MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは24歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。
ベトナム日記は、
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をご覧ください。
ベトナム家族旅行:
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小学生だったころの子どもたちの育児日記は、こちらです。
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骨折でもイタリア。シチリアを歩く、9泊10日のおトク旅 10 - 早朝のパレルモ観光(3日目)

MIYO

2019年1月20日 シチリア島・パレルモの朝。クアットロ カンティで。


1月20日


夜行フェリーでパレルモに到着しました。
アラブ・ノルマン王朝時代の栄華の跡が残る、活気ある港町です。
人口は100万人以上で、イタリアで5番目に多く、
シチリア諸島で一番大きい都市です。


中世シチリア王国の古都であり、
ノルマン系やスペイン系、または全く違う民族も暮らしていたりして、
国際色豊かな街です。


ひゃ~ シチリアに来ちゃったんだわ~
と、感動する暇もなく、
パレルモ市内観光が始まりました。
ここからは、延々と、怒濤の観光地めぐりが続きます。(笑)


マッシモ劇場 (Teatro Massimo)


マルトラーナ教会


この場所には教会が3つも面しており、
どれがマルトラーナ教会かな、と迷いそうになります
朱色のドームをもつふたつの教会、
サン・ジョヴァンニ・デリ・エレミティ教会とサン・カタルド教会も、
見応えがあります。


写真の左側が、マルトラーナ教会 (Santa Maria dell'Ammiraglio) で、右がサン・カタルド教会です。


美しい彫像が多数据えられている噴水に来ました。
この彫像は、イタリア本土から運ばれてきたのだそうです。
当時、シチリアの人々はとても保守的で、
裸体が飾られたことにとても驚き、
男性の突起をすべて切り落としてしまったそうです。(笑)
そのため、現在でも、ここにある彫像は、
どれも、突起が切り取られたままになっています。


ノルマン王宮と噴水


クアットロ カンティ(Quattro Canti)


街中の名所である、クアットロカンティに来ました。
交差点にある四つ角の建物は、それぞれ、3階構造になっていて、
各階の壁面に彫像が飾られています。
彫像は、4つの角ごとに違うものが立っていて、
それぞれが、春、夏、秋、冬を表しています。


朝の、人気のないクアットロカンティを、みんなでぞろそろ歩きます。^^

春。若々しい彫像が飾られています。この頃の彫像は、シュッとしているのですが・・・。

夏。もう少し、大人になった彫像が。

秋。少し年をとっていき・・・。

冬。年を取って中年太りの彫像。お腹がでているのが、笑えました。^^


(つづく)

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骨折でもイタリア。シチリアを歩く、9泊10日のおトク旅 9 - 夜行フェリーでシチリア島へ(2日目-3日目)

MIYO

2019年1月20日 シチリア島・パレルモの朝。マッシモ劇場の前で。


1月19日


ナポリで夕食を終えたあと、
5分ほど歩いて、ナポリ港へ行きました。
私達が乗る予定のフェリー、MOBY TOMMY号が、
すでにスタンバイしており、
そのまま、乗船しました。


私たちの荷物を積み込んだバスも、
同じフェリーに乗船しています。
前日に、「一泊分だけの荷物を持って乗船するように」と言われていて、
それ以外のほとんどの荷物は、
バスの中に残したままになっています。


Tirrenia社のMOBY TOMMY号

船内のサロンで。


この船に乗るにあたって、
私たちみんなが、内心ひそかに危惧していたことがあります。
それは、
「フェリー船内では、雑魚寝だろうか?」
ということでした。(笑)


日本のフェリーだと、畳敷きのスペースに、
10人くらいが雑魚寝って、ありますよね。
(30年前に、格安ツアーの船で韓国に行ったときは、
 たしかに「雑魚寝」でした!)


