みました。


南面東側に描かれているのは、
「天国と地獄」。
ヒンドゥー教の世界観を基にした、
天国と地獄の物語が描かれています。


このエリアのテーマは、「死後の世界」。
壁面を3段に分割し、
 上段:天国に向かう王族の行列
 中段:審判を待つ人々
 下段:地獄の様子

を描いています。


今回の旅では、
このエリアの写真を撮らなかったので、
ブログでは、14年前に撮った写真を掲載します。


「上段は天国、中段は現世、下段は地獄」…とも言われています。(2010年7月26日)


「天国に行くか、地獄に行くか」を決めるのは、
裁判の神「ヤーマ神」
「閻魔大王」の語源になったと言われています。


「ヤーマ神」は、毎日多くの死者を裁くので、とても忙しかったようです。膨大な仕事をさばくため、「ヤーマ神」には手が18本もありました。レリーフには、水牛に乗った「ヤーマ神」が18本の腕を振るって裁判をこなすようすが描かれています。(2010年7月26日)


現世でひとつでも悪いことをしたら、
地獄に落とされたそうです。
(そんなこと言ってたら、全員地獄行き。
 天国に行ける人はいないと思いますが。😅)


そもそも、
「王と王族は、当然のこととして、
 天国に行くことになっている。」
…というのが、ムカつくところではあります。
(私が怒ってもしょうがないのですが。)


見どころは。地獄で繰り広げられる、刑罰の数々。地獄の数は、全部で32もありました。この女性は、浮気をしたようです。獄卒が髪をつかんで、棒で叩いています。(2010年7月26日)


このエリアの見どころは、地獄の刑罰の数々。
串刺しの刑、火あぶりの刑など、
人々が地獄で苦しむ姿が
生々しく描かれています。


処刑人にお金を渡し、見逃してもらおうと、
懇願する人の絵もあるのですが、
処刑人が手心を加えることはありません。


ガイドさんに教えられて撮った、ショッキングな写真。絵の大きさをわかりやすくするため、夫に言われて、MIYOが絵を指さしています。(2010年7月26日)

拡大しました。罪人は、お尻から頭のてっぺんまで、棒で串刺しにされています。うん、これは痛いと思う。(2010年7月26日)


串刺しの刑になったのは、
「殺人の罪」を犯した人でした。
では、これよりも、
最もひどい刑罰とされていたものが
ありました。
それは、下のふたつです。


マハーラウラヴァ(Maharaurava/大叫喚地獄)。磔にされ、全身に釘が打ち込まれています。体がとげとげになっているのが、わかりますでしょうか。(画像をお借りしました)

ラウラヴァ(Raurava/叫喚地獄)。 夜になると釘を外して、火の上に寝かせました。(画像をお借りしました)


翌朝になると、再び全身に釘を打ちます。
昼と夜の刑罰がセットになっていて、
それを毎日繰り返すのだそうです。
終わることはありません。


ヒンドゥー教では、
「刑罰を終えると、
 もう一度人間に戻ることができる。」
と、考えられています。
しかし、32番めの地獄に落ちたときだけは、
二度と人間に戻ることはできません。


この刑罰にあたる罪は、「親殺し」でした。
カンボジアの人々にとって、
親はなによりも大切な存在。
「親は神の一部である」とされていて、
日本人が普通に考えている親子観を、
はるかに超越しているようです。


もっともひどいとされる刑罰を見たところで、
第一回廊南面が終わりました。


ネット上でわかりやすい画像を見つけたので、今回からこれを利用したいと思います。

いまここ。😄


さて、第一回廊南面のつきあたりを
左に曲がり、第一回廊東面南側に入りました。
ここには、有名なレリーフがあります。
それは、「乳海攪拌」です。


これが、第一回廊でもっとも有名な、「乳海攪拌」のレリーフです。


【乳海攪拌】
ヒンドゥー教の天地創造神話
です。この神話では、「ミルクの海をかき混ぜることによって、そこからさまざまな動物が生まれた」とされています。その中でも、アンコールワット第一回廊に描かれているのは、「不老不死の薬『
アムリタ』を作り出すために、神々と阿修羅たちが、大蛇を綱代わりにして海をかき混ぜる」というシーンです。
レリーフでは、大蛇ヴァースキの胴体を、軸となる大マンダラ山に巻き付けてあり、その左側に阿修羅、右側に神々が並んでいます。そして、大蛇の胴体を綱引きのように引っ張り合って、海をかき回す様子が描かれています。中央には、指揮を執るヴィシュヌ神と山頂を支えるインドラ神、そして上部には、攪拌(こうはん)によって生まれた天女アプサラスの姿が見られます。


