全盲難聴・のんたん 「第16回たきび祭」で演奏しました。(2023年12月9日)/ 松山から九町へ、弾丸の一日(2026年5月26日)

2023年12月9日 「たきび祭」で。(長男 28歳)
2023年12月9日(土)
2年以上前のことになりますが、
2023年のたきび祭の日記を
書いておこうと思います。
日野市が開催している「たきび祭」では、
そのオープニングで、必ず、
S園の音楽グループ「ひまわり」が
演奏します。
長男は「ひまわり」のメンバーで、
コンガを担当し、毎年出演しています。
私たちは、2017年から2025年までずっと、
たきび祭で長男を応援し、
そのようすを日記に掲載してきました。
が、2023年だけ、記録が抜けています。
その理由は、ちょっとした行き違いがあり、
当日私たちが会場に行くことが
できなかったためです。
このときのことについては、以下の日記に書きました。
全盲難聴・のんたん 第18回たきび祭① 長女といっしょに応援(2025年12月6日)
応援に行けなかったことが
長男に申し訳ない気持ちで、
以来2年間、このときの日記を、
ずっと書くことができませんでした。
けれどようやく、
「これも長男の大事な記録。
行ってあげられなかったけれど、
やはり書いておこう。」
と思えるようになりました。
幸い、当日の写真がS園のブログにあるので、
そこから抜粋して掲載したいと思います。
【S園のブログから】
旭が丘中央公園でたきび祭が開催されました。毎年恒例になったたきび祭ですが、オープニング演奏を飾るのは、S園の「ひまわり」です。4曲を演奏しました!
たくさんの園生が応援にかけつけ、もちろん模擬店の美味しい食べ物も楽しみました。S園からも模擬店に出店し、紙漉き体験やフランクフルト、綿菓子、飲み物の販売を行いました。
ステージでスタンバイする、「ひまわり」のメンバーです。

長男は、右端でコンガを叩いています。



無事、4曲を演奏しました。

今年も、たきび祭は大盛況で、たくさんの方々に演奏を聞いていただくことができました。^^

これまでに掲載した「たきび祭」の日記です。
ずっと空白になっていた2023年の欄を、ようやく埋めることができました。^^
2017年(長男22歳)
ボランティアのヨリさんとヤグチさんが、かけつけてくださいました。
1分30秒を過ぎた頃から、長男のソロが始まります。(撮影:のぞみ父)
17120901風になりたい - Nozomi, Deaf-blind
全盲難聴・のんたん 日野市たきび祭① - 脱ヅラしました+「風になりたい」(2017年12月9日)
全盲難聴・のんたん 日野市たきび祭② - 「空も飛べるはず」+「フィナーレ」(2017年12月9日)
全盲難聴・のんたん 日野市たきび祭③ - やっぱり最後はカラオケ(2017年12月9日)
2018年(長男23歳)
全盲難聴・のんたん 「たきび祭」で演奏しました。(2018年12月8日)
2019年(長男24歳)
全盲難聴・のんたん 「たきび祭」で演奏しました。(2019年12月7日)
全盲難聴・のんたん 「俺の焼き肉 神田店」で晩ごはん(2019年12月7日)
2020年(長男25歳) コロナのため中止
2021年(長男26歳) コロナのため中止
2022年(長男27歳)
全盲難聴・のんたん 「第15回たきび祭」で演奏しました。① 3年ぶりの開催(2022年12月3日)
全盲難聴・のんたん 「第15回たきび祭」で演奏しました。③ カナンでランチ(2022年12月3日)
全盲難聴・のんたん 「第15回たきび祭」で演奏しました。④ 和太鼓と津軽三味線 / S園のバザー / 音楽クラブ(2022年12月3日)
2023年(長男28歳)
全盲難聴・のんたん 「第16回たきび祭」で演奏しました。(2023年12月9日)/ 松山から九町へ、弾丸の一日(2026年5月26日)
全盲難聴・のんたん 「第16回たきび祭」で演奏しました。(2023年12月9日)
2024年(長男29歳)
全盲難聴・のんたん 第17回たきび祭① キッチンカーのランチ(2024年12月7日)
全盲難聴・のんたん 第17回たきび祭② メンバー紹介で笑顔(2024年12月7日)
全盲難聴・のんたん 第17回たきび祭③ 「ありがと~!」とごあいさつ。/ S園のレクリエーション企画(2024年12月7日/10月29日)
全盲難聴・のんたん 第17回たきび祭④ カラオケUTABA(2024年12月7日)
2025年(長男30歳)
全盲難聴・のんたん 第18回たきび祭① 長女といっしょに応援(2025年12月6日)
全盲難聴・のんたん 第18回たきび祭② 夫は救急搬送(2025年12月6日)
全盲難聴・のんたん 第18回たきび祭③ S園のブログから(2025年12月6日)/「レストラン ザクロ」と「カジュアルビストロ ・西5東3 新宿店」」
(もうひとつのお話)
2026年5月26日(火)
このことはブログに書かないつもりでした。
でも、やはりたいせつな記録として、
書き残しておこうと思います。
私がベトナムで働いていたときに、ハノイまで遊びに来てくれた、兄夫婦。もう7年前のことになりました。(2019年10月11日 ハノイ・タンロン城址)
このときの日記です。
定年でもベトナム。ハノイで始める、お仕事日記 101 - ハノイ市内観光① タンロン城址(2019年10月11日/41日め)

