MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは24歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。
ベトナム日記は、
http://limings.muragon.com/tag/?q=2019%E5%B9%B49%E6%9C%88-10%E6%9C%88%E3%80%80%E3%83%99%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%A0&p=4 
をご覧ください。
ベトナム家族旅行:
https://limings.muragon.com/tag/?q=2017%E5%B9%B412%E6%9C%88%E3%80%80%E3%83%99%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%A0
小学生だったころの子どもたちの育児日記は、こちらです。
http://limings.sweet.coocan.jp/

全盲難聴・のんたん ボランティアさんと外出(S園→昼食→ウクレレ教室→S園)(2025年6月7日)/ 神田「蔵四季」で日本酒12杯(2025年6月25日)

2025年6月7日 ウクレレ教室で。(長男 29歳)


2025年6月7日(土)


6月1回めのウクレレレッスンの日記です。

この日、いらしてくださったのは、

ホリイさんとヤグチさんです。


当日の日記です。^^


本日のコース:

S園でお迎え(9:40)→昼食(11:00)→ウクレレ教室(13:00)→S園に帰園(16:00)

*全6時間20分です。全コースを、おふたり体制で担当していただきました。


【ヤグチさんからのメールです】

今日ののんたんは、両手に花状態で歩きました。ホリイさんの腕を持ち、ヤグチとは手をつないで歩いています。

お昼は、たらこスパとミートスパの2種類をお皿に取って食べてましたがミートの方はあまり進まないようだったので、ホリイさんが注文したたらこスパを試したところ、気に入ったようで、最後まで食べきりました。

ウクレレ教室では少し早くついてしまいましたが、早めに入れていただきました。前回習った「空と君とのあいだには」を、フルモードで弾いていました。

行きも帰りも、天気にも恵まれて楽しい道のりでした。

(ヤグチさんと歩く長男。/写真はホリイさんから。)


【ホリイさんからのメールです】

のんたんをお迎えにS園に行くと、すっかり準備を終えたのんたんが、ちょこんと椅子に座って待っていました。この日はS園で、午後にお楽しみ会があるので、スタッフさん達がお忙しいらしく、のんたんの準備を早めにしてくださったようです。

早速、ヤグチさんと3人でおでかけです。のんたんは、今日のウクレレ教室よりも、次に行くカラオケのことが気になるようで、夏休みにまたカラオケに行きたいそうです。

豊田駅の近くの踏切が見えて来たのですが、その踏切に電車の最後尾が少しはみ出して止まっていました💦 何があったのか分からないままホームに行くと、いつもより多くの人が電車が動くのを待っていました。構内放送では、「踏切の安全確認をしているので、しばらくお待ち下さい」とのこと。どのくらい待たされるのか分からないので、のんたんのために自販機でお茶を買いました。

5分くらいたってから、中途半端に止まっていた電車がホームに入って来ました🚃 が、その電車の行き先が『大宮』とのこと!? とりあえず乗り込んだのですが、車内放送では、「この電車は武蔵野号です。西国分寺駅から武蔵野線に入ります」と言うので、乗り換えなければならなくなりました。国立駅で反対側のホームに来る次の中央線を待って、何とか新宿駅まで行き、山手線で高田馬場に着きました🙆‍♀️ 何度も中央線に乗っていますが、武蔵野号は初めてでした。

のんたんはいつもお昼ご飯は「スパゲッティ」と教えてくれますが、この日は「ピザパン」と、答えました!えっ!本当かな?と、思ってもう一度聞いたのですが、やはり「ピザパン」と答えます。ピザパンは、無いかもしれませんが、ピザなら、サイゼリアにもあるので、いつものサイゼリアに向かいました。

席に着いて、改めて食べたいものを聞いたら、「スパゲッティ」と、いつものスパゲッティに戻っていました🍝 「ピザもあるから、ピザ食べようか?」と、誘いますが、「スパゲッティ」と答えます☝️ あの時の「ピザパン」は、何だったのかしら?と思いながら、結局初めての『たらこスパゲッティとドリンクバー』を注文しました。

のんたんとドリンクバーに行って、りんごジュースのボタンを押しました。たらこスパゲッティは、初めてだったらしく、小皿に移したスパゲッティの香りをしばらく嗅いでから、ゆっくりと口に運びました。美味しかったらしく、一口目は直ぐに食べ終わりましたが、次からはなかなか進まないのです🥲たらこはダメだったのか、お腹が空いていなかってのかは、分かりませんでした。それでも時間をかけて、完食!

