MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは24歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。
ベトナム日記は、
http://limings.muragon.com/tag/?q=2019%E5%B9%B49%E6%9C%88-10%E6%9C%88%E3%80%80%E3%83%99%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%A0&p=4 
をご覧ください。
ベトナム家族旅行:
https://limings.muragon.com/tag/?q=2017%E5%B9%B412%E6%9C%88%E3%80%80%E3%83%99%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%A0
小学生だったころの子どもたちの育児日記は、こちらです。
http://limings.sweet.coocan.jp/

のんたんの冬休み-70 おいしいものを食べる、ベトナム8日間おトク旅 - ミーソン遺跡⑤劇場でダンス(2017年12月29日/6日め)

2017年12月29日 ミーソン・遺跡群Eで。(全盲難聴・のんたん 22歳)


12月29日


遺跡群を出て、麓の劇場まで、急ぎました。
最後に、もう一度だけふりかえって、遺跡を目に焼き付けました。



長男の手引きをしながら、坂道を下ると、そこが劇場です。
小さなステージの前に、たくさんのイスが並べられていました。
が、すでに、観客がたくさん集まっていて、
イスのほとんどは埋まっていました。
かろうじて、4人分の空席を見つけ、腰かけました。


リャンさんの言ったとおりでした。
もう少し遅くなっていたら、イスに座ることはできませんでした。
私たちの後に来た人たちは、ほとんどが、
立ったままで鑑賞することになってしまいました。


どうにかイスにありついてほっとしていると、
民族音楽ショーが始まりました。



このショーとミーソンの遺跡にどんな関連があるのか、
いまひとつよくわかりませんでしたが(苦笑)、
少なくとも、長男が音楽を楽しむことができたので、
よかった、よかった、と思っているうちに、
ショーは終わりました。^^


遺跡観光って、あれこれと歩くだけで、
全盲の長男にとっては、おもしろくもなんともないんですよ・・・。
長男はいつも、文句も言わずにつきあってくれますが、
それでも、ただ歩かせるだけでは、申し訳ない気持ちもあります。
とりあえずこの日は、思いがけず音楽ショーなんてやってもらったので、
長男もいっしょに楽しむことができ、ほっとしました。


このあと、再び、来たときに利用したカートに乗って、
帰路につきました。


(おまけ)
掲載しきれなかった、ミーソンの写真です。




(つづく)

のんたんの冬休み-69 おいしいものを食べる、ベトナム8日間おトク旅 - ミーソン遺跡⑤遺跡群E(2017年12月29日/6日め)

2017年12月29日 ミーソン・遺跡群Eで。(全盲難聴・のんたん 22歳)


12月29日


小川にかかる橋を慎重に渡って、
少しだけ坂を上がると、そこには、遺跡群Eが広がっていました。
B・C・D遺跡群に比べると、ぐっと小ぶりです。




「のんたん、にこにこ笑ってね」と言ったら…。


こうなりました。^^


さて、そろそろ、集合時間が近づいてきたので、
戻ることにしました。
来たときと同じように、小川の橋を渡ります。



リャンさんに言われた集合時間よりも、
10分ほど早い時間です。
でも、
「早めに行かないと、席がなくなります。」
と言われていたので、
遺跡群をあとにして、麓にある、劇場へと向かいました。


(つづく)

のんたんの冬休み-68 おいしいものを食べる、ベトナム8日間おトク旅 - ミーソン遺跡④B・C・D遺跡群(2017年12月29日/6日め)

2017年12月29日 ミーソン遺跡で。(全盲難聴・のんたん 22歳)


12月29日


広大なB・C・D遺跡群を、さらに歩きます。


祠堂の中にはいると、たくさんの遺物が展示されていました。


これは爆弾ですね…。


リャンさんに、B・C・D遺跡群を案内していただいたあとは、
40分の自由行動となりました。
広大な遺跡群を、この時間内にすべて見て回るのは、
ちょっと厳しいのですが。


リャンさんからは、
「40分後、遺跡の入り口にある劇場に来てください。
 その時間に、劇場で、ダンスが始まります。
 でも、ダンスの開始時間の10分前に来る方がいいですよ。
 ぎりぎりに行くと、席がなくなります。」
と、アドバイスをいただきました。