文章ではわかりにくいので、
実物のレリーフをご覧ください。


まずは、中央部で指揮を執るヴィシュヌ神。ここだけを見ると、神々が綱引きをして遊んでいるようですね。笑 一番下にいるのは亀。その背中に、マンダラ山を置いています。そして山の周囲に、大蛇ヴァースキの胴体を巻き付けてあります。

そのヴィシュヌ神を中心にして、右側には神々が並び、みんなでヘビの尻尾側を持っています

ヴィシュヌ神の右側にぎっしりと並んでいる神々。壁の終わり、出入り口のところまで続いています。右半分だけでも、こーんなに長いんです。

そして左側に並んでいるのは、鬼たち(阿修羅)。ヘビの頭側を抱えています。

ぎっしりと並んでいる阿修羅たちのさらに左側を見ていくと…、

レリーフを見ながら左端まで歩き、阿修羅側の最後尾(ヘビの頭部)の部分に来ました。ここには、大蛇の頭部があります。ナーガなのでしょうか。ヘビには頭が7つありました。

左が阿修羅で、右が神々。両者が交互にヘビの胴体を引っ張ることによって、真ん中の山が、右または左に回転します。こうして海をかき回したのですが、これを「乳海攪拌」と言います。


この「乳海攪拌」は、
1000年以上続いたそうです。
その結果、海から天女が生まれ、
次に動植物、そして最後に、
人間が生まれた、とされています。


中央部のヴィシュヌ神の上部をよく見ると、山頂を支えるインドラ神の姿があります。

そしてヴィシュヌ神頭部の両脇には、攪拌(こうはん)によって生まれた、たくさんの天女アプサラスの姿が見られます。

頭上で舞う、天女アプサラス。

ベールを持って踊る天女たちが生き生きと描かれていて、そのまま動き出しそうです。


「乳海攪拌」のレリーフは、
他の遺跡にも多く見られます。
ですが、アンコール・ワットのものは、
その規模の大きさや斬新な構図、
巧みな彫刻技術など、
あらゆる面で優れており、
クメール芸術の最高傑作と言われています。


いまここ。😄


(つづく)

ベトナム・カンボジアを歩いた14日間 33 - アンコールワット⑥ 第一回廊(歴史回廊)(2024年1月17日/6日め)

2024年1月17日 アンコールワット・第一回廊西面南側で。ここから、第一回廊南面に入ります。(カンボジア・シェムリアップ)


1月17日(日)- 6日め


第一回廊西面南側で、
マハーバーラタの世界を堪能しました。


第一回廊西面南側です。


回廊のつきあたりまで歩き、
そこから左に曲がりました。


左側が、ここまで歩いてきた、第一回廊西面。ここからは、第一回廊南面に入ります。

この角から見た、外の景色。十字型テラスと、中央部の入口です。大部分の人は、ここから伽藍に入ります。

「お~い。」


さて、第一回廊南面西側は、
「歴史回廊」と呼ばれています。
そこに描かれているのは、
「創建者スーリヤバルマン2世の行軍」
です。
行幸するスーリヤバルマン2世と、
それに従う王師、大臣、将軍、兵士などが
壁一面に彫られています。


