新緑の鎌倉から伊豆高原へ 19 - 松崎まちあるき③ 駿河屋、ときわ大橋、旧松崎警察署、近藤平三郎生家(2026年5月12日/2日め)

2026年5月12日 近藤平三郎生家でで。小径に沿ってずっと続く、なまこ壁。(静岡県賀茂郡松崎町)
5月12日(火)- 2日め
明治商家・中瀬邸を見学したあとは、
まだまだ町を歩きたい夫につきあって、
お屋敷を後にしました。
中瀬邸の前に建てられている時計塔。

【時計塔】
1924年(大正13年)、昭和天皇の成婚を記念して、青年団によって建設されました。1938年(昭和13年)の水害で水没しましたが、1987年(昭和62年)に、まちづくりのひとつとして新たに建設されました。この時計塔には、「13」の文字が刻まれています。これは、「松崎町には、日常にはない特別な時間が流れている」ということを表現しています。
「13」の文字が刻まれている、松崎町の時計塔。

中瀬邸のすぐお隣りにある、駿河屋です。みごとななまこ壁。

【駿河屋】
築百年以上の、二階建て古民家です。壁面になまこ壁が見られ、松崎町らしい外観です。古くは回船問屋「駿河屋」 として、松崎の物流を支えた商家でした。建物はその後、銀行やレコード店などにも使われ、長く町の暮らしを支えてきた場所でした。現在は、なまこ壁の歴史的建造物として保存されていますが、近年になって、松崎町商工会などが中心になって改修を進め、カレーイベントや「みんなの食堂」など、地域の交流拠点・古民家スクエアの一つと活用されるようになりました。
左手を流れる那賀川。ときわ大橋を渡って、対岸に行きます。

ときわ大橋です。

【ときわ大橋】
橋のデザインは、「伊豆の長八美術館」の建設指揮も行った建築家・石山修武によるものです。欄干に「なまこ壁」の意匠が施されており、「なまこ壁の橋」と呼ばれています。青い面には、桜やツバメなどの鏝絵が施されており、周囲のなまこ壁と調和するように計画されたと言われています。
橋の上から眺めた、松崎町の景色です。

橋を渡り、穏やかな雰囲気の町を歩き始めました。あちこちに、古民家が見られます。

唐破風のある家。

【唐破風(からはふ)】
屋根の妻側に使われる「破風(はふ)」の一種です。伝統的な屋根デザインで、中央が緩やかに丸く盛り上がり、両端が反り返って美しい曲線を描きます。 神社やお寺の門、城の門構え、古民家の玄関などで用いられ、建物に格式や重厚感、優雅さを演出しています。
美しい曲線を描く、唐破風。

良く見ると、内側にあるのは鏝絵(こてえ)です。盛り上がる波しぶきが描かれていました。😊

さらに歩いて、なまこ壁通りへ。
この通り一帯は、
「松崎を代表する風景」
「松崎の風情を代表する通り」
などと紹介されるエリアで、
なまこ壁の建物が並びます。
レトロな雰囲気の、すてきなお宅です。

よく見ると、両側の柱にさりげなく鏝絵があしらわれています。😊

その隣りの家もすばらしい。

元は、松崎警察署の建物だったそうです。

さらにその隣りへ。「近藤平三郎生家」と書いてあります。右側の建物全体がなまこ壁!

【近藤平三郎】
1877年(明治10年)、薬種商を営む近藤家の長男として生まれました。東京帝国大学薬学科を卒業後、ドイツ留学を経て東京帝国大学薬学主任教授となりました。アルカロイドの研究に大きな足跡を残しました。1937年(昭和12年)、日本薬学会会頭となり、その後文化勲章を受章しました。
この家は、中に入ることができました。

レトロな品々が置いてあります。町民からの寄贈品も多いのかもしれません。

まるで今でも誰かが住んでいるかのよう。^^

近藤家の側面です。かなり大きなお屋敷で、石畳みの小径に沿って、なまこ壁が続いています。


家の大きさに驚くばかり。😊

歩いても歩いても、なまこ壁で…、

多動夫はもちろん、いちばん奥まで歩いていきました。😔

多動夫、小径の先の神社まで行って、満足して帰ってきました。🤣

この小径のあるエリアが「なまこ壁通り」です。

なまこ壁の古民家が次々と現れ、
歩いているだけでワクワクしてきました。
松崎まちあるきは、まだまだ続きます。
いまここ。😊

(つづく)