MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは24歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。
ベトナム日記は、
http://limings.muragon.com/tag/?q=2019%E5%B9%B49%E6%9C%88-10%E6%9C%88%E3%80%80%E3%83%99%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%A0&p=4 
をご覧ください。
ベトナム家族旅行:
https://limings.muragon.com/tag/?q=2017%E5%B9%B412%E6%9C%88%E3%80%80%E3%83%99%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%A0
小学生だったころの子どもたちの育児日記は、こちらです。
http://limings.sweet.coocan.jp/

快気祝いのタイ10日旅 7 王室御座船博物館⑤ グラビープラープムアンマーン号とエーカチャイヘーンハーウ号(2024年7月5日/2日め)

2024年7月5日 王室御座船博物館で。(タイ・バンコク)


7月5日(金)- 2日め


王室御座船博物館に来ています。
ここまでに、
 アスラワーユパック号(護衛船)
 アナンタナーカラート号(御座船)
 アネーカチャートプチョン号(御座船)
 クルットヘーンヘット号(護衛船)
 スパンナホン号/写真(御座船)と
 ナーラーイソンスバン ラーマ9世号(御座船)
…と見てきました。
次は、7隻めになります。


左端に、ガルーダに乗ったヴィシュヌ神が船首を飾るグラビープラープムアンマーン号が見えます。その手前にあるのが、グラビープラープムアンマーン号です。


⑦グラビープラープムアンマーン号(Krabi Prap Muang Man/เรือกระบี่ปราบเมืองมาร):護衛船
1967年に、古い船首部分を修復して新しく造り直されたエスコート船です。

船名のグラビープラープムアンマーンとは、「魔界討伐の猿」という意味です。ヒンドゥー教の神々の物語である「ラーマーヤナ」に登場する、白猿の将軍ハヌマーンのことと考えられており、船首増も、ハヌマーンをモチーフにしています。
長さ26.80m、幅2.10m、高さ0.51m、重量5.62Mt。
乗員は、士官1名、漕ぎ手36名、指示者2名、通常旗手1名、王室旗の旗手10名、信号手1名、位置測量士2名、楽隊10名。


グラビープラープムアンマーン号です。ラーマ王子を助けて、魔王ラーバナと戦ったハヌマーンは、ラーマーヤナの英雄とされています。

気炎を吐くハヌマーン。

まさに、軍艦の船首にふさわしい彫像です。

船体の装飾は、御座船が彫刻であるのに対して、護衛船の場合は、黒字に金の塗りであることが多いようです。

中央部のパビリオン。

「ハヌマーンとラーマ王子」は、アンコールワットの壁画にも描かれていました。
このときの日記です。
ベトナム・カンボジアを歩いた14日間 31 - アンコールワット④ 第一回廊(ラーマーヤナ)(2024年1月17日/6日め)


戦場を駆けるハヌマーンの上に
ラーマ王子が乗り、矢をかまえています。
ハヌマーンが生き生きと描かれていて、
印象深い壁画です。


カンボジアで見た、そのハヌマーンが、
ここタイにもいました。^^
(ラーマ王子がいっしょなら、もっとよかったのですが。😄)


次は、ドックのいちばん奥にある、
8隻めの御座船です。


⑧エーカチャイヘーンハーウ号(Ekkachai Hoen Hao/เรือเอกไชยเหินหาว):護衛船
船首は高く反り上がっており、ワニ模様の装飾が施されています。西暦1239年から1266年(タイ歴1782年から1809年)に使用されました。ラーマ1世の時代に造られたエスコート船ですが、第二次世界大戦で被弾したため、船首と船尾部分だけ切り取って、1965年に新しく造り直されました。

