MIYO'S WEBSITE-全盲難聴のんたんの育児記録と卵巣ガンで思ったこと

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは21歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。

ビルマの竪琴を、あなたと。~高田馬場 「ミンガラバー」で、ビルマ料理~

1987年5月3日 ビルマ・マンダレーで。通りがかったお寺で、地元のみなさんの踊りの輪に入れてもらいました。そのあとで、みんなで撮った一枚です。MIYO(中央の黄色いシャツ)は、ビルマの化粧「タナッカー」をやってもらって、白い顔。^^



私たちが訪問した、1987年当時のビルマは、鎖国状態。
お寺以外にはなんにもないような国でしたが、
人々は、素朴で、素朴で、そして、おおらかでした。
今でも、「天国にいちばん近い国」だったな、と、
なつかしく思い出します。


通りがかったお寺で、地元のみなさんの踊りの輪に入れてもらい、みんなで盆踊り。
翌年の年賀状になりました。(笑)


そのときに知り合った、あるビルマ人の青年の紹介で、
ビルマ人留学生のチーレイさんと、日本で会うことになりました。
1988年のことだったと思います。


来日して間もないチーレイさんと、銀座で待ち合わせたのですが、
そのときに彼は、「目印に」ということで、
大きな竪琴を抱えてやってきました。
そう。「ビルマの竪琴」です。^^


その後、折に触れて、彼と会うようになりました。
それから30年になります。


彼は、新聞配達をしながら、大学を卒業し、
同じ大学に留学していた、中国人のリンさんと結婚しました。
その後ふたりは、思いがけず、アメリカへ移住することになります。
アメリカのグリーンカードが、抽選で当たったからです。


移住先のアメリカで苦労しただろうことは、想像に難くありません。
けれど、ふたりはがんばりました。
二人の子どもを育て、家を買い、懸命に働きました。
ビルマと中国から、それぞれ、自分の両親も呼び寄せました。


今では、子ども達も大学を卒業し、社会人です。
テキサスで、ご夫婦それぞれに店を持ち、仕事も順調。
それぞれのご両親も、お元気です。^^


アメリカに移住してからも、何年かに一回、ふたりは日本にやってきます。
そして、そのたびに、私たち夫婦に声をかけてくれます。


私たちよりも少し年下ですが、
チーレイさん夫妻の生き方からは、
会うたびに、教えられることがあります。
私たち夫婦の、たいせつな、たいせつな、友達です。


私たちを思い出し、
日本で過ごす貴重な時間を、
私たちと過ごしたいと思ってくれることを、
いつも感謝しています。


4月15日。
数年ぶりに来日したチーレイさんから、お誘いをいただき、
高田馬場のビルマ料理店「ミンガラバー」に行きました。
いつもは、二組の夫婦4人だけで会うのですが、
この日は、日本に住む、10人以上のビルマ人が集まっていました。


ビルマ料理店「ミンガラバー」


30年近く前から、日本で、ビルマの民主化を訴え、戦ってきた方々です。
それぞれに、日本人と結婚し、仕事をし、地に足のついた生活を送っています。
子供さんたちも、みんな、成人・独立してしまいました。
けれど、今も、日本国籍をとることなく、
ビルマが民主化される日を待っているのだそうです。
「民主化運動をやったことが原因で、
 当時のビルマ政府にパスポートを没収されたので、
 なかなか、自分の国に帰れません。」
とおっしゃっていました。


2010年、ビルマは、軍事主導の政権となり、
国名を「ミャンマー連邦共和国」と改めました。
けれど、ミャンマーは、
以前から国内に存在している少数民族の存在を、今も認めていません。
ビルマの民主化運動は、まだまだ、終わってはいないのです。
だから私は、今でも、この国のことを、「ビルマ」と呼んでいます。


この日集まったのは、かつて、日本で声をあげた、
「ビルマ民主化運動」の闘士たちでした。
彼らは今も、あきらめていません。
民主化したビルマに、いつか帰れることを、
日本国籍を取得することなく、今も待ち続けているそうです。


次々と出していただいたビルマ料理を楽しみながら、
楽しい一夜を過ごしました。
自分の国の民主化を願い、今もあきらめることなく、
戦い続けている人々がいることを、忘れないでいたいと思います。