イタリアだから、畳はないにしても、
カーペット敷きのスペースに、
全員でころがって寝るのかな・・・


なにしろ、しつこいようですが、
10日間で169800円の、格安ツアーです。
船内で雑魚寝するくらいは、しかたありません。


・・・と、覚悟していたら、添乗員のOさんから、
「2等の客室になります。」
と言われ、安堵。^^
早速、キーをもらって、客室へ向かいました。
お部屋は、こんな感じです。


2 寝台付きの客室 (内側、スタンダードクラス)です。

バス・トイレ付き。^^

クローゼットとデスクも。快適です。^^

・・・ということで、今夜も宴会。ワインを開け、昼間、お土産物屋さんで買ったサラミ、日本から持参した歌舞伎揚げとどら焼きで乾杯!^^


20:00、船は、シチリア島に向かって出航しました。
一晩じゅう、ほとんど揺れることもなく、快適な船旅でした。


1月20日


翌朝は、5時起床。
5時半から、船内のレストランで、
コンチネンタル朝食をいただきました。


カフェテリア方式のカウンターに並びました。

朝食は、ジュース、コーヒーまたは紅茶、クロワッサン1個です。それぞれが、数種類から選べるようになっています。私は、洋なしのジュース、カプチーノ、クリームのはいった甘いクロワッサンをチョイスしました。手前は、夫のチョイス。

朝5時半なので、まだ眠いです。^^


船は、朝6時に、シチリア島のパレルモに到着。
7時に、全員そろって、歩いて下船しました。
夜が明けきっておらず、あたりはまだ薄暗いままです。


船の前で待っていると・・・、

出て来ました!

私たちの荷物を積み込んだバスです!^^ 「バスかわいいねバス」(笑)

これからずっと、このバスといっしょに、シチリア島内を観光します。もちろん、ドライバーさんも、ずっといっしょにお泊まりです。

マッシモ劇場。イタリア統一を記念して、1897年に完成しました。建築形式はネオクラシックになっています。この劇場の客室は3200席もあり、イタリアの劇場の中では最大級の規模を誇ります。


時刻は、朝7:30。
シチリアの日の出は遅いようで、
まだほの暗い中、パレルモ観光が始まりました。


(つづく)


ここまでに飲んだワイン: 5本
ここまでのおトク度:
(個人で旅行した場合のひとり分の費用を、ざっくりと試算してみました。
 価格は、私が直感で勝手に決めたもので、たいした根拠はありません。)
フェリーチケット(2等客室)7000円
朝食 500円
ここまでの合計: 121500円
ちなみに、この10日間のツアー費用は、ひとり169800円でした。

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骨折でもイタリア。シチリアを歩く、9泊10日のおトク旅 8 - ナポリで夕食(2019年1月19日/2日め)

MIYO

2019年1月19日 ナポリの街を、すこしだけ歩きました。


1月19日(土)


ナポリ港です。
今夜は、ここから夜行フェリーで出発します。



夕食の時間までに30分くらいあったので、
この時間を利用して、ナポリの街をさくっと歩きました。


Castelel Nuovo ナポリ港のスグ近くにあるお城です。

きれいなアーケードにはいりました。ガレリアウンベルト1世という、商業施設です。


【ガレリアウンベルト1世(Galleria UmbertoⅠ)】
2代目イタリア国王ウンベルト1世の名をとって、1887年から1890年の3年をかけて造られた商業施設です。4つの入口を擁する、近世ナポリのシンボル的存在のショッピング施設で、中にはカフェテリアや紳士服店などが入り、最近ではファストフード店も進出しています。