この、スーリヤバルマン2世こそが、
ほかでもない、
このアンコールワットを造った人でした。


【スーリヤバルマン2世】
アンコール朝第18代目の王で、その在位(1113年~1150年頃)中に、30年という年月をかけてアンコール・ワットを建設しました。副王時代には、現在のタイにある、ピマーイ遺跡も建設しています。
スーリヤヴァルマン2世の治世は、国内各地の敵対勢力と争い、国外では、西のタイ、東のベトナム、そして南のチャンパとの争いが続いていました。そうした中で、1145~1149年には、チャンパ王国を支配しています。第一回廊に刻まれているスーリヤバルマン2世の行進は、その、勝利に輝いていたころのものであると思われます。


このエリアのテーマは、
「スーリヤバルマン2世の偉業」です。
近隣諸国への遠征を繰り返し、領土を広げた、
勇敢な王の姿が描かれています。


MIYOの頭の上に、玉座に座るスーリヤバルマン2世が描かれています。(2010年7月26日)

スーリヤバルマン2世の部分を拡大してみました。

この写真だと、もっとわかりやすいですね。この頃は、「日傘の数が多いほど、高貴な人」とされていたのだそうです。そして、右下に座っている人をご覧ください。(画像をお借りしました)


上の絵は、王が軍に
進軍を命じているところなのですが、
王の前に座っている人がいます。
この人は、「占い師」です。
戦いの行方を占い、それを基に、
軍を勧めるかどうかを、王が決定していました。


スーリヤバルマン2世の絵は、
他には現存しておらず、その姿は、
ここアンコールワットの壁画でしか、
見ることができないそうです。


戦象に乗って進む、スーリヤバルマン2世。やはり、日傘だらけです。三角の尖った帽子は、神の象徴だったそうです。

行進を先導する人々。高らかにラッパを吹き鳴らし、銅鑼を叩きながら進軍しています。

象の上で弓を構える将軍の姿も、生き生きと描かれています。

槍を持って戦車に乗る戦士。(2010年7月26日)

同じく、戦士と兵士たち。(2010年7月26日)

屋根がついた駕籠のようなものに乗って運ばれている人もいます。

下々の兵士たちは歩くしかないですね。😅

進軍する、クメールの兵士たち。

列の先頭(壁面の右端)に他の兵士たちとは異なる風貌の集団が描かれています。腰みののようなものを着けています。彼らは、シャム人傭兵のシャム・クック軍です。(2010年7月26日)

回廊の曲がり角の部分に残されている、レリーフ。


この曲がり角の内側には、
プリヤ・ポアン(千体仏の回廊)
と呼ばれるエリアがあります。


プリヤ・ポアン(千体仏の回廊)です。


【プリヤ・ポアン】
第一回廊と第二回廊の間にあります。ここには、南北に経蔵が建っており、十字回廊と繋がっています。プリヤ・ポアンには、信者から寄進された多くの仏像が供えられていたのですが、クメール・ルージュによって破壊されました。残された仏像も、今はほぼ撤去されており、現在は南側の壁沿いにその一部が残るのみとなっています。

また、中央付近の柱には、1632年にここを訪れた日本人、森本右近太夫が記した墨書が残されています。しかし、クメール・ルージュの統治期に墨で塗り潰されたため、現在では判読が難しくなっています。


プリヤ・ポアンから第一回廊に戻り、
南面をさらに進みました。
けれどこの先には、
オソロシイ世界が待ち受けていました。


いまここ。😅


(つづく)

ベトナム・カンボジアを歩いた14日間 32 - アンコールワット⑤ 第一回廊(マハーバーラタ)(2024年1月17日/6日め)

2024年1月17日 アンコールワット・第一回廊西面南側で。「マハーバーラタ」の世界です。(カンボジア・シェムリアップ)


1月17日(日)- 6日め


アンコールワット日記を連載中ですが、
ここで少しだけ、14年前の写真を。


プノンペンのシルバーパゴダです。どうしてこんな写真を掲載したかというと…。(2010年7月30日 のんたんとあみちゃん・14歳/中3)

お寺の中に、アンコールワットの絵を描いている人がいました。

アンコールワット・伽藍の全景です。この写真を、ブログにぜひ使いたくて…。笑

消しゴムマジックで人物を消しました。この絵を見ていただいたら、私たちの現在地がわかりやすいかと思います。

この回廊(西面北側)の中から外を眺めると、こんな景色が広がっています。左から、十字型テラス、西参道、ふたつの経蔵、そして聖なる池(逆さアンコールワットの池)です。