チーレイさんと。


ビルマ料理の数々。味付けは、すべて、ビルマ風でした。


お茶の葉と野菜の炒め物



野菜とビーフンの炒め物


ピーナツと野菜の炒め物


ビーフカレーとチャーハン


汁ビーフン


ナマズの唐揚げ

のんたんの冬休み-97 おいしいものを食べる、ベトナム8日間おトク旅 - カフェRUNAMでコーヒーを。(7日目)

2017年12月30日 Cafe RUNAMで、録音したAO SHOWを聞いています。(全盲難聴・のんたん 22歳)



大枚5250円も払って、多動夫が買った、AO SHOWのチケット。
結局のところ、どうだったのかときかれると、
意見の分かれるところです。


名前こそは「サーカス」なのですが、実のところは、
アクロバティックなパーフォーマンスが続く、前衛劇であった、
と、私は思いました。


セリフがないし、ストーリーはあるんだかないんだか、わかりません。
夫と長女は、「おもしろかった!」と満足そうでした。
でも、前衛劇が嫌いな私にとっては、
なんだかたいくつな、70分でした。


そして、ここからが、大切なところなのですが。
実は、帰国してまもなく、ネットで見つけてしまったのです。
この、AO SHOWが、「日本・ベトナム国交樹立45周年記念」として、
2月に、神奈川芸術劇場で上演される、という記事を。


チケットの価格は、と調べてみると、
ルクサのディスカウントチケットが、なんと、4200円でした!
それも、S席です。


なんなのよ~
日本で観た方が安いじゃないの~!!
だから、あんなのに行くことなかったのよ。
そんなに観たかったら、娘とふたりで、横浜に行けばよかったのよ!
そしたら、2枚で8400円ですんだのに。
わざわざベトナムまで行って、4枚21000円も使って、
ばかじゃないの~?


…と、私が怒りまくったのは、言うまでもありません。(苦笑)
まあ、長男が成長した姿を見せてくれたので、
それだけはよかったかな、と。(と、思うしかありません。泣)


サイゴン・オペラハウスを出て、まだ少し時間があったので、
ベトナム・カフェに行ってみることにしました。
お店は、前日から、私が目をつけていた、カフェ RUNAM。
フレンチテイストのおしゃれな雰囲気が、気になっていました。



通されたのは、2階の、サロン風のスペースでした。
ここで、私たちはベトナムコーヒーを、
そして、子どもたちはジュースを、
小さなケーキといっしょにいただきました。


やっぱり私の手を触っている、長男。(笑)


少しだけミントがはいったトロピカルジュースで、くつろぐ長男。


見てください、このオシャレぶり!。普通のベトナムコーヒーが、ここではこんな風になって出てきました。そのへんのベトナムコーヒー屋さんとは、一線を画す演出です。


アイスコーヒーとお菓子のセット。小さなケーキまでかわいらしくて、うれしくなりました。^^


ベトナム最後の夜のアトラクションは、
こうして終わりました。


おいしいコーヒーをいただきながら、
この旅そのものが終わりつつあることを、実感していました。


(つづく)

のんたんの冬休み-96 おいしいものを食べる、ベトナム8日間おトク旅 - 4年が過ぎて。(7日目)

2014年4月1日 長男がS園に入所した日です。桜が、悲しいほどに満開でした。(全盲難聴・のんたん 18歳)



4年前。
それは、2014年の春のことです。
3月に、盲学校の高等部を卒業した長男は、
翌4月から、盲重複障害者のための支援施設である、S園での生活を、
スタートさせました。


その、「S園入所式」でのことです。
S園内のホールで、先輩の園生全員がそろって着席する中、式が始まりました。
「新入生」の長男も、先輩の園生たち(60人くらいです)といっしょに、
イスに座っていました。


私は、少し離れた父母席から、長男を見守りました。
ずっとあこがれていたS園にいることが、
長男はよほどうれしかったのでしょう。
ちょっと興奮気味になっているようでした。


理事長先生や園長先生のお話が続く中、
他の園生は、私語ひとつすることなく、全員が静かに座っているのに、
時々、長男だけが勝手におしゃべりをする声が聞こえます。
そんな長男を、私は、はらはらしながら見ていました。