雑踏の中を、杖で歩く私。ウォーリーを探せ、みたいになってきました。笑

そして、レストラン CASTEL NUOVO に到着。今夜はここで夕食です。

店頭には、ナポリで獲れたお魚が。

地下に通されると、たくさんのテーブルが。私たちのツアーための、貸し切りのようでした。

まずは、サラダです。

オリーブオイル、ビネガー、塩が置いてあり、自分で勝手に味付けして食べるようになっていました。

夫はビールを注文。このあと、船内で酒盛りの予定なので、私はお水にしました。

スパゲティボンゴレ。

デザートは、スフォルツァテッラというパイ。中に、リコッタチーズで作った甘いクリームがはいっています。

お腹いっぱいで、お店を出ました。


スパゲティというのは、イタリア人にとっては、前菜に近いものです。
通常は、このあとに、肉か魚が出てきます。
ですから、こんなふうに、
サラダとスパゲティだけの食事などというのは、
イタリア人にしてみれば、
「日本人は、なんで前菜だけで食事をすませるんだ」
ということになります。笑


でも、私たちにとっては、これで十分でした。
日本では、パスタだけのランチとか、普通ですよね。
逆に、イタリア人並みに、
「スパゲティ+肉料理」なんて、毎日食べ続けていたら、
きっと胃もたれしてくるだろうし、飽きてくると思います。


そのへん、このツアーはよくわかっていて、
食事は毎回、日本人が満足できるような量と品数を考えて、
企画してくれているようでした。


もちろん、ツアー中のパスタの種類は、毎日、日替わりです。
おかげで、10日間のツアーの間、
毎日イタリア料理を食べたにもかかわらず、
飽きることがなく、日本食が恋しくなることもありませんでした。


量が適切だったからか、帰国後、体重を量ってみたら、
全く増えていませんでした。^^
海外旅行では、いつもごちそうを食べまくって、
体重を増やしまくって帰ってくるのですが、
今回ばかりは、そんなこともありませんでした。


提供されたお食事の視点からみても、
このツアーは、よく企画されていたと思います。
お安いツアーなので、すごいごちそうは出ません。
でも、毎回、適量を美味しくいただけて、
満足のいくメニューだったと思います。


(つづく)


ここまでに飲んだワイン: 4本
ここまでのおトク度:
(個人で旅行した場合のひとり分の費用を、ざっくりと試算してみました。
 価格は私が直感で勝手に決めたもので、たいした根拠はありません。)

ナポリをちょっと散策 500円
夕食 1500円
ここまでの合計: 114000円
ちなみに、10日間のツアー費用は、ひとり169800円です。

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骨折でもイタリア。シチリアを歩く、9泊10日のおトク旅 7 - 「秘儀荘」(2日目)

MIYO

2019年1月19日 ポンペイでお世話になった現地ガイドさんといっしょに。


1月19日


実は私、ポンペイに来るのは、今回が2度目でした。
初めて来たのは、大学3年の時。
バックパックで、ヨーロッパ8カ国を40日かけて旅行しました。
そのときに、たしかにポンペイにも行っているのですが、
ほとんど記憶がありません。(苦笑)


覚えているのは、
どこかのお家の跡に、かまどがあった、
ということくらい。
こんな感じでしたね。


ちなみにこれも、居酒屋の跡だそうです。


自分の記憶力のなさに、笑えます・・・。


個人旅行というのは、自由に気ままに歩けるという良さはありますが、
こういう広いところを歩こうとすると、
地理がわからないだけに、非効率的になりがちです。
今回、ツアーに参加してみて、つくづくそれがわかりました。


広いポンペイ遺跡を、まともに見ようとしたら、
一日かけても足らないくらいです。
それを、2時間半かけて、
ガイドさんが次々と案内してくれるわけです。
同じところにもどってしまったり、
迷ってしまったり、ということもありません。


個人旅行もいいけれど、
団体旅行ならではの良さもある、ということを、
今回は実感しました。


もうひとつ、びっくりしたこと。
38年ぶりに来てみると、
ポンペイの遺跡は、以前の何倍にも広がっていました。


そりゃあそうです。
38年もかけて、どんどん発掘していったら、
遺跡は広がり、より整備されるに決まっています。
以下にご紹介するのは、
前回来た38年前には、公開されていなかったエリアです。