少し早めにウクレレ教室に着きました。のんたんが先日習った「空と君との間には」を歌いながら通路を歩いていたので、それが聞こえたのか、ナオ先生がドアを開けてくださいました。

先生がウクレレの調律をしてくださる間も、レッスンが待ち遠しいのんたんは、先生が座る椅子の方に手を伸ばして、先生を探しています。先生も、のんたんがこの曲を好きになったのを喜んでおられました。「まず、曲を全部ボイスレコーダーに入れようね」と言って、先生のスマホをのんたんのボイスレコーダーにくっつけて録音しました。のんたんはその間にもウクレレを弾きたくて仕方ないようで、ウクレレを弾こうとしましたが、私とヤグチさんが入れ替わりのんたんの手を止めていました。

「じゃあ、イントロから覚えようね☝️少し長くて難しいけど出来るかな?」と先生が言って、ドンドン進めていきます。のんたんは、先生の音を聞き逃さないように一生懸命頑張ってついていきます。イントロから本編まで、あっという間に進んで行って、ほぼ全部を覚えました。先生から、「帰ったら、ボイスレコーダーをよく聞いて練習してね」と言われました。

先生がウクレレの音をドレミで歌いながら教えてくださっているので、私もそれを自分のスマホに入れて覚えようと思ったのですが、上手くできませんでした🥲

帰りにはまた、地域センターのトイレを借りてから、山手線に乗りました🚃 帰りの電車で、のんたんは、今日録音したボイスレコーダーをずっと耳に当てて聞いていました。

今日は、曇り空でそれほど暑くなかったので、おでかけ日和でした💁‍♀️

追伸です。

①のんたんは、風邪なのかアレルギーがまだ残っているのか、鼻水が止まらなくて度々マスクをずらしては、ハンカチで鼻を拭いていました。なるべくティッシュを渡して拭いてもらうようにしました。のんたんのリュックにもティッシュと小さなゴミ袋を入れておくと良いかと思います。

②暑い時はペットボトルのお茶を買って、時々飲んで水分補給が必要ですね。

③夏は帽子を被るのが大切なのですが、のんたんが視覚障害者である事が周りの方々から見えにくいので、ヘルプマークをリュックに付けたら良いかと思います。ヤグチさんとも相談しましたが、外出の時だけ付けたいので、こちらでのんたんとのお出掛けの時に付けてみようかと思っています。ヤグチさんが、もらって来てくださるそうです。今後、私たちが介助する時は付けてもらおうかと思っています。いかがでしょうか?


この日は電車の遅延があったようですが、

おふたりの冷静な対応で、

無事、レッスンには間に合い、よかったです。

こういうときは、やはり、

「おふたり体制」で介助していただくことが

重要だな、と思います。


長男のティッシュとか水分補給とか、さらには、

ヘルプマークのことまで考えてくださって、

ほんとうに、親以上のきめ細かな配慮に、

感謝しかありません。😊

ヘルプマークは、学校に通っているころは、

リュックにつけていたのですが、

いつのまにか、失くなっていました…。


私も夫も、ぼーっとしておりますが、汗

長男が小1のときから、

おふたりにはさまざまな気配りをしていただき、

教えられることがたくさんありました。

なんか、いまだに粗忽な親でして、

いつもいつも、お世話になることばかりです。😅


ホリイさん、ヤグチさん、

本日も、長男と歩いてくださり、

どうもありがとうございました。


(おまけのお話)


2025年6月25日(水)


そもそものきっかけは、さちこさんのブログで、

「あわまんじゅう」を拝見したことでした。

(さちこさん、勝手にリブログしてスミマセン。)

最近おやつに食べた甘いもの - 健康?日記


「福島県・小池菓子舗のあわまんじゅうって、

 食べたような気がする…。」


と、なにか気になって、ブログを調べてみたら、

やはりありました!