ようやく式が終わり、園生が全員退場したあと、
私と夫も帰宅することになりました。
帰り際、S園のT課長にごあいさつしたのですが、私は、
「長男が静かにしていられなくて、申し訳ございませんでした。」
とつい、お詫びしてしまいました。


そのとき、T課長が、こう応じられたのです。
「のぞみくん、そんなにしゃべっていましたか?
 式の前に、『大事な式だから、静かにしようね』と言ってあったのですが・・・。」
私は、ますます、恐縮してしまいました。


ところが、T課長は、さらに、こうおっしゃったのです。
「きっと、私たちの説明がたりなかったのですね。
 次からは、のぞみくんに理解してもらえるよう、
 私たちも、もっとていねいに説明するようにしていきます。」


びっくりしました。


長男が静かにしていられなかったのは、長男のせいではない。
長男が事情を理解できるように、園がもっと説明するべきだった。


…と、T課長はおっしゃったのです。


そんな考え方もあるのだな、と、驚きました。
そうは言っても、一度言ってわかるようなら、苦労はしません。
私たち親だって、それまでの18年間、
言っても言っても、長男に伝え切れなかったことは、
たくさんあるわけですから・・・(苦笑)。


その日は、理事長先生から、
「大丈夫。みんな、びっくりするくらい、成長しますよ。
 一年後には、いろんなことができるようになっていますからね。」
と励ましていただき、S園をあとにしたのでした。
理事長先生のお言葉は、ありがたかったけれど、
「そんなに簡単に変わるのかなあ・・・。」
と、半信半疑だったことは、否定できません。


このときのできごとを、私はいつまでも、忘れることができませんでした。
S園のみなさんのことばが、あまりにも誠実で、あたたかかったからです。
もう、4年も前の話です。


18歳だった長男は、S園での生活を続け、22歳になりました。
その長男が、今、私のとなりにいます。
70分もの長い時間を、真剣な表情で、ずっと、黙って座っています。



私から、「静かにしようね。」と言われ、
自分で自分の口を押さえ、そのままの姿勢で、
長男はずっと、パーフォーマンスを聞いていました。
私は、4年前のT課長のことばを、思い出さずにはいられませんでした。


「きっと、私たちの説明がたりなかったのですね。
 次からは、のぞみくんに理解してもらえるよう、
 私たちも、もっとていねいに説明するようにしていきます。」


S園の皆様が、あれからずっと、その努力を続けてくださっていたことは、
今、目の前の長男を見ているだけで、わかりました。
そして長男は、理事長先生のおっしゃったとおりになりました。


「大丈夫。みんな、びっくりするくらい、成長しますよ。」


S園で生活して、4年。
本当に、本当に、成長したんだね、のんたん・・・。


長男を抱きしめました。
うれしくて、ありがたくて、涙が出そうでした。


(つづく)

のんたんの冬休み-95 おいしいものを食べる、ベトナム8日間おトク旅 - 「しずかに、だよ…。」(7日目)

2017年12月30日 サイゴン・オペラハウスで。(全盲難聴・のんたん 22歳)



ここで、あらためて、AO SHOWの説明文をご紹介いたします。
ネットから探してきたものです。

■ AO SHOWとは?

AO SHOWは、サーカス、アクロバット、演劇、ダンス、伝統楽器による生演奏を駆使し、エモーショナルかつコミカルに表現した「ヌーヴォー・シルク(新しいサーカス)」です。ベトナム南部(ホーチミン周辺)の美しい農村や都市で暮らす人々の生活文化を約70分に凝縮。ベトナムの日常生活に欠かせない竹や籠、米がさまざまな形で登場し、舞台を彩ります。『AO SHOW』の「AO」とは、ベトナム語で村(LANG)と街(PHO)という言葉の母音に由来しています。
視覚に訴える演出、素晴らしい振り付け、力強いアクロバットと伝統音楽(17種類からなるベトナム楽器を使用)が独特な舞台空間を演出します。『AO SHOW』は、2013年2月に、ホーチミン市民劇場(サイゴンオペラハウス)で初演。これまで、世界30ヵ国から約200万人を動員して好評を博し、2016年も引き続きホーチミン市民劇場での公演が決定しています。


