MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
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コロナでも上州2。からっ風に吹かれて歩いた群馬 2泊3日の湯めぐり旅 39 - 旧安田銀行担保倉庫と、「登利平」で上州御用 鳥めし竹重(2023年1月18日/3日め)

2023年1月18日 登利平の「上州御用 鳥めし竹重」です。(群馬県前橋市)


上州旅日記の最終話になります。
長い連載におつきあいくださり、ありがとうございました。


1月18日(水)


前橋市で、Nさんといっしょに、
「にっぽんいちなつかしいゆうえんち・
 るなぱあく」
を歩きました。
おだやかな、楽しいひとときでした。


夕暮れ時になり、そろそろ私たちも
東京に帰る時間です。
するとNさん、今度は、
「帰る前に、前橋の鳥めし
 食べていきませんか。」
と…。^^


どんなレストランに行くのかな…と思っていたら、こんなところに到着しました。

レンガ造りの、かなり古そうな建物です。

ここは、「旧安田銀行担保倉庫」だそうです。


【旧安田銀行担保倉庫】
「協同組合前橋商品市場倉庫」とも呼ばれています。1913年(大正2年)に、群馬商業銀行細ヶ沢出張所付属倉庫として建設されました。日本瓦の屋根に赤煉瓦の外壁を持つこの倉庫は、当時としては最新式の繭の乾燥場でした。
当初は南側にもう一棟、同様の倉庫がありましたが、1945年(昭和20年)の前橋大空襲によって焼失しました。残った現在の倉庫は、戦後、前橋乾繭取引所に対応する倉庫として利用され、群馬の絹産業を支えてきました。その後、明治商業銀行を経て保善銀行(後の安田銀行)の施設となり、担保品である繭や生糸の保管倉庫、繭乾燥場、銀行出張所として利用されました。
2階建ての煉瓦造(床組、小屋組木造)で、桟瓦葺。基礎の布石は「安山岩切石」です。煉瓦は日本煉瓦製造会社製で、イギリス積みを採用し、煉瓦を接着させる目地は、東京駅建設工事にも用いられた、「覆輪目地」。高度な職人技術を必要とする、特別な仕上げです。
創建当初の姿を今に伝えている、この大規模なレンガ倉庫は、製糸業が盛んであった「生糸のまち前橋」の歴史を伝える、貴重な近代化遺産です。2004年(平成16年)、「近代の地域経済を物語る巨大な煉瓦倉庫」として、国の登録有形文化財に登録されました。また、2012年(平成24年)、「ぐんま絹遺産」に、そして2019年(令和元年)には、「前橋市景観資産」にも登録されています。



今からおよそ100年前。
日本最大の輸出品だった、生糸。
その産業を支えていたのが、群馬県でした。


絹の三業「養蚕・整糸・織物」は、
明治以降の群馬県の経済・近代化を支える、
大きな産業の一つでした。
特に当時の前橋は、良質な生糸の産地として
国内外に知られていました。
前橋産の生糸は、イギリスのロンドンや、
フランスの絹織物産地リヨンで、
「マエバシ(Mybashi)」
「マイバシ(Maibashi)」
などと呼ばれ、高く評価されていました。
その頃の生糸産業を物語る建築物は、
富岡製糸場だけではなく、県内のあちこちに、
こうしてさりげなく残されているのだな、
と思いました…。


なぜ「さりげなく」と言ったかというと、コレです。


この「旧安田銀行担保倉庫」は、
住宅地の中にぽつんと残されており、
さらにその敷地の一部は、
店舗の駐車場として利用されているのです。


「登利平 お客様駐車場」ですよ…。^^


私たちはここに、
「ぐんま絹遺産」を見に来たのかな、
…と思っていたら、そこは同時に、
「登利平」という
レストランでもありました。笑
「上州御用 鳥めし本舗」と書いてあります。