2020年8月の家族旅行で福島に行き、飯盛山の小池菓子舗で、作りたてのあわまんじゅうを食べていました。^^

全盲難聴・のんたんの夏休み 6 - 戸ノ口堰洞穴(2020年8月12日/5日め)


つるんとしておいしかった、

あわまんじゅう。

また食べてみたいな、と思いました。

ネットでお取り寄せができるのですが、

1セットが10個入りで、

クール便送料もかかります。

そんなにたくさん、食べられないし…。


でもあきらめきれず、さらに調べてみたら、

なんと、ちょうどこのとき、

日本橋にある、福島のアンテナショップで、

あわまんじゅうの実演販売を

開催していました。


それを知ったのは、6月24日。

26日まで、4日間限定での開催だったので、

あまり時間がありません。

雨模様でしたが、思い切って、

翌日の25日に行ってみました。^^


「日本橋ふくしま館 MIDETTE」です。神田駅から徒歩5分くらいのところにあります。

入り口を入ってすぐのところで、絶賛販売中でした。^^

あわまんじゅうの他に、栗まんじゅうや茶まんじゅうがありました。10個入りで1400円。


お店の方に尋ねたところ、

バラ売りでもOKとのことだったので、

あわまんじゅうを5個、購入しました。


できたての、まだ温かいあわまんじゅうを受け取って、その後は店内を見学。福島のお酒がたっくさんありました。1900円で、5種の飲み比べもできるそうです。^^


で…。

ふくしま館で1時間ほど過ごしたあと、

次に向かったのは、同じ神田駅前にある、

「蔵四季」という居酒屋さん。

せっかく神田まで来たので、

ついでになにか食べて帰ろう、ということで、

このお店で、夫と待ち合わせ。^^


このお店のすばらしいところは、日本全国の日本酒が、飲み放題であることです。🤣🤣


午後4時の予約だったので、

お客さんは私たちだけ。

いつものように「貸切状態」で、

家族宴会、スタート。笑


予約していたコースは、

『純米吟醸コース』5000円(全9品

30種日本酒飲み放題付

というものです。

まずはお料理から…。


汁物:しじみスープ ★飲み放題

前菜:本日の前菜2種(ホタテの冷製と鴨のロースト)

サラダ:新じゃがとカリカリじゃこのシーザーサラダ

刺身:鮮魚のお造り3種盛(のはずでしたが、4種ありました。どれもおいしい~。)

焼き物:鰆の朴葉焼き

揚げ物:でっかい鯵フライ 自家製しば漬けタルタル

ご飯:筍バター醤油土鍋御飯(夫が撮ると、なぜか画面からはみ出すんですよね…。)

甘味:本日のデザート(シューチョコアイス)


お料理、どれもおいしくて、

全部食べつくしました。

が、この日のメインは、お酒の方です。

じゃんじゃん飲みました~。笑


笑四季、水芭蕉、爽-青煌、墨廼江、AKABU(赤武)、国権。

九頭龍、七賢、黒澤、澤の花、醴泉(れいせん)、一白水成。


夫とふたりで、12種。(アホ)

日本全国のお酒を堪能しました。

12種の中で、飲んだことがあるのは、

七賢だけです。

山梨県北杜市にある、

「七賢酒造」の蔵元を訪ねたのは、

2021年3月でした。

併設のレストランでいただいた、

鮭の糀づけは、さすがのおいしさでした。^^

このときの日記です。

コロナでも雛旅。古(いにしえ)の雛を訪ねる、4泊5日の長野・岐阜・愛知 2 - 「臺眠 (だいみん)」でお昼ごはん(2021年3月26日/1日め)


あわまんじゅうでも、七賢でも、

検索したらすぐに、

過去の思い出がでてきました。^^

ブログに書いておくって、

ほんとうに大事ですね。^^


どのお酒も、お店の方がグラスにたっぷり注いでくださるので、飲みごたえがありました。


夫とふたりで飲みまくって、

すっかりへべれけになりましたが、

上野の成城石井で、値引きの柏餅も買い、

ゴキゲンで帰宅。😊


あわまんじゅうも、柏餅も、おいしい~。


今日も楽しい一日でした。^^

全盲難聴・のんたん ボランティアさんと外出(S園→昼食→ウクレレ教室→S園)(2025年5月17日)/ コタキナバルのキャノピーウォーク(2025年6月15日)

2025年6月15日 熱帯雨林で、キャノピーウォーク。(マレーシア・コタキナバル)


6月13日から、ボルネオ島に行きました。

安易に行ってしまったのですが、

6日間の自然体験ツアーは、

想像以上に体力勝負でした…。😅


見渡すかぎり、熱帯雨林。ここでまさか山登りするとは思いませんでした。😭

ジャングルの上に、こんな吊り橋が5つも続いていて…、

長いし、揺れるし、狭いし、めちゃコワかった! MIYO、左手を離していますが、実は右手でしっかと手すりをつかんでいます。


帰国後は、少し休憩。

7月の旅はもうやめておこうか、

…と思っていたのですが、

バタバタと、予定が決まってしまいました。

落ち着きのない、私たちです。😔


こんなふうに、のんきに旅行していられるのも、

長男を支えてくださる、

ボランティアさんとS園のおかげです。

いつも、感謝でいっぱいです…。


2025年5月17日(土)