船首には、ワニが描かれています。

夫はどうしても接写がしたいんですね…。😓

船尾です。船尾が描く曲線はどの船も優美で、いかにもタイらしい。^^

士官用のイスの装飾もぬかりなく。^^


初代エーカチャイヘーンハーウ号(Ekkachai Hoen Hao/เรือเอกไชยเหินหาว)の船首
かつて、上に掲載した船の一部だったものです。建造期間は、西暦1239年から1266年(タイ歴1782年から1809年)。1945年、第二次世界大戦で被弾し、損傷しました。
長さ7.50m、高さ1.36m。

*館内の説明パネルは、すべてタイ歴で書かれています。ブログ上での西暦の表示については、MIYOが手計算でタイ歴から西暦に直したものなので、間違っているかもしれません。😓

これは船首部分だったのでしょうか。豪快なワニの彫刻が、今も残されていました。


その他にも、館内には、
古い船体の一部などが展示されています。


王室所有の船であるだけに、
そのどれもに、精巧な装飾が施されており、
タイの長い歴史や高度な技を
感じさせるものでした。
以下に、順不同ですが、掲載しておきます。
*読み方がわからないため、英名だけになっています。


Sa-nga Ngam Krabuan号の船首
かつては船体中央に、国王とその家族のためのパビリオンがありました。1945年、第二次世界大戦で被弾し、破壊されました。
長さ9.10m、幅9.10m。

この写真にも、下の方に一部だけ写っています。笑

Thuai Thep Thahwaikon号の船首
船体中央部にはパビリオンがあり、国王やその家族が中で過ごせるようになっていました。1945年、第二次世界大戦で被弾し、破壊されました。
長さ8.00m、高さ0.58m。

ロウソク流し船(Royal Candle Floating Barge)
博物館の片隅に、ひっそりと展示されていました。9m以上もあるのに、幅は狭く、人が乗ると沈んでしまいそうなくらい、はかなげで細長い船でした。
この船は、王室によるロウソク流しの儀式で、国王と王族がロウソクを浮かべて流すために使われたそうです。たくさんのロウソクを並べて、夜の川を下って行く様は、さぞかし美しかったことと思います。
長さ9.10m、幅0.58m。

船の内側があまりにも狭かったので、自分の手をいっしょに撮ってみました。手のひらひとつ分くらい。ここに人が座るのはムリですね。^^

ちなみに、このときのネイルです。😄(2024年6月29日 施術は、新大久保・Blanc)

毎回、ほとんどおまかせでお願いしていますが、オーナーの白さんがいつもすてきに仕上げてくださいます。もう6年くらいのおつきあいになりました。^^


ところで。
王室御座船博物館には、
戦争によって破壊された御座船も、
多数展示されていました。
これだけ多くの御座船が
どうして破壊されてしまったのか。
…が気になり、調べてみました。


【バンコク空襲】
1941年、日本とタイの間で、日泰攻守同盟条約が締結されました。そのときから、タイ王国バンコクを攻撃目標とした連合軍による一連の空襲が始まり、1945年に太平洋戦争が終結するまで続きました。このバンコク空襲に対して、タイ空軍と日本軍は一式戦闘機などで応戦しましたが、高高度を飛行する爆撃機になすすべもなく、戦果は芳しくありませんでした。連合軍による爆撃は、主にB-24爆撃機、B-29爆撃機によって行われ、バンコク鉄道駅、鉄橋などの交通要所、軍事施設などが破壊されました。1944年1月から1945年1月までの1年間だけでも、タイ王国全土でおよそ250回の空襲があり、航空機およそ2,950機が来襲。およそ18,600発の爆弾、6,100発の焼夷弾が投下されました。その間の被害は、死者1,900人、負傷者3,000人、建物損壊9,600棟、建物全壊1,200棟と言われています。


日本が関わっていたことだったのに、
こんな歴史があったことを、
全然知りませんでした。
タイには何度も来ていたのに…。😔
まだまだ、知らないことだらけです。


以上、館内に展示されている主要8隻と
その他の船の一部について、
まとめてみました。
このあとは、そのほかの展示についても、
少しだけ掲載しておきたいと思います。