民家や商店が密集していたエリアが終り、ここから、街はずれになります。

この石畳を、松葉杖で歩きましたよ~^^

しばらく歩くと、石畳の中に、どくろ型の石が・・・。ここから、「墓地エリア」になります。

ここから、「お墓」が次々と現れます。

お金持ちは火葬され、このようなお墓に入れられました。お金のない人は、火葬されず、そのまま埋められたそうです。


お墓を抜けて、さらに15分くらい歩くと、
いよいよお待ちかね、「秘儀荘」に到着です。


ここは、数年前から公開されるようになったところです。
ある富豪の邸宅だったのですが、
アレキサンダー大王の見事なモザイクや、
ポンペイレッドが鮮やかな美しい壁画が数多く残されています。



秘儀荘で、「ポンペイの赤」を堪能し、
2時間半にわたったポンペイ観光が終わりました。


ポンペイの発掘は、今も続けられています。
これから10年くらい後に、
もしもポンペイへ行くことがあったら、
今よりもさらに、遺跡は広がっているに違いありません。


歩いても、歩いても、ポンペイ。
本当に、広かった。
そしてこの遺跡は、これからも、
さらに広がっていくことでしょう。


ポンペイを後にし、私たちを乗せたバスは、
再び、ローマ方向に、元来た道を走り、
ナポリへと向かいました。
左手には、地中海が広がります。


夕陽に照らされて、
海の向こうに、カプリ島が見えました。


水平線上に見える島が、カプリ島です。


ここからナポリまでは、27キロ。
ナポリでは、少しだけ、街の中を散策し、
夕食をいただきます。


そして、そして、なんと、
ナポリ港から、夜行フェリーに乗ります!!^^


ローマに着いて、まだ24時間もたっていません。
でも、あまりにもたくさんのお楽しみが詰め込まれていて、
もうすでに、何日も旅行しているような気がしていました。


(つづく)


ここまでに飲んだワイン: 4本
ここまでのおトク度:
(個人で旅行した場合のひとり分の費用を、ざっくりと試算してみました。
 価格は私が直感で勝手に決めたもので、たいした根拠はありません。)
ポンペイ半日ツアー+ガイド+送迎 5000円
ここまでの合計: 110500円
ちなみに、10日間のツアー費用は、ひとり169800円です。

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骨折でもイタリア。シチリアを歩く、9泊10日のおトク旅 6 - ポンペイを2時間半歩く(2日目)

MIYO

2019年1月19日 ポンペイ遺跡で。後ろの階段も、全部上りましたからね~(いばりっ)^^


1月19日


さて、いよいよ、ポンペイ遺跡です。
あまりにも有名な遺跡ですので、詳しい説明は省きます。
ここでは、2時間半の時間をとってあり、
広大な遺跡を、じっくりと堪能することができます。
が、入場する前に、O添乗員さんから、心配そうに言われました。


「ポンペイは、階段が多いんですよ。
 坂もあるし、石畳はでこぼこしてるし、
 全部で2時間半くらい歩くんですけど、
 大丈夫でしょうか・・・?」


はい、大丈夫です!
とは、もちろん言えません。笑
私だって、ついていけるかどうか、自信ないです。


なので、こう答えました。
できるところまで、やってみます。
 途中で、もし、もう無理だなって思ったら、
 『ここで待ってます。』と、
 自分から言うようにします。」


「わかりました。」
と答えたOさんが、いちばん心配だったことは、
30人全員が、はぐれないで最後まで歩き続けられるだろうか、
ということだったと思います。


このツアー。
参加者は、全員が、50代から80代。
(まあ、こんな時期に、
 若い人が仕事を休んで10日も旅行するのは難しいでしょうから、
 参加者はどうしても、
 「時間のある人=50代以上」ってことになるんです。^^)