5月2回めのウクレレレッスンの日記です。

この日、いらしてくださったのは、

ホリイさんとヤグチさんです。


開始時間が9時40分になり、

そのうえこの日は雨でしたが、

時間通りにいらしてくださいました。

いつも本当にありがとうございます。


当日の日記です。^^


本日のコース:

S園でお迎え(9:40)→昼食(11:00)→ウクレレ教室(13:00)→S園に帰園(16:00)

*全6時間20分です。全コースを、おふたり体制で担当していただきました。


【ホリイさんからのメールです】

今日は朝から雨が降っていて、のんたんが雨に濡れないようにと大きめの傘を持って行きました☔️

S園に着くと、もう遠くからのんたんの声が聞こえてきました。何を言ってるのかわかりませんが、「雨なんか関係ねぇ」と、言ってるのでしょうか?

玄関で先生の後からやって来たのんたんは、靴箱の前にしゃがんで黒い靴を出してきました。ヤグチさんが、「今日は雨だから、長靴は無いのかな?」と聞いても、のんたんは知らん顔です。先生がもう一つの白いスニーカーを出してくれましたが、のんたんはそれを履かずにどうしても黒い方の靴を履くので、結局黒い靴にしました。前に履いていた青い靴は見当たりませんでした。

ヤグチさんは、ご自分の大きなポンチョ風のレインコートをのんたんのために用意していらして、リュックを背負ったままののんたんの上から着せてあげました。大きな傘とレインコートに守られたのんたんは、大好きな歌を歌い始めました🎶

最初は「そんなの関係ねぇ、オッパッピー」だったのですが、次の歌が良く聴き取れなくて、何度か聴いていると、「空と〇〇の〇〇だには〜・・・」アッ!それ、もしかして「空と君との間には〜」かな? みんなで一緒にそのフレーズを繰り返し歌いながら駅まで歩きました。

のんたんに、光の家で音楽会があるのかな?と、尋ねると「8月12日火曜日、カラオケ」とのこと! もう夏休みのカラオケのリクエスト? 確かのんたんのお誕生日が8月だったから、そのお祝いをする日かしら? ゴールデンウィークに行ったカラオケが忘れられないのかな? 夏休みにまた、カラオケ行きたいね🎤

高田馬場に着いて、「お昼ご飯は何が食べたいかな?」と聞くと、いつも通りの「スパゲッティ」です🍝 サイゼリヤでは、前回とても良く食べてくれたので、カルボナーラをまた注文して、りんごジュースと一緒にお昼ご飯にしました。が、今日ののんたんはあんまり食べたくないみたいで、なかなか進まないのです💦 あんまりお腹が空いていないのか、それとも、今日は違うスパゲッティが良かったのかな?

のんたんがふと、「ヤマシタさん、コロッケ」と、今まで聞いたことがないメニューと介助者のお名前が出てきてびっくり!

「いつどこでヤマシタさんとご一緒にコロッケを食べたのかしらねぇ? 毎回毎回スパゲッティじゃあ、だんだん飽きてきたのかしらね?」と、ヤグチさんと顔を見合わせました😊☝️ 高田馬場の近くでコロッケのメニューがあるレストランがあるのか、今度調べておきましょうね🤗

だんだん時間が迫ってきたので、のんびりのんびり食べていたのんたんを、少し急がせつつ何とか完食してもらいました。

カルボナーラを少しずつ食べました🍝

ウクレレ教室に着いて、私から先生に、先月、のんたんとみんなでカラオケに行ったことを話しました。ウクレレ教室で習った曲をみんなで歌ったり、誰かの歌にのんたんがタンバリンでリズムをとってくれたりと楽しかったとお話ししました。

先生がウクレレを調律している間から、のんたんは自分でウクレレを持ちたくて手探りしていました。そして、ウクレレを手にすると、先生の椅子を自分の隣に引き寄せて、先程歌っていた「空と君との間には〜」をウクレレを弾きながら歌い始めました♪ 先生もそののんたんの歌に合わせようと、ご自分のウクレレでキーを探っていらっしゃるのですが、ウクレレで弾けるキーと合わないらしく、暫くあれこれ探していらっしゃいましたが、Cコードを元にしたキーに落ち着きました。

