MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは24歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。
ベトナム日記は、
http://limings.muragon.com/tag/?q=2019%E5%B9%B49%E6%9C%88-10%E6%9C%88%E3%80%80%E3%83%99%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%A0&p=4 
をご覧ください。
ベトナム家族旅行:
https://limings.muragon.com/tag/?q=2017%E5%B9%B412%E6%9C%88%E3%80%80%E3%83%99%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%A0
小学生だったころの子どもたちの育児日記は、こちらです。
http://limings.sweet.coocan.jp/

全盲難聴・のんたん おみこしで泣く(11歳)

(ハッピを着たのんたん。
小さな頃から、余計なものをカラダにつけられることを
とてもいやがっていたのですが、
このころには、ハッピも機嫌良く着てくれるようになっていました。
母である私は、
ただそれだけでうれしかった、「おみこしの日」です。)


私たち夫婦が共働きをしているので、
子どもたちは、育児休職開けの1歳から、
保育園に預かっていただきました。
小学校に入学してからは、同じ保育園が運営している学童保育で、
小学校卒業まで、お世話になりました。


この学童では、秋になると、地元の子供会と一緒に、
おみこしを担ぎます。
神社でお祓いもします。
(ちなみに、学童と保育園を運営しているのは、
キリスト教系の団体です。笑)


このおみこしには、毎年秋に、家族で参加していましたが、
あるとき、長男が大泣きしたことがありました。
学童クラブにある、お気に入りのブランコが、その日にかぎり、
安全のために撤去されていたのです。
「だいすきなブランコがない」
長男にとっては、ショックなことでした。


こんなとき、言葉のやりとりができれば、
「今日だけだよ。明日から、またブランコで遊べるよ。」
と教えてあげることができます。
でも、このころの長男と、
そんな複雑なことばのやりとりをすることは、
まだまだ難しいことでした。

べそをかく長男を、
「だいじょうぶだよ」
と言いながら、抱っこするしかなかった日のことを、
なつかしく思い出しました。


大好きだった物が、ある日突然なくなった。
大好きだった人が、ある日突然いなくなった。


盲ろうの子どもは、そんな不安や悲しみを、
いつも抱えながら、生きています。
言葉さえ通じれば、事情を説明してあげられれば、
なんでもないことも多いのに。


のんたん日記 8.3 おみこし、わっしょい!
をアップしました。
http://limings.sweet.coocan.jp/nontan08/nontan0803.html
(いつも、季節外れですみません。汗)


その他の記録は、
のんたん日記1~7
http://limings.sweet.coocan.jp/nontan01/nontan0100.html
をご覧下さい。
ガンになって
http://limings.sweet.coocan.jp/miyo01/miyo1701.html
MIYO'S WEBSITE(全盲難聴の、のんたんの育児記録)
http://limings.sweet.coocan.jp/
も、少しずつ更新しています。







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