■ ヌーヴォー・シルクとは?
もともと、シルク(サーカス)の本場であるフランス政府は、伝統的なサーカスの衰退に対応するため、1985年に国立のサーカス学校を設立しました。これにより、家族的に受け継がれてきたサーカスが、広く一般に門戸を開かれることになりました。そのなかで新しい感性や方法論が生まれ、伝統的なサーカスの枠を打ち破る、アーティスティックで創意工夫に溢れた作品、カンパニーが出現し始めました。その潮流を「ヌーヴォー・シルク(新しいサーカス)」と呼びます。世界的なカンパニーとなった「シルク・ド・ソレイユ」がカナダを本拠地としているように、いまやフランスだけでなく、ロシアやオーストラリアなど世界各国で、ヌーヴォー・シルクの潮流が生まれています。


資料では、AO SHOWは、
「世界最新鋭のヌーヴォー・シルク」と謳われています。
日本に帰って、この資料を見てからわかったことでしたが、
AO SHOWというのは、サーカスと銘打ってはいるものの、
どうやら、「娯楽」というよりは、もっと「芸術性」の高いものでした。



とにもかくにも、パーフォーマンスが始まってしまいました。
つくづく、こんなところへ来たのが失敗だった、と思いながら、
隣りに座っている長男を見ると、
さきほどと同じように、自分の口を指で押さえたままです。


その表情ときたら、真剣そのもの。
「だいじょうぶ? 息、してる?」
と聞きたくなるほどでした。(笑)


こんな状態で、いったい何分もつのだろう、と、
はらはらしながら見守りました。
もしも長男が飽きてきて、おしゃべりしそうになったら、
すぐに、私が長男の口をおさえる心づもりだったのです。


ところが。


10分たっても、20分たっても、長男はそのままです。
自分の口を押さえたままで、じっとしているのでした。
そんな長男を見たのは初めてのことで、めんくらっているうちに、
とうとう、ショーはフィナーレとなり、終わってしまいました。


結局。
AO SHOW のパーフォーマンスが続く70分もの間、
長男は、一言も発することなく、自分の口をずっと押さえ続けていたのです。


「静かにね…。」
左手で自分の口を押さえ、右手で、私の手をしっかりと握っている長男。
長男なりに、緊張していたのかもしれません。


「のんたん、ショーが終わったよ!
 すごいねえ。のんたん、おしゃべりしないで、
 ずっと静かにしていられたんだね。
 おかあさん、びっくりしたよ。
 すごいねえ、のんたん!」


そう。このとき私は、本当にびっくりしていました。
小さい頃から、たくさんのコンサートや舞台に、子ども達を連れて行きました。
けれど、難聴の長男には、
「静かにしていなければならない。」
という理由が、理解できませんでした。
(もっとも、連れて行く場所は、子どもを対象にしているようなことが多く、
 「なにがなんでも静かに」というようなものは少なかったのですが。)


だから、パーフォーマンスのあいだはいつも、他の方の迷惑にならないよう、
私が隣りに座って、長男の口を押さえていました。
それでも、ちょっと油断すると、
長男がなにかをしゃべってしまう、というのも、よくあることでした。


ところが、この日は違いました。
長男は、「しずかにしてね」という、私の言葉を理解し、
70分ものあいだ、気持ちを集中させ、
ずっと、静かにしていることができたのです。
こんな長男を見るのは、初めてでした。


「すごいねえ、のんたん! ほんとにえらいねえ!」
と、私にほめられて、得意そうな長男。
そんな長男を見ながら、私は、4年前のことを思い出していました。


(つづく)

のんたんの冬休み-94 おいしいものを食べる、ベトナム8日間おトク旅 - 「しずかに!^^」(7日目)

2017年12月30日 サイゴン・オペラハウスで。(のんたんとあみちゃん 22歳)



係員がいなくなったあとで、私は夫に尋ねました。
「今の人、なんて言ってたの?」


夫によると、彼は、我が家の長男のことを気にしていたのだそうです。
「パーフォーマンスの最中に、大声を出して、
 他の方の迷惑になったりしませんか?」
みたいなことを、言っていたそうな。