そして、ポンペイ、とにかく広い!
歩いても、歩いても、ポンペイ。(苦笑)
そんな広大な遺跡で、迷ったりはぐれたりしたら、
たいへんなことになります。


なので、楽しく観光している私たちのかたわらで、
Oさんは常に、全員に目配りしていました。
そして、要所要所では、人数のチェック。


結局、全2時間半の行程で、行方不明者がふたり。笑
お腹が痛くなって、トイレに行ってしまった方と、
足が痛くなって、休憩されてた方と・・・。
Oさん、ちゃんと、ふたりとも探してこられました。
さすがです。^^


えっ 私ですか?
がんばりましたよ~^^
2時間半の全行程を、みなさんといっしょに、
松葉杖で歩きとおしました。


最後に、Oさんから言われましたもの。
「がんばられましたね~。すごいです。
 ここでこれだけ歩ければ、今後の行程も、全部大丈夫ですね。」
どうやらここが、ツアー最大の難所だったようです。


「みなさんに遅れてはいけないと、
 ただただそれだけを考えて、
 もう、必死でついていきました。^^」
と答えたのですが、Oさんは、
「いいえ。」
と、きっぱり。
「MIYOさんは、いちばん先頭を歩いておられましたよ。^^」


しっかり、見られていました・・・。(爆)


これから、ポンペイ遺跡に突入しまーす。「うぉ~っ がんばるぞ~」とばかりに、がしがし歩いている私。

広い。広い・・・。この道、いったいどこまで続いてるんですか? これ、全部歩くんですか?泣

石畳だって、段差だって、がんがん行きます。^^

劇場跡で、ひとやすみ。

階段だって、なんのその。(アホです)

道路はほぼ碁盤の目状で、見通しがよいのですが・・・。

一箇所だけ、道の奥が曲がっていて、その先を見せないようにしているところがあります。この先にあるのは、売春宿でした。

売春宿の手前にある、薬局の看板です。この薬局で精力剤を飲んで、その先に向かったのだそうです。(苦笑)

売春宿の壁には、当時の絵が今も残っています。お客は、この絵を参考にして、女性を選んだのだとか。

地中に埋められていた、水道管。鉛でできていたので、この水を飲んだ住民は、みんな、鉛中毒になったそうです。

さらに別のエリアに入りました。まだ歩くんですか~泣。

石畳に、今も残っているマーク。男性器の指している方向へ歩くと、売春宿に着くようになっていました。ことばの通じない外国人でも、容易にたどり着けるように、という配慮だったそうです。

現地ガイドさんが男性だったせいか、売春宿についての説明が詳しかったような・・・(苦笑)。

このエリアと次のエリアとの間に、広場がありました。

ここには、出土品や、噴火の際に亡くなられた方々を石膏でかたどりしたものが展示されていました。

小さな子どもの犠牲者。

さらにどんどん歩きます。広いです~。泣

これは、世界最古のサインと言われているそうです。ふたりの人が、棒をかついで荷物を運んでいます。ここには、運送屋さんがありました。

居酒屋の跡です! カウンターの穴には、お料理を置きました。内側に立っているのは、居酒屋の女将です。笑

床にも、きれいなモザイク画が残っていました。「猛犬注意」と書いてあります。

パン工房のあとです。右にあるのは、粉ひき臼。奥には、パンを焼いたかまどが見えます。


ポンペイには、りっぱな建造物とか美術品も、
数多く残っているのですが、
私は、こんなふうに、
当時の生活感がむんむん伝わってくるようなものが好き。^^


すごく繁栄した都市があったんだなあ、と、
感心しますが、
実はこのころ、日本はなんと、「弥生時代」なんだそうです。


え・・・
弥生式土器?
竪穴式住居?
そのころなんですかあ・・・?
ヨーロッパの文明がいかに発達していたか・・・。


これだけの都市が、「弥生時代」に完成していた、と思うと、
さらに、さらに、驚かされますね^^


長くなりましたので、次回に続きます。


(つづく)

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