MIYO'S WEBSITE-全盲難聴のんたんの育児記録と卵巣ガンで思ったこと

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは21歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。

全盲難聴・のんたんの夏休み 12 K記念病院で聴力チェック(7日め)

2002年7月13日 七五三の写真を撮りました。(のんたんとあみちゃん 6歳の終わりに)


8月17日


今日も長女は出勤日。
夫は、出勤日だったけど、休暇をとりました。


ということで、日中は家の中で、
長男、私、夫の家族3人、
のんびりと過ごしました。


午後3時過ぎになって、夫、ようやく重たい腰をあげます。
この日、長男は、K記念病院の耳鼻科で、
T先生の診察を受けることになっていました。


少し前に、S園から、
「補聴器が合っていないように感じます。
 一度、耳の状態をチェックしてみてはいかがでしょうか。」
と、メールをいただきました。


そこで、この夏は、4年ぶりに、
K記念病院のT先生を訪ね、
診察していただくことにしました。
現在の聞こえの状態をチェックしていただき、
その検査結果をもとに、補聴器を調整していただく、という流れです。


検査結果をS園に送れば、
S園の先生が、S園の地元にある補聴器屋さんに行き、
補聴器の調整を依頼してくださいます。


以前、長男が自宅に居たころは、修理など、なにかあるたびに、
夫が補聴器屋さんまででかけていました。
でも今は、修理が必要な場合でも、S園の先生が、
補聴器を最寄りのお店に持っていってくれます。
本当にありがたいことです。^^


さて、幼児難聴の権威でいらっしゃる、T先生には、
長男が1歳の頃からずっと、お世話になっています。


初めて、T先生に長男を診ていただいたときのことです。
先生は、机の向こう側で、「ポクポク」と木魚を2回たたきました。
その音に反応した、1歳の長男。


ほんの一瞬のできごとでしたが、
T先生は、長男のそんなようすを見逃しませんでした。
そして、
「だいじょうぶ。
 時間はかかるけど、
 この子は、話せるようになりますよ。」
と、優しくおっしゃってくださいました。


そのひとことが、私と夫にとって、
どれほどうれしいことばであったことか。
あの日のことを、生涯、忘れることはできません。


「いつか、この子と会話ができるようになる。」


そう思って、長男を育てるだけで、
ただ、うれしかったのです。


今、23歳になった長男と、毎日、普通にことばを交わします。


「ジュースを飲みます。」
「なんのジュースがいいですか?」
「りんごのジュース!!」


自分の欲しいものを、自分で言える、幸せ。
長男と、何気ないやりとりができる、うれしさ。


そんな、愛おしいひとときの、
いちばんはじめの、私たちの原点が、
T先生との出会い、なのでした。


2003年1月6日 田中美郷先生と長男(7歳)
せっかく、久しぶりに先生に会えたのに、夫は写真を撮るのを忘れてしまいました。
代わりに、古い、古い、写真を。


(つづく)

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