それからは、二人のウクレレの音とコードを歌う声の合奏?が部屋に響いて、どんどんのんたんが上達して行きました🙆‍♀️ アッという間に2時になり、今日はこの曲だけを弾き続けて終わりました。のんたんは、初めての曲とは思えないほど上手になりました😊

レッスンのあと、地域センターでトイレをお借りしました。中央線の中では、ずっとボイスレコーダーを耳にあてて、録音を聴きながら時々声を出して歌うので、「静かにね」と何度も私に言われてました。

のんたんが、「8月12日火曜日」と何度も言うので、S園に着いて、先生に、「今度園で音楽会とかの予定があるのですか?」と訊いたのですが、予定はないとのことでした。ご家庭での夏休みの予定でしょうか?


【ヤグチさんからのメールです】

行きののんたんは、「カラオケ8月12日」と言ってましたが、カラオケはまだ決まってないよと言いました。でも何度も、「8月12日ね」と言っていました。その後は、「オッパピー」を歌ったりしながら駅まで歩きました。

お昼はサイゼで、いつもこの時間なら空いているのに今日は混んでいました。パスタを頼みました。前回はすごい速さで食べてましたが、今日はゆっくりでした。時折、「コロッケ」と言っていました。「他のボランティアさんと食べたのかな?」と、ホリイさんと話しました。

ウクレレ教室では、中島みゆきさんの曲1曲のみを弾きました。

帰りの電車の中では、ボイスレコーダーを聞いていました。豊田についた時は、雨足も弱くなっていたので良かったです。


今年のお正月に、長男にスポオンを買いました。

このときの日記です。

全盲難聴・のんたんの冬休み 14 - 「スポオン」を履いて帰園しました。(2025年1月4日/14日め)


このタイプです。手を使わずに履ける、とても便利な靴です。


この靴を履いて帰園したのですが、

長男は、これがとても気に入ったようです。

ホリイさんによると、それ以来長男は、

「この靴しか履こうとしない」そうです。^^


そんなに気に入ったのなら、と、2足めのスポオンを購入。😊

このときの日記です。

全盲難聴・のんたんのGW日記 10 - 新しい靴を履いて出発。(2025年5月3日/8日め)


GWにこの靴を履いて、S園に帰園しましたが、

この新しいタイプも、長男は気に入ったようです。

今回の報告メールでも、

「今日は雨でしたが、のんたんは、

 この黒い靴しか履こうとしませんでした。」

と、ホリイさんが教えてくださいました。

それを聞いて、私もうれしくなりました。^^


また、長男が雨で濡れないように、と、

ヤグチさんが、長男のために、

ポンチョ風のかぶれるレインコートを

持参してくださったとのこと。


おふたりがいつも、

長男に向けてくださる温かいまなざしに、

感謝でいっぱいになります。


ホリイさん、ヤグチさん、

雨の中、朝早くからお越しくださり、

そして、長男と歩いてくださり、

どうもありがとうございました。

34年ぶりのラオス、そしてタイへ。歩き続けた12日間 73 - 34年前のノンカイ。メコン川を渡り、タイ・ピーマイへ(1991年9月5日/5日め)

1991年9月6日 パノムルン寺院で。(タイ・ブリーラム)


1991年9月5日(木)- 5日め


ヴィエンチャンから

ラオス-タイ国際列車に乗り、

国境を越えてバンコクに到着したことで、

今回の私たちのラオス旅行は終わりました。


ここでもうひとつ、番外編として、

書きたいことを思い出しました。

それは、34年前の、

ラオスからタイへの国境越えです。


34年前、私たちは、同じ5日間の日程で、

ラオスを旅行しています。


このときの行程ですが、

9月1日 タイから飛行機でヴィエンチャンへ。

    ヴィエンチャン観光。

9月2日 飛行機でルアンパバーンへ。

    ルアンパバーン観光。

9月3日 ルアンパバーンから地方へ。

    少数民族の村を訪ねる。

9月4日 少数民族の村を訪ねる。

9月5日 ヴィエンチャンから自動車でノンカイへ。


…ということで、

実は、当時の旅では、2日間にわたって、

少数民族の村をいくつも歩いていました。笑

ヴィエンチャンやルアンパバーンは、

あくまで「ついで」であり、

旅の主たる目的は、

「少数民族の村めぐり」だったのです。


なにしろ、夫が少数民族フェチだし、

MIYOも少数民族に興味があったので、

この頃は、

「お寺よりなにより少数民族の村」

と、夫も私も思っていました。(アホ)