(つづく)

快気祝いのタイ10日旅 6 王室御座船博物館④ クルットヘーンヘット号、スパンナホン号(写真)とナーラーイソンスバン ラーマ9世号(2024年7月5日/2日め)

2024年7月5日 王室御座船博物館で、ナーラーイソンスバン ラーマ9世号と。(タイ・バンコク)


7月5日(金)- 2日め


王室御座船博物館に来ています。
ここまでに、
 アスラワーユパック号(護衛船)
 アナンタナーカラート号(御座船)
 アネーカチャートプチョン号(御座船)

…と見てきました。
次は、4隻めになります。


④クルットヘーンヘット号(Krut Hoen/เรือครุฑเหินเห็จ):護衛船
船首像は神鳥「ガルーダ」(ヴィシュヌ神の乗り物)で、両手にナーガを掴んでいます。ラーマ1世時代に造られましたが、第二次世界大戦の爆撃で損傷し、1968年に造り直されたものです。
長さ28.58m、幅2.10m、高さ0.56m。
乗員は、士官1名、漕ぎ手34名、指示者2名、通常旗手1名、信号手1名、位置測量士2名。


クルットヘーンヘット号です。

船首で気炎を吐くガルーダ。

真下から見るとこうなります。美しい衣装をまとったガルーダです。

横から見たところ。船体の花模様が美しいですね。

チャオプラヤー川を行くクルットヘーンヘット号。(画像をお借りしました)

ここまでに見てきた4隻の船たちです。手前から、クルットヘーンヘット号(護衛船)、アネーカチャートプチョン号(御座船)、アナンタナーカラート号(御座船)、アスラワーユパック号(護衛船)と並んでいます。


⑤スパンナホン号(Suphannahong/เรือพระที่นั่งสุพรรณหงส์):御座船(国王専用船)
前国王即位60周年を祝う御座船パレードで実際に使用された、国王専用のきらびやかな御座船です。全長約45mで、57人の漕ぎ手によって漕がれました。また、船首には、神話上の白鳥が彫刻され、中央には国王や王妃用の玉座が設けられています。スパンナホンという船はアユタヤー時代には既に登場しており、現在の船体はラーマ6世の時代に完成しました。荘厳美麗で、玉座を擁するに相応しい威厳が感じられる船です。


この、王室御座船博物館の中で、
最も重要な船のひとつで、
目玉とも言える船なのですが、
たいへん残念なことに、
5番めのドックはカラになっていました。
どうやらメインテナンス中だったようです。


こんなパネルが残されていて…、

船体中央部のパビリオン(玉座)だけが展示されていました。この中に国王の玉座があり、仏像も安置されました。長さ2.10m、幅1.60m、高さ6.35m。
これはMIYOが撮った写真です。

でも夫が撮ると、なぜかこうなる…。🤣🤣

見学できたのはパビリオン部分だけでしたが、その台座だけでも、すごい装飾でした。

この雄姿を見ることができなかったのは、痛恨の極み…。

船首の白鳥像は、ブラフマー神の乗り物でもある神鳥「ホン」です。


白鳥の船首、見たかったなあ…。
と、残念でしたが、
ないものは仕方がないので、
「また来ればいいよね。」
…ってことで、次に向かいました。😔


⑥ナーラーイソンスバン ラーマ9世号
 (Narai Song Suban H.M. King Rama IX/เรือพระที่นั่งนารายณ์ทรงสุบรรณ รัชกาลที่ 9):御座船
勇壮で絢爛豪華な意匠です。船首像は、神鳥ガルーダに乗るヴィシュヌ神(ナーラーイ神)です。ナーラーイソンスバン号は、ラーマ9世(プミポン前国王)により建造され、スパンナホン号と共に最も重要な御座船のひとつです。
長さ44.30m、幅3.20m、高さ1.10m。
乗員は、士官2名(船首と船尾)、漕ぎ手50名、指示者2名、通常旗手1名、王室旗の旗手7名、信号手1名、楽隊1名。