「登利平」の駐車場は2か所あります。Nさん、私たちが「ぐんま絹遺産」を見ることができるように、と、あえて第2駐車場に車を停めてくださったんですね…。

「登利平」の車が停まっていました。


「前橋に住んでるとね。
 この車をしょっちゅう見かけるんだよ。」
とNさん。
運動会とか、なにかの行事の仕出し弁当とか、
そういうときに、
前橋で必ずと言っていいほど登場するのが、
「登利平の鳥めし」なのだそうです。
前橋市民で、鳥めしを知らない人はいない。
つまり、前橋のソウルフードですね。^^


「登利平 住吉店」に到着です。店舗は、前橋市内だけでも6店舗。そのほか県の内外に多数の店舗があるようです。



【登利平】
昭和28年創業。「上州御用鳥めし」の名で知られています。登利平の始祖は、東京下町・北千住から始まりました。その後昭和の初め、前橋に鶏肉販売店を開業。昭和28年には、のれん分けによって、先代が新生登利平を開店したところ、「鳥重」が評判となりました。その当時の「たれ」は、たれ壷の中で脈々と生き続け、登利平の味として受け継がれています。
上州で愛された「登利平」の味は、今や上州名物と言われるまでになりました。なかでも「上州御用鳥めし」は、「上州の味」として、昭和47年に群馬県優良物産品とされました。


店頭に、サンプルが並んでいました。真ん中にあるのが、その鳥めし弁当です。

二段重になったお弁当もあります。


どれもおいしそうで目うつりします。笑
メニューを見ていたら、Nさんが、
「オレたちがイベントとかで食べるのは、
 『鳥めし弁当』なんだよね。
 松(850円)と竹(750円)の2種類だけど、
 いちばん普通に食べてるのは、
 安い、750円の方。
 オレたちにとって『鳥めし』っていうと、
 この竹の方なんだよ。」
と教えてくれました。


鳥めし弁当の竹と松です。(画像をお借りしました)


「じゃあ、それにしましょう。」
と、即決です。^^
ちなみに、二つの違いは、以下だそうです。


(メニューから抜粋)
上州御用 鳥めし竹重(800円)
不動の人気を誇る登利平の看板メニュー。秘伝のたれと相性がよい薄切り鶏肉に卵そぼろ、見た目も鮮やかです。
上州御用 鳥めし松重(900円)
あっさりムネ肉とコクのあるモモ肉。ひと品で、2種類の鶏肉の異なる美味しさと食感が楽しめます。


上州御用 鳥めし竹重が、運ばれてきました。

うわぁ…。笑


スライスした鶏肉が、
めいっぱい敷き詰められていて、
登利平自慢の「たれ」がしみています。
その下にあるのは、炊きたての国産米。
やわらかい鶏肉と、
まろやかな味の「たれ」が調和していました。
おいしかったです。^^
Nさんにごちそうしていただかなかったら、
たぶん生涯、食べることはなかったと思います。
貴重な晩ごはんになりました。^^


34年前、高級旅館に招待していただいて、
たいへんお世話になったというのに、
そのご恩返しをするどころか、
今回もまた、ごちそうになってしまいました。
いい年をして恥ずかしいのですが。😅


さて。
この鳥めし弁当には、後日談があります。
夫が、メンバーになっている、
「食べるぞ!世界の地元メシ」
https://www.facebook.com/groups/426765868675270
というサイトに投稿したところ、
その記事にたいへんな反響があり、
10000アクセスを突破してしまったそうです。笑
(最近、このサイトは書籍化されました。
 W17 世界の地元メシ図鑑 (地球の歩き方W) | 地球の歩き方編集室 |本 | 通販 | Amazon
 好評発売中で、重版が決定したそうです。
 夫の投稿も載ってるのかな…?)