その後兄は持病が悪化し、闘病中でしたが、
4月26日に亡くなりました。
73歳でした。
お通夜は28日で、29日が葬儀でした。
あいにく我が家では、長男が帰宅中。
いろいろな事情から、
私たちは、実家(松山)に
かけつけることができませんでした。
そこで、長男が帰園したあと、
兄嫁の都合に合わせて日を決め、
後日、私と夫のふたりで、
松山の実家に行くことにしました。
それが5月26日でした。
このことを私は
ブログに書くつもりがなかったし、
この日は写真も撮りませんでした。
でも写真病😓の夫が撮っていたので、
それを掲載しながら、
簡単に記録しておこうと思います。
朝9時15分発のANAで出発し、夜19時50分の便で帰京します。東京-松山を日帰りするという、弾丸の一日でした。

航空券を買うにあたって、
まずはJALで調べてみたら、
ひとり30000円以上(往復)でした。😮
夫とふたりで60000円を超えます。
た、高い…。
が、ANAマイルが53000マイルあったので、
ANAの特典航空券を利用できて、
助かりました。
ひとり17000マイル。
ふたり分で34000マイルでした。
これまでに何十回もマイレージで
旅行しておいて、今さらなのですが、
マイルを貯めておいてよかった、と
しみじみ思いました。
座席も、かろうじて残っていた窓際を押さえました。こんなときなのに、いつもの癖でいろいろやってしまうのがお恥ずかしいのですが…。😔

そして羽田空港では、やはりいつもの癖でパワーラウンジに行ってしまうし…。😓

これに乗って行きます。…って、夫がこんな写真撮るから、まるでいつもの旅行日記みたいになってるじゃないかー。(スミマセン)

搭乗です。

11時過ぎに松山に到着。

「みかんジュースが出る蛇口」を見つけて喜ぶ夫。こらこら、旅行じゃないんだってば。😔

いつもなら、兄が空港まで迎えに来てくれるのですが、その兄はもういないんだなあ…と思いながら、レンタカーを借りました。

レンタカー代は、一日借りて4800円。が、じゃらんでポイントを利用したので、無料でした。

今回は旅行ではないのですが、
今まで旅行しまくったノウハウが
もう普通に出てしまって…。汗
とりあえずここまで、
かかった費用は0円です。😓
夫の運転で、まずは実家(兄の家)へ。
兄や姉とは年が離れていたので、私はいつも赤ちゃん扱いでした。それは、現在に至るまで変わることがなかったと思います。

兄と姉は高校生で、私は小学生。父はほとんど家にいなかったので、父といっしょに撮った家族写真がありません…。(愛媛県八幡浜市)

松山の実家で。兄です。この家でみんなに見守られて、穏やかに亡くなったそうです…。

兄嫁、甥といっしょに。

そして夫が運転すること2時間。西宇和郡伊方町九町へ。海が見渡せる高台の家は、私の母の実家でした。私は0歳のころ、ここに半年くらい預けられ、祖母に育てられました。

小さいころによく来た場所だったのに、街並みがすっかり変わっていて、叔母の家に行く道がわからなくなっていました。😓 60年の歳月は大きいです。

九町の家の庭で、兄といっしょにかまくらを作ったのも、楽しい思い出。隣りにいるのは、叔母と祖母。

九町の家で、母、母のいとこたちといっしょに。

同じ場所の現在。今はこの家を、87歳の叔母がひとりで守っています。大好きな叔母に会いたくて、そして叔父にお線香をあげたくて、ここまで来ました。

私が生まれ育ったのは八幡浜市ですが、九町は私にとって、もうひとつの懐かしい場所です。再び来られてよかった。

「九町で叔母ちゃんと食べてね。」と兄嫁がどっさり持たせてくれた、愛麺のぶっかけうどんと冷し中華。私の実家の製品です。^^ 食べきれないくらいあり、東京まで持ち帰りました。😊

叔母ちゃんからもたくさんいただきました。なつかしい、九町のお菓子たち。(もっとたくさんいただいたのですが、食べてしまいました。😅)

ちなみにこれは、東京のお土産に買った、あんこ天米。テレビに出てから有名になってしまい、現在は、朝2時間列に並ばないと買えない貴重品になってしまいました。これは自宅用。

義姉と叔母には、あんこ天米が入った詰め合わせを持っていきました。

叔母からは、九町の野菜やしらすも
いただきました。
箱にいっぱいのもぎたてトマトは、
甘くていくらでも食べられました。😋
ごはんがとまらない釜揚げしらすは、
3パックもいただきました。
トマトは食べきってしまったけれど、
しらすは少しずつ解凍して、
今も大事に大事にいただいています。
今まで食べたシラスの中で
いちばんおいしい。^^
今も、さまざまな思いが、
胸の中にあります。
でも、こういう悲しみを抱えながら、
誰もが生きていくのだと思います。
一か月遅れたけれど、
兄に会いに行ってよかった。
幼い頃の思い出の箱を
ひとつひとつ、開けては閉じながら、
東京に戻りました。