ナーラーイソンスバン ラーマ9世号です。先頭で気炎を吐くガルーダの背中に乗っているのは、ヒンドゥー教の三大神のひとり、ヴィシュヌ神。

豪快なガルーダと、ちょっと小型でかわいらしい感じのヴィシュヌ神。^^

ヴィシュヌ神を後ろから撮ってみました。

後ろから撮った写真をよく見ると、ヴィシュヌは4本の腕を持っていることがわかります。それぞれの手には、異なるものを握っています。
 上の左手:ほら貝(パーンチャジャニヤ)
 上の右手:回転する円盤(スダルシャナ・チャクラ)
 下の左手:神聖な蓮(パドマ)
 下の右手:こん棒(カウモーダキー)

ちなみにこれは、インドで描かれたヴィシュヌ神。たしかに、ほら貝、回転する円盤、神聖な蓮、こん棒を握っています。🤣🤣

次は船体を見てみます。さすが御座船。船体の装飾も見事です。

夫が接写した写真。

正面下側から見上げたところです。

そして反対側です。「進め~。」という、ヴィシュヌ神の声が聞こえてきそう。😄

船体中央部のパビリオン(玉座)。

船尾です。その右に見えているのは、スパンナホン号のパビリオン(玉座)。

以前、カンボジア・アンコールワットで見た壁画です。ここにも、ガルーダに乗って阿修羅と戦うヴィシュヌ神が描かれています。
そのときの日記です。
ベトナム・カンボジアを歩いた14日間 39 - アンコールワット⑫ 第一回廊(アムリタをめぐる、神々と阿修羅の戦い)(2024年1月17日/6日め)


ヒンドゥー教の神々の乗り物は、
ヴァーハナと呼び、
それぞれの神ごとに決まっているので、
乗り物を見れば、その神の名前がわかります。
なので、この御座船で、
「ガルーダに乗っている神はヴィシュヌ神」
ということになります。^^
この「ヴァーハナ(乗り物)」についての話は、
アンコールワットに行ったときに、
初めて学んだことでした。


現在のタイは仏教国ですが、
国王が乗る御座船の彫刻には、今も、
ヒンドゥー教の世界が息づいているのだな、
とうれしくなりました。


世界各地を歩いていると、
以前に訪れた地で見たものが、
現在旅している地の思いがけないところで
つながっていることがあります。
それに気づくこともまた、
旅をする醍醐味のように思います。


チャオプラヤー川を豪快に走る、ナーラーイソンスバン ラーマ9世号。

荘厳な船体と雄々しいガルーダ。そして、どこかかわいらしいヴィシュヌ神。


カンボジア・アンコールワットの
壮大な神話を思い出させてくれた
ナーラーイソンスバン ラーマ9世号は、
王室御座船博物館の中で、
私のいちばんのお気に入りになりました。


なお、館内には、
このナーラーイソンスバン ラーマ9世号の
前身となった船の一部も展示されています。


初代ナーラーイソンスバン号(Narai Song Suban/เรือพระที่นั่งนารายณ์ทรงสุบรรณ)の船首
西暦1281年から1325年(タイ歴1824年から1868年)に建造されました。ナーガの装飾を施されたガルーダは、ナンクラオ王(ラーマ3世)の時代に造られたもので、ナーラーイの像は、モンクット王(ラーマ9世)の時代に取り付けられました。この船首は、現在のナーラーイソンスバン ラーマ9世号の原型となりました。

幅1.70m、高さ2.80m。

ドックを埋め尽くす、王室御座船たち。

広いドックの中に横たわる、ナーラーイソンスバン ラーマ9世号。次回は、その隣りにある、グラビープラープムアンマーン号を見ます。


(つづく)

快気祝いのタイ10日旅 5 王室御座船博物館③ アナンタナーカラート号とアネーカチャートプチョン号(2024年7月5日/2日め)