とすると、30分しかありません。
この時間で全部を見るのは、かなり難しそうです。
とりあえず、今いるエリアを出て、
遺跡群Eに行ってみることにしました。



遺跡群Eの手前にある川。奥に見えるのが、遺跡群Eです。
この写真は、往路ではなく、帰路に撮ったものです。行きも帰りも、緊張しながら渡りました。


遺跡群Eに行くには、手前にある川を渡らなければなりません。
長男といっしょに、川にかかった橋を渡りました。


手すりもなにもありません。
長男を手引きしていて、うっかりすべったりしたら、
そのまま、長男を川に落としてしまいかねません。
さすがに、この橋を渡るときだけは、ちょっと緊張しました。


長男の体をしっかりと支えて、注意深く歩きます。


どうにか橋を渡り終え、少しだけ坂を上がると、
目の前に、遺跡群Eが広がります。



次回は、遺跡群Eをご紹介します。


(つづく)

のんたんの冬休み-67 おいしいものを食べる、ベトナム8日間おトク旅 - ミーソン遺跡③B・C・D遺跡群(2017年12月29日/6日め)

2017年12月29日 ミーソン遺跡で。(のんたんとあみちゃん・22歳)


12月29日


B・C・D遺跡群


ミーソンの各遺跡はA~Lのグループに区分けされています。
中でも、ミーソン聖域の中心である「B・C・D遺跡群」は、
保存状態も良く、ツアーでも主に観光するエリアです。
その他の「A・E~Lグループ」は、建物の形が残っておらず、
現在修復中または発掘作業中のエリアです。


まずは、このB・C・D遺跡群を、リャンさんに案内されながら歩きました。
ここには、ヒンドゥー教のシヴァ神を祀る祠堂が並びます。
これらは、今から約1300年前の建造物です。



説明をするリャンさん。
祠堂は、セメントなどの接着剤を一切使わず、レンガのみを積み上げられて造られた建物で、当時の建築技術の高さが伝わります。所々白くなっている箇所は、現代になって後からセメントで修復した箇所です。


男女の象徴とされるリンガとヨニ。現在では子孫繁栄の象徴として崇められており、目の前で祈ると子宝に恵まれると言われています。写真は、リンガ(男性のシンボル)。


こちらは、ヨニ。(女性のシンボル)


ミーソン遺跡の見どころの一つが、壁面に施された芸術的な彫刻の数々です。
女神像の他、象や装飾模様のレリーフを見ることが出来ます。


まだまだ続くのですが、長くなりましたので、
続きは次回に。


(つづく)

のんたんの冬休み-66 おいしいものを食べる、ベトナム8日間おトク旅 - ミーソン遺跡②破壊のあとで。(2017年12月29日/6日め)

2017年12月29日 ミーソン遺跡で。(のんたんとあみちゃん・22歳)


12月29日


本当なら、長男を手引きしながら、
ミーソン遺跡まで歩かなければならなかったのですが
(それはそれで、楽しいんですけど。^^)
遺跡のすぐ手前まで、カートに乗せてもらえたので、
助かりました。


遺跡の手前まで行く、カートの中で。


カートを降りて、細い道を歩きます。


遺跡が見えてきました。


早速、リャンさんに案内されて、遺跡を見てまわります。



遺跡全体にもやがかかっていて、
幻想的な美しさを醸し出していますね。^^
でも、こんなところもありました。



あちこちに見える、水たまり。
池のようです。
これは、なんだと思いますか。


そう。
これは、米軍の爆撃によって残された、
爆弾の痕、なのです。
写真を、よくご覧ください。
遺跡のすぐそば。
それも、ぎりぎりのところで爆発し、
かろうじて、この建造物が残ったことがわかります。


ベトナム戦争では、
こんな貴重な遺跡のど真ん中まで、爆撃されたのです。


広大な敷地に広がる、ミーソン遺跡。
ここには、多数の建造物が、残されています。
ですが、本当は、もっともっと、多くの遺跡があったのだと思います。


ミーソン遺跡の大半は、
ベトナム戦争によって破壊されてしまいました。
その修復作業は、現在も続けられているのだそうです。


(つづく)