へえ・・・、そうなんだ・・・。


今まで、長男を連れて、たくさんの舞台やコンサートに行きましたが、
主催者側から、
「他の人の迷惑にならないのか?」
などと聞かれたことは、一度もありません。
(逆に、主催者の好意で、
 障害者用のスーパーシートに移動させていただいたことはありますが。笑)


ここ、ベトナムでも、多くの方々から親切にされてきましたが、
こんな高級な場所に来ると、やっぱり、人の気持ちも違ってくるのかな・・・。(苦笑)
ちょっと残念なできごとでした。
(だから! こんなとこに来なきゃよかったのに!笑)


それに対して、夫は、
「No!」
と言ったわけですが、
もしもそう言わなかったら、どうなっていたのでしょうか。
「他の人の迷惑になるようなら、出て行ってください」
なんて、言われるところだったのでしょうか。


いや~、迷惑をかけると思ったら、はじめから来ませんよ。(苦笑)
と、ここまで考えたところで・・・


え、でも、ちょっと待って。


と、気がつきました。
たしかに、すごい迷惑をかけるようなことはありません。
でも、もしかしたら、「あ」とか、一瞬、声を出してしまうことはあるかも・・・。
ないとは言えません。


でも、それに対して、夫は、はっきりと、
「No!」
と答えてしまいました。
絶対にない、と、言いきったわけです。
あとのことなど考えず、言うだけ言うのが、うちの夫です。
責任など、とりません。(笑)


たかがサーカス。
みんなで歓声をあげたりしながら、楽しく見るもの。
…と、私は思っていました。
が、どうやらここは、そんな場所ではなかったようです。


なんといっても、めったにはいれない、サイゴン・オペラハウス。
ひとり5000円ものチケットは、日本人の私にとっても高額でしたが、
ベトナムの人にとっては、もっとずっと高価なものになることでしょう。
とすると、やってくる人の、気合いが違うかもしれません。
パーフォーマンスの最中に、万が一、長男が一言でも声を出したら、
やはりそれは、大金を払ってショーを見に来た人には、迷惑なことでしょう。


これはたいへんなことになった、と思いました。


夫は、「No!」と強気で言い放ったものの、
その重要性には気がついていないようで、
のんきに、場内の写真なんかを撮っています。
「だから、こんなとこに来なきゃよかったのに。」
と言いたいことばを、ぐっと我慢しました。


開演時間まで、あと数分です。
私は、意を決して、長男に話しかけました。


「のんたん、これから、ショーが始まるよ。
 とてもだいじなショーです。
 みんなで、静かにして、ショーを聞きます。
 のんたんも、おしゃべりしないでね。
 だまって、しずかに、ショーを見ましょう。」


長男は、私の話を、じっと聞いていました。
私の言うことを、長男が全部理解するだろうとは、
思っていませんでした。
でも、たとえ理解してくれなくても、とにかく言ってみるしかありません。
そう思って、いっしょうけんめい話しかけました。
そして・・・。


「わかった?」


長男に、最後にそう言いました。
すると、びっくりすることが起こりました。


「しずかに! しずかに、だよ。」


長男はそう言って、自分の口を、指でおさえたのです。



長男のそんなしぐさを、私はそれまでに見たことがありませんでした。
自分の口を、指でおさえるなんて…。(笑)


これなら、とりあえずは、話したり声をだしたりすることはないでしょう。
でも、AO SHOWは70分もあります。
そのあいだずっと、こうしていられるわけがありません。


長男が、このしぐさに飽きて、
ひとことでも声を発してしまったら、おしまいです。
その前に、未然に防がなければなりません。
そのためには、70分のパーフォーマンスの間中、ずっと、
私が長男の口をおさえているしかないなあ・・・。


「よし、それでいこう」と、私も覚悟を決めました。
もうこうなったら、ショーを楽しむどころではありません。


とうとう、開演時間になりました。
客席の後ろの方から、パーフォーマーが出てきて、
私のすぐそばを通り過ぎていきました。


「のんたんが、声をあげたり、しゃべったりしませんように。」


祈るような思いです。
ショーが始まりました。



(つづく)