このときの、少数民族村めぐりの写真も、

たくさんあります。

いつか掲載したいと思いますが、

とりあえず今日は、ノンカイです。


2025年3月は、

開業して間もない国際列車に乗って

国境越えをしたわけですが、

では、34年前はどうしたかと言うと、

ラオスからタイへと、

船に乗ってメコン川を渡り、

国境を越えました。🤣


あの当時、

「飛行機以外で、

 タイとラオスを行き来する方法」

として、唯一外国人に開放されていたのは、

渡船による国境越えでした。

で、ラオス旅行にあたって、夫は、

「入国は空路、出国は陸路(水路)」

という計画を立てたわけです。


あれから34年。

タイ-ラオス間を流れるメコン川で、

続々と友好橋が建設され、

この「渡船国境」は次々と廃止されました。


「ノンカイの渡船国境は、今もあるの?」

と、夫に訊いてみたところ、

「よくわからないけど、

 もうないんじゃないかな…。」

とのことでした。


なにはともあれ、

34年前に船で国境を越えた場所は、

ノンカイでした。

つまり、2025年3月の鉄道旅と、

同じ場所だったことになります。

そこで、34年前のメコン川越えの写真も、

ここに掲載しておきたいと思います。


ネットで見つけた、メコン川のノンカイ船着き場(ラオス側)と、渡し船。2018年ごろの写真です。私たちが乗ったのは1991年なので、これよりさらに27年前になります。笑

ラオス側の岸から乗船しました。後ろに見えているのは、タイ。

船に乗っているのは、地元の方々ばかり。「渡船国境」というより、ほとんど「渡し船でお買い物」の感覚。

出発です。唯一の外国人だった私たち。ほんと、物好きですね。^^

船はラオス側の岸を離れ、すべるように進んでいきました。

国境なので、川では監視船が巡回していました。これはタイの監視船。

国境を行き交う船なので、出入国監視員も乗船していました。

ラオスが次第に遠ざかっていき…、

タイ側の船着き場へ。さすが、りっぱな造りです。「WELCOME TO THE KINGDOM OF THAILAND(タイへようこそ)」と書いてありました。

タイに入国後は、ノンカイのバスターミナルへ。ここからピーマイに行こうとしたのですが…。


この写真を見て、夫が、

当時のことを思い出しました。

バスターミナルでは、時刻表はもちろん、

あらゆる表示が、すべてタイ語だったと…。

アルファベットのあの字もなく、笑

どこを見てもタイ文字ばかり。

誰ひとり、英語を話すことができず、

チケットの買いようがなくて、

困りはてたそうです。

(MIYOはまったく覚えていません。笑

 たぶん、ひとりで荷物の番をしていたかと。)


「えらいこっちゃ。

 タイ語が読めないとチケットが買えない。汗」

と戻ってきた夫。

そのとき、たまたま、3人のオバサマが登場。

タイ人ではなく、

在タイの華僑のように見えたので、

中国語で話しかけてみたら、通じました。😊

そこで、中国語で相談したところ、

みなさんが窓口で手伝ってくださり、

おかげで、バスのチケットを買うことができました。

(夫に言われてみたら、そんなことがあったような気もします。)


当時のタイでは、どんな田舎に行っても、

かなりの確率で、華僑の方を見かけました。

そして、私たちが習いたての中国語を話すと

たいてい、笑顔を見せてくれました。

タイの山奥で、

「中国語を話した。」というだけで、華僑の方に、

ごはんをおごってもらったこともあります。


海外で英語を話しても、欧米人にはあたりまえ。

彼らは眉ひとつ動かしませんが、

私たちが中国語を話すと、

華僑の方々は、なぜか喜んでくれました。

みんな、親切だったなぁ…。


40年近くも前ですからね。^^

中国語を話せる日本人が、

まだまだ珍しかった時代の、楽しい思い出です。


これはバスの中から撮った写真。ピーマイまでは、バスで5時間(318キロ)。


この日はピーマイに宿泊しました。


1991年9月6日(金)- 6日め


ピーマイからブリラムへ。

めざすは、パノムルン寺院です。


街の中にあった映画の看板。二カウさんの時代だったんですね…。笑

パノムルン寺院です。現在は世界遺産に登録申請中ですが、この当時は訪れる人もなく、いつものように「貸切状態」でした。

ノンカイからタイに入国後、バスでピーマイに。そこからさらに南下し、ブリラムにある、パノムルン寺院へ来ました。が、実は、そのすぐ南にあるのが、アンコールワット。このあたりは、クメール遺跡の宝庫です。