さて、前回は、第一回廊西面北側で、
ラーマーヤナの世界を見ました。
この回廊をさらに直進すると、
西面南側に入ります。
このエリアで描かれているのは、
「マハーバーラタ」の世界。



マハーバーラタは、ラーマーヤナと同じく、
古代インドの二大叙事詩のひとつ。
ヒンドゥー教の聖典でもあります。


そのマハーバーラタの一場面である、
「戦闘シーン」が、このエリアでの、
レリーフのテーマとなっています。
戦っているのは、
カウラヴァとパーンダヴァ
という、2つの王家(いとこ同士)。


神が味方する5人の王子(パーンダヴァ軍)と、
従兄弟100人(カウラヴァ軍)の兵士達が、
国王の座をめぐって争います。


向かって左側から進むパーンダヴァ軍。

対して右側からは、カウラヴァ軍が進撃します。

弓を射る兵士たちは、馬車に乗って…、

槍を抱えた兵士は、象に乗って進軍。

そして中央部分で、両軍が激突。

双方が入り乱れての、激しい死闘が描かれています。


このマハーバーラタに登場する、
5人の王子(パーンダヴァ)ですが、
実は、少し前のブログでも掲載しています。


プノンペンで訪れた国立博物館に、5人の王子(パーンダヴァ)の像がありました。
ベトナム・カンボジアを歩いた14日間 15 - プノンペン国立博物館② 神鳥ガルーダの彫像(2024年1月15日/4日め)

端正な顔立ち。イケメンです。😄


このときは、なんとなく掲載しました。
像の美しい顔に魅かれて。笑
でも先日、長女と会って話していたら、
「おかあさん、パーンダヴァを見たんだね!
 いいなあ~~~~。😍😍」
と言うので、びっくりしました。


実は長女、数年前から、
マハーバーラタが大好きなのです。
パーンダヴァは、特にお気に入りなのだとか。
(なんじゃそりゃ。🙄)


「いいなあって言ってるけど、
 あなたも、中3のときに、
 あの博物館に行ってるんだよ。
 だからそのときに、
 パーンダヴァも見てるはずだけど。」
「そうなんだけどね…。」


もちろん、覚えているはずがありません。
私も夫も、博物館に行ったことすら、
忘れていたのですから。😂


そのときに、ライ王の像といっしょに写真を撮った長女。(2010年7月30日 14歳/中3)


中学生のときから、
ベトナムだのカンボジアだのインドだの、
親の勝手でさんざん連れまわしましたが、😅
そのせいなのでしょうか。
今では、長女、
「マハーバーラタ大好き💛」
になってしまいました。🤣🤣


「おかあさん、ブログに書いてたけど、
 ガネーシャって、ほんと、
 牙が1本折れてるんだね。
 おもしろいねえ。😄」
と、楽しそうに話す長女。
「牙が折れた由来の言い伝えは、
 4つあってね…。」
と、MIYOも話しだしたら止まりません。
牙が折れたガネーシャのお話はこちらです。
4年ぶりのタイ。バンコクを歩き続けた9日間 12 - チャチューンサオ③ ピンクガネーシャとネズミさんたち(2023年11月12日/5日め)


家族4人でアンコールワットを歩いた、あの日から14年。(2010年7月26日 のんたんとあみちゃん・14歳/中3)


そのアンコールワットのレリーフを見て、
お互いの思いを語り合える、
今では、そんな母とムスメになりました。
いつかこんな日が来るとは、
想像もしていませんでしたが。


長女がこよなく愛するマハーバーラタですが、
物語に描かれているのは、戦いだけではなく、
友情、愛、信頼など、
人が生きるために大切にするべきことが
描かれており、カンボジアの人々に、
今も大切にされているそうです。


第一回廊西面南側は、マハーバーラタの世界。回廊の右側には、十字型テラスと、まっすぐに延びる西参道が見えました。


いまここ。😄


(つづく)