そして、夫の投稿に寄せられたコメントが、
また奮っていました。笑


「大人は厚切りモモ肉で子供は薄切りムネ肉の弁当が出されるのが定番でした🍱😂
 昔は松竹梅で、薄切り胸肉、ミックス、厚切りモモ肉の3種類だった記憶があります🤔」
「今だに無性に食べたくなるときあります🤤
 特に定食の唐揚げがゴロゴロパリパリで絶品ですよー!」
「たかべんの鳥飯派と、登利平の鳥飯派がありまして笑
 永遠の対立となっております😂 私は両方食べますが。

 追記すると、登利平のお弁当は松と竹がありますが、鶏肉がペラペラの竹の方が人気があります。
 召し上がったのは竹ですね!さすがわかってらっしゃる🤣


もうね。
鳥めしファンの方々からの
コメントが止まりません。🤣🤣
鳥めし弁当は、本当に、
前橋のソウルフードだったんですね…。^^


なかでも、
「召し上がったのは竹ですね!
 さすがわかってらっしゃる🤣」

というのがうれしいですね。^^
前橋在住のNさんに
連れて行っていただいたからこそ、
いただけたコメントでした。


「俺のおふくろは、終戦で、
 満州から引き揚げてきたんだけど、
 そのとき、俺がお腹の中にいてね。
 こんな状況だから堕ろせって
 周りから言われたんだけど、
 おふくろは堕ろさなかった。
 だから、俺が今生きてるのは、
 おふくろに救ってもらったおかげ。」


35年前、Nさんから聞いた話を、
ずっと忘れることができませんでした。
お母様は、Nさんを守り通して、
日本に戻られました。


そしてこの日、
「俺は、前橋生まれの前橋育ち。
 大学もここ。
 前橋以外に住んだことがないんだよ。」
と語ったNさん。
今も、地元のためのお仕事を続けておられます。


生粋の前橋っ子・Nさんと歩いた前橋。
忘れられない一日になりました。
Nさんに電話してよかった。
Nさんに再会できてよかった…。


今回の旅は、
はるか35年前にさかのぼって、
忘れかけていた思い出までをも、
蘇らせてくれました。
その感動は、今も胸の中に、
静かに続いています。


2泊3日の急ぎ旅でしたが、
文字では書ききれないくらい楽しく、
ときめきが続いた旅でした。


ありがとう、群馬県。
そして、Nさん。
ほんとうに、ありがとうございました。


Nさんご夫妻と。(1987年1月6日 香港/私たちは27歳と29歳でした)


【今回訪ねたところ】
1月16日:

前橋市
 群馬会館
 昼食:群馬会館食堂
 群馬県庁昭和庁舎
 群馬県庁本庁舎
 展望ホール
渋川市
 伊香保温泉 石段街
 伊香保関所(伊香保口留番所)
 ハワイ王国公使別邸
 宿泊:金太夫

1月17日:
吾妻郡中之条町

 奥四万湖
 四万温泉
 昼食:蒼水庵でおっ切りこみうどん
 積善館(本館、山荘、佳松亭)
 元禄の湯
 積善館ライトアップ
 宿泊:積善館

1月18日:
再び前橋市

 船つなぎ石、鳶石
 田中屋本店・原嶋屋総本家
 臨江閣
 るなぱあく
 旧安田銀行担保倉庫
 夕食:「登利平」で上州御用 鳥めし竹重


(おわり)


(おまけのお話)


積善館の日記で書きそびれてしまったので、
おまけの写真を掲載します。
どれも、もったいなくて使うことができず、
今だに、お部屋に飾ってあります。笑


お部屋に置いてあったお水のボトル。ぐんまちゃんのイラストがかわいすぎて飲めません。笑

上:積善館オリジナルの石清水コーヒー「珈の香」。生豆を清流で洗い浄めて焙煎してあるそうです。
下:薬膳茶 紫蘇陳皮南蛮茶 -コンディション-。胃腸の調子と気分の浮き沈みを整える生薬(しそ葉・チンピ・ナンバンゲ)をブレンドしたお茶です。

コスメのミニパック(男性用・女性用)と、パッケージにまでこだわっている、アメニティの数々。

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