2024年7月5日 王室御座船博物館で。(タイ・バンコク)


7月5日(金)- 2日め


王室御座船博物館に来ています。


いちばん手前にあった護衛船、
アスラワーユパック号
を見て、次は、右隣りの船に行きました。


②アナンタナーカラート号(Ananta Nakkarat/เรือพระที่นั่งอนันตนาคราช):御座船
船首像は7頭のナーガの像で、パヤーアナンタナーカラート(พญาอนันตนาคราช)といいます。この形の御座船が最初に造られたのはラーマ4世時代で、現在の船体は、ラーマ6世時代に新しく造り直されたものです。
長さ44.85m、幅2.58m、高さ0.87m。
乗員は、士官2名(船首と船尾)、漕ぎ手54名、指示者2名、通常旗手1名、王室旗の旗手10名、信号手1名、楽隊2名。


船首を飾るのは、7匹のナーガ。

そのナーガの下に施された、素晴らしい装飾。さすが、国王が乗る船です。

無数のナーガが、ひしめきあっています。

船首の反対側です。

接写が好きな夫らしい一枚。🤣

船体の中央を飾るパビリオン(玉座)に行ってみます。

ここに、国王が座りました。

同じような写真に見えますが、実は走りまわっていろんな方向から撮っています。🤣🤣

で、夫が撮るとこうなります。😅

パビリオンの台座部分です。

そして船尾。

この船がチャオプラヤー川に浮かぶ写真が飾ってありました。後ろに見えるのは王宮。かっこよすぎて、ため息がでます。😄

すごい迫力だった御座船、アナンタナーカラート号。

一番手前にあるのが、このアナンタナーカラート号です。次は、その隣りにある、アネーカチャートプチョン号に行きます。


③アネーカチャートプチョン号(Anekkachat Phutchong/เรือพระที่นั่งอเนกชาติภุชงค์):御座船
ラーマ5世時代である、西暦1340年(タイ歴1883年)に造られました。この御座船のパビリオンは、王のプライベートルームでした。この部屋の中で王は、王冠や衣装を脱ぎ、寺院に入りました。
長さ45.67m、幅2.91m、高さ0.91m、喫水0.46m、重量7.7Mt。
乗員は、士官2名(船首と船尾)、漕ぎ手61名、指示者2名、通常旗手1名、王室旗の旗手7名、信号手1名、楽隊1名。


船首です。

よく見ると、船首の側面に、小さなナーガ像がたくさん彫られています。

ナーガは、上と下に7匹ずつ。小さくてわかりにくいですが、人の顔をしているそうです。

MIYOが撮った船体の装飾。

同じ部分を夫が撮るとこうなります。笑 不思議なことに、船体の装飾部分では、見る角度によって、背景色が赤になったり青になったりします。

夫は接写が大好き。🤣🤣

正面から撮った船首です。

そして、船首の反対側。

中央のパビリオン。ここは国王のプライベートルームでした。

パビリオンの台座部分。細かい装飾がびっしりと施されています。

そして、優雅な曲線を描く船尾。

しんがりに置かれているイスは、士官用だったのでしょうか。

ここにも、美しい装飾が施されています。

川を進む、アネーカチャートプチョン号。

アネーカチャートプチョン号は、700年も前に造られたとは思えないほど、現在も美しいままに保存され、使用されていました。


(つづく)

快気祝いのタイ10日旅 4 王室御座船博物館② アスラワーユパック号(2024年7月5日/2日め)

2024年7月5日 王室御座船博物館で。(タイ・バンコク)


7月5日(金)- 2日め


細い路地をさんざん歩いたあげく、
王室御座船博物館に到着しました。


一応、ここが入口です。😅

入口で出迎えてくれたおじさんといっしょに。夫はやっぱり花ばっかり見てました。笑

受付の横に置いてあった鳥かご。「ピーピー、ヒョンヒョン」と、しきりに鳴いてかわいい。😄 「クビワムクドリ」といい、中国本土と東南アジアによく見られる鳥だそうです。