この当時は、カンボジア国内に入るのが難しかった時代。アンコールワットには行けませんでした。が、つい最近(2024年1月)、この国境地帯のカンボジア側にあるバンテアイ・チュマールを、カンボジア側から訪れました。

そのときの日記です。

34年ぶりのラオス、そしてタイへ。歩き続けた12日間 43 - バンテアイ・チュマールのナマズと、ルアンパバーンの王室自動車展示室(2025年3月16日/3日め)


パノムルン寺院へはタイ側から行き、

バンテアイ・チュマールは、カンボジア側から。

ふたつの遺跡の距離は、約145キロ。

車で数時間のところにあるのですが、

間に国境があるため、自由な行き来ができず、

ふたつまとめて訪れることはできません。

それどころか、このあたりでは現在も、

タイとカンボジア間の紛争中です…。


パノムルン寺院の全景。(Museum Thailandより)

正面入口の門では、砂岩に彫られた精巧なクメール美術を見ることができます。

祀られているのは、ヒンドゥー教の最高神シヴァ。

あはは。シャツもパンツもおそろいだ。😅


インターネットもスマホもない時代です。

夫は、こういう遺跡や寺院を、

本や地図で調べては、旅を企画していました。

あの時代に、よくもまあこんなところまで、

連れてってくれたな…、と思います。

夫にしてみたら、自分のやりたい旅行を

やってるだけなんですけどね…。🙄


このあとも、タイ遺跡めぐりの旅は続き、

クメール王朝からスコータイ王朝へと、

舞台は変わっていくのですが、

書いているとキリがないので、

とりあえず、

ここでひと区切りにしたいと思います。


ラオスの旅日記に、長々とお付き合いくださり、

ありがとうございました。

(少数民族村めぐりの写真はどうするんだ?🤣)


(つづく)

34年ぶりのラオス、そしてタイへ。歩き続けた12日間 72 - ラオス・タイ国際鉄道③ ノンカイからバンコクへ(2025年3月18日/5日め)

2025年3月19日 クルンテープ・アピワット中央駅に到着。(タイ・バンコク)


3月18日(火)- 5日め


ラオス-タイ国際鉄道に乗り、

ノンカイまで来ました。

入出国手続きを終えたあとは、

ホームで、列車が来るのを待ちました。


7時46分。列車がホームに入ってきました。

買い物に出かけていた夫も戻ったので、再び、荷物を持って列車に乗りました。

私たちの席に行ってみると、ベッドにはきちんと、マットとシーツが敷かれていました。枕カバーもシーツもきれいです。^^

枕といっしょに置いてあった毛布。クリーニング済みのものを、ビニール袋の中に密閉してありました。清潔感があって、すばらしいです。^^


こういう、清潔な寝具って、

海外ではあたりまえではないんですよね…。

「洗濯しないで何回使ったんだろう?」

なんて思うような毛布があることも、

めずらしくないのですが、

このときは、全部クリーニング済み。

さすが、タイでした。^^


夫も、上段のベッドでくつろいでいます。😊 上段のベッドには天袋のような物置がついていて、そこに荷物をしまうことができます。

これは、シーツが敷かれる前の状態です。toritanさんから、「通路の窓の下にある折り畳みの椅子やテーブルにある栓抜きもまだ使用できる状態だったでしょうか?」というご質問をいただいたので、再度掲載します。

窓際に取り付けられたテーブル部分を拡大してみると、裏にふたつの部品が取り付けられています。この右側のものが、栓抜きでしょうか。栓抜きを使用する際は、手前の梯子がじゃまになります。が、夫によると、梯子は上部に持ち上げることができるので問題ないのでは、とのことでした。^^(toritanさん、コメントありがとうございました。)


出発して間もなく、検札の人が、

乗車券と座席番号をチェックしに

やってきました。

今頃になって、夫はようやく、

スマホから乗車券の画像をを見つけたそうで、

その画像を見せて、検札は終了。笑


わずかに残っていたラオスキップを使い切るために、夫がノンカイ駅で買ってきた、タイのパン2個。「うみパン」「もみもみ」などと、ひらがなが書いてあって楽しいです。^^ 


お昼ごはんを食べた時間が遅かったので、

私も夫も、あまりお腹がすいていません。

(夫と旅行すると、たいていこうなります。)


晩ごはんは、「うみパン」2個と、

MIYOがいつも持ち歩いている、

おやつのお菓子たち。

パンもお菓子も夫とはんぶんこして、

ミネラルウォーターを飲んで、

それで十分でした。^^


通路に出てみました。これは進行方向側。

そしてこれは反対側。


出発して5時間。

すでに真夜中で、

どの部屋もカーテンが閉じられ、

車内はすっかり寝静まっていました。


一番先頭の寝台では、乗務員さんが寝ているようです。帽子を置きっぱなし(それも裏返し笑)で、通路のコンセントで充電しているのが笑えます。(ベッド脇にもコンセントがあるのですが、足りなかったようです。笑)


スマホをチェックしていたら、午前2時。

私も、そおっとお手洗いに行き、

そおっと戻ってきて、寝ました。

おやすみなさい…。


午後6時25分にヴィエンチャン(カムサワート駅)を出発し、ノンカイでいったん下車。入国手続きを終えて、8時15分に再び出発。その後列車は、バンコクまでの600キロを穏やかに走り続けました。

ふりかえれば、3月14日にプロペラ機でルアンパバーンに到着し、そこからの5日間で、ラオス中国高速鉄道とラオスタイ国際列車に乗りました。東南アジアの真ん中を南北に突っ切るようにして、約1000キロを移動した旅でした。

あらためて、地図をまじまじと見てみました。過去40年で、夫といっしょに歩いたところです。これ以外にも、地図には地名が記載されていませんが、旅したところがまだまだたくさんあります。このあたりは、タイ・ラオスを中心に、西にビルマ、東にベトナム、南にカンボジアと、国境が入り組んでいて、とても楽しい。^^ 私の大好きなエリアです。😊


また、ベトナムに行きたーい、

と、夫にしょっちゅう言ってるのですが、

相手にしてもらえません…。笑


今回は、34年ぶり。

二度めのラオス旅でしたが、

前回よりもずっと自然に、

そして自分の目線で、

ラオスを歩くことができたような気がします。

毎日歩き続けてしんどかったけれど、

今思うと、楽しい5日間でした。


こうして、私たちの、

二度目のラオス旅が終わりました。


3月19日(水)- 6日め


朝6時40分。

目が覚めて窓の外を見ると、

もう、陽が昇っているところでした。


たぶん、アユタヤを通過したあたりではないかと…。

夜行列車で見る夜明けは、どうしてこう感動的なんだろう、といつも思います。

どこかの小さな駅を通過。この屋根の形は、まさしくタイです。^^

高速道路の向こう側に飛行機が駐機しているのが見えました。ドンムアン空港です。ここまで来たら、バンコクまではあと16キロ。

列車は、りっぱな高速道路と並ぶようにして走り続けました。

ふと振り向くと…、

通路側の小さなイスに座って、夫も同じ景色を見ていました。


「着いたみたいだな…。」

「うん。着いたね。バンコクだね。😊」


立派なビルが増えてきて…、

やがて、高層ビルが立ち並ぶバンコクの街が、見えてきました。

広大な停車場に、たくさんの列車が見えました。駅に到着したようです。

朝7時34分。クルンテープ・アピワット中央駅に到着。

たった5両の夜行列車で出発したのに、あちこちで連結されたようで、いつのまにか、長~い列車になっていました。笑

ホームにぴょん!

ただいま、バンコク。^^


(つづく)

34年ぶりのラオス、そしてタイへ。歩き続けた12日間 71 - ラオス・タイ国際鉄道② タイ・ノンカイ駅(2025年3月18日/5日め)

2025年3月18日 タイ・ノンカイで。バンコクから約600キロのところにあります。


3月18日(火)- 5日め


ラオス-タイ国際鉄道に乗るため、

ヴィエンチャンのカムサワート駅に来ています。


無事、乗車することができましたが、

夫は少しもじっとせず、

MIYOと荷物を座席に残して、

あちこちを歩き回り、写真を撮っていました。


列車の中から見た、カムサワート駅の構内。このエリアに大勢の人が待機していたのですが、みんな乗車してