コロナでもウポポイ3。札幌2週間ホテル暮らし 75 - 札幌市資料館③ ギャラリーと研修室(2021年11月11日/9日め)
(2022/12/15 08:00記)
2021年11月11日 旧札幌控訴院(現在の札幌市資料館)の、美しい階段とステンドグラスです。優美な天井とシャンデリアも見逃せません。(北海道札幌市)
【お知らせ】
12月14日の日記を最後と思っていたのですが、少し時間があったので、もう一本書き、予約投稿いたします。
(ウソつきでスミマセン)
15日朝のフライトで、沖縄に行きます。ブログはしばらくお休みをいただきます。(スミマセン)
11月11日(木)
札幌市資料館に来ています。
「刑事法廷展示室」を見学した後は、
ガイドのOさんに案内していただき、
2階に上がりました。
階段の横に設えたステンドグラス。シャンデリアと天井の装飾もみごとです。
階段、シャンデリア、ステンドグラスの3つをひとつの写真におさめようとしたのですが、なかなかうまく撮れませんでした。
結局、階段をあきらめて、ステンドグラスと照明だけを撮ってみました。^^
ところが、後日、同じ場所を訪れた夫が、
階段、ステンドグラス、シャンデリアを
全部入れた写真を撮っていました。
(ちょっとクヤシイ。笑)
美しい曲線を描く階段と、ステンドグラスです。美しいですね。^^(2011年11月14日 by 夫)
2階のレイアウト図です。資料館2階は貸室となっていて、ミニギャラリーや研修室が並んでいます。
2階部分は、芸術作品等の発表の場として、
または会議や集会の場として、
広く市民に利用されています。
左奥にある、ミニギャラリー1です。
中はこのとおり。一見、普通のギャラリーなのですが…、
天井のメダリオンの細工が凝っています。そこから下がるシャンデリアも、優雅ですね。^^
すてきです…。^^
その他の部屋も、このとおり。市民ギャラリーとなっていますが、よく見ると、シャンデリアがタダモノではありません。^^ 大きな窓の木枠も、壁の設えも、かつてのままに残されています。すばらしいです。
ギャラリーに展示されていた写真です。
あっ 信濃神社(札幌市厚別区)の写真がありました。
【信濃神社】
明治14年、長野県上諏訪より、河西由造が30戸の人々と共に入植し、厚別中央、西部、川下で開墾に励みました。そして明治15年、諏訪大社より御分霊を奉戴し、小さな祠を建てたのが、信濃神社の始まりでした。
これが、そのときの祠です。「旧信濃神社」として、今も、北海道開拓の村に移築され、保存されています。私たちが、52番目のスポットとして最後に訪れた場所でした。
【旧信濃神社】
明治15年ごろに建てられました。農村群の一隅にあります。木立が茂る森の中に、静かに佇んでいる神社です。社殿は鳥居の奥深くに鎮座して、道路から見ることができません。この神社の所在地は、長野県諏訪地方の出身者が多かったため、信濃開墾地と呼ばれたところでした。神社を建設するにあたっては、郷里の諏訪大明神のご分霊を頂いたので、信濃神社と命名しました。
そして、2階部分の右奥には、研修室がありました。ここは、1階で見学した刑事法廷展示室のちょうど真上にあたる部分です。
通路の窓からこの研修室の外壁を見ると、ツタがいっぱいにからまっていました。
これは、2階から見たドームの部分です。
札幌市資料館の天井を見上げながら、
豊平館で見た、
美しいメダリオンの数々を思い出しました。
ボランティアガイドのOさんと、
しばし、豊平館の話でもりあがりました。^^
元館長さんであっただけに、貴重なお話を、
いくつも聞かせていただけました。
Oさんから、「中島公園には、『八窓庵』という、りっぱな茶室があるんですよ。豊平館のすぐそばです。」と教えていただきました。
【八窓庵】
大名茶人で総合芸術家と言われた小堀遠洲が作ったと言われる茶室で、長く滋賀県長浜市内にありました。大正8年に札幌の実業家が購入し、札幌で組み立てる際に、三分庵と水屋を付設して今の姿になりました。八窓庵には、その名のとおり8つの窓があります。探しづらいかもしれませんが、8つの窓を探してみるのも、見学の際の楽しみとなっています。公開期間中は、3箇所の障子窓を開け、内部が見えるようになっています。
八窓庵に行ってみたくなったのですが、
残念ながら、このあとすぐに、
冬支度に入ってしまったようで、
八窓庵も閉館されてしまいました。
はじめから知っていれば、
豊平館に行ったとき、
いっしょに見ることができたのですが…。
惜しいことをしました。😅
もう少し早い時期に札幌に行っていれば
よかったのかもしれませんが、
それはそれとして、冬支度に入る直前の、
美しい札幌を堪能できたのですから、
まあ、よしとしましょう。^^
(つづく)