「抱っこしてみるかい?」と言っていただきました。^^

「クビワムクドリ」にも心ひかれましたが、とりあえず博物館に入りたくて、気持ちがはやります。入場料は、ひとり100バーツ。このほかに、動画を撮る場合は別途200バーツを支払います。

そしていよいよ、中に。薄暗いドックの中に、船が並んでいるのが見えます。

こ、これは、御座船の船尾ではないですか。でかいっ。笑 あわてて、船首の方向に向かって走りました。

わぁ…。


長い長い御座船が、いくつも並んでいました。
王室の人々がかつて乗っていた実物の船で、
現在も、セレモニーなどでは
現役で使用されています。
こんなにいくつもの御座船を、
一挙に見ることができるなんて…。


「すごいね…。」
「うん。」


と言ったきり、
私も夫も、感動でことばをなくし、
しばし立ちつくしました…。


どの船も船首のデザインは異なっていて、その用途も違っているようです。

いちばん手前の船から、順に見て行くことにしました。


①アスラワーユパック号(Asura-Wayuphak Barge/เรืออสุรวายุภักษ์):護衛船
エスコート船です。船首像は、上半身がヤック(鬼)で下半身が鳥の彫刻です。

長さ31m、幅2.03m、高さ0.62m。
乗員は、士官1名、漕ぎ手40名、指示者2名、旗手1名、信号手1名、測量係2名、楽隊鼓手10名
,
船首部分です。

すごい偉容です

うれしくて、船の周りをグルグル回って、写真を撮るMIYO。😄 船の中央部に見えている屋根のついた部分は、パビリオンと呼ぶそうです。

船体に描かれた絵も見事です。^^

絢爛豪華な、阿修羅の彫刻。

船体の中央にある、パビリオンです。

反対側から撮ったパビリオン。

そして船尾へ。

この優雅な曲線をご覧ください。これが護衛艦だというのだから、すごい。

こんなのが並んでいるさまはすごい迫力で、圧倒されました。😄 

王室御座船博物館の日記は、まだまだ続きます。😅


次回は、王様が乗るための船だった、
アナンタナーカラート御座船
をご紹介します。


(つづく)

快気祝いのタイ10日旅 3 王室御座船博物館①(2024年7月5日/2日め)

2024年7月5日 王室御座船博物館まで歩きました。


7月5日(金)- 2日め


初めてタイを訪れたのは、
1986年5月のことでした。
以来40年近くたっていますが、
タイが好きなのは変わらず、もう20回くらい、
タイに来たのではないかと思います。


あまりにも何回も来ているので、
もう、バンコク市内の観光スポットは
ほとんど見た、と思っていました。
が、出発直前になってネットで見つけた、
とあるスポット。
なにかおもしろそうです。


そのことを夫に言うと、
「そこ、行ってみようよ。」
と、私以上に夫が乗り気になってしまいました。
…ということで、バンコクに到着して翌日、
早速、そこに行くことになりました。
(のんびり旅行のはずだったのに、全然おとなしくしてません。)


そのスポットの名は、
国立王室御座船博物館


「王室御座船」とは、王室専用の船のことです。
「王室専用」といえば、
以前、バンコク国立博物館の「葬儀の間」で、
プミポン前国王の葬儀に使われた、
山車や葬送品を見学したことがあります。


たくさんの山車が、ずらりと並んでいました。キンキラキンでした。笑
このときの日記です。
高級ホテルに泊まる、タイ3泊6日のおトク旅⑥ - 国立博物館のガイドツアー(2018年7月12日/2日め) 


ですが、御座船の実物と言うのは、
見たことがありません。
かつて王室の人々が乗った船ですから、
山車とは比べ物にならない大きさです。
そんな御座船が展示されているのならば、
ぜひ行ってみたい、と、私も思いました。


【国立王室御座船博物館(Royal Barges National Museum)】
前国王即位60周年を祝う御座船パレードで実際に使用された、国王専用のきらびやかなスパンナホン号が展示されている博物館です。スパンナホン号は全長約45mで、57人の漕ぎ手によって漕がれました。また、船首には、神話上の白鳥が彫刻され、中央には国王や王妃用の玉座が設けられています。館内には、このスパンナホン号を含め、8隻の王室御座船が展示されています。


御座船スパンナホン号。タイ最長の王室御座船です。(画像をお借りしました)

ということで、ホテルを出発。

I Residence Hotel から王室御座船博物館までは、約12キロ。BTSでも行けますが、ちょっとメンドウな場所にあります。

その他の移動手段としては、手前から、バイクタクシー、トゥクトゥク、タクシーなどがありますが、最近の私たちは、ほとんどGrabを利用しています。安いし、ぼられないし、価格交渉も不要なので気がラクです。^^

「I Residence HotelからRoyal Barges National Museumまで」とリクエストすると、すぐにこんな車が来てくれました。

30分くらいで到着。料金は270バーツ(約1080円)でした。

車を降りた場所は、アルンアマリン橋のたもとにある海軍の施設でした。ここは一応、御座船博物館の「近く」です。「Royal Barges National Museum」と書いたパネルがありますが、博物館の影も形もありません。海軍の施設には、一般車両は入って行けないので、車で直接博物館まで行くことはできません。


事前にネットで調べたところ、この博物館は、
住宅地の入り組んだ場所にあるようでした。
博物館までは、細い路地が続いていて、
車両が入れるような道ではないので、
かなり手前で車を降りて、
あとは歩いていくしかないとのこと。


上の写真のパネルの裏側には、こんな道が続いています。この先に博物館があるなんて、いったい誰が想像するでしょうか。🤣

とりあえず歩き始めたのですが、夫は花の写真ばかり撮っていて、なかなか進まない…。

迷路のような路地を進みました。はぐれると困るので、曲がり角では夫が来るのを待たなくてはなりません。

「ほんとうにこの道でいいの?」と不安になるのですが、ときどき、こんなパネルが取り付けられていて、「御座船博物館はこちら」と教えてくれます。ここに初めて来た人はみんな、このパネルに励まされて歩くんだろうなあ…。笑

この道の両側には、洗濯物を干している民家がありました。大丈夫なのか?と思いますが、夫は花しか見ていません。😔

「この先に、絶対に博物館がある。」と、信じるしかない…。

うねうねと曲がった路地を進み、行き止まりになるとそこで曲がり…、

夜の屋台で使うリヤカーも置いてある…。😅

そして、激しく不安になってくると必ず出てくる、このパネル。🤣

えらいところに来ちゃったなあ…。😓

角を曲がると…、「げっ まだまだ道が続いてる…。」

今さら引き返しても、出発地点に戻れる自信もないので、とにかく歩きます。

「この家には、人が住んでないんだよね?」と夫は言いましたが…、

いいえ。住んでます。ついさっきまで食事していたかのように、お鍋やお箸が置いてありました。笑

道路よりも幅の広い水路がありました。かつてはここを、舟で進んだのでしょう。^^

その水路沿いに建つ、テラスのあるお家。😅

しつこいようですが、私たちが向かっているのは、「国立」博物館です。でもこのパネルがなければ、誰も先には行かないと思います。

で、この水路の向こう側に渡るんですね?😅 ほんとですか?

水路がめぐらされ、びっしりと民家が建ち並ぶエリアですが、雑貨店まであって、つい笑ってしまいました。

こんな感じで、車を降りてから路地を歩き続けること、約15分。ようやく、白い塀に囲まれた博物館に到着しました。

王室御座船博物館です。^^


なんか、体育館みたいですが、
これでもれっきとした、国立博物館です。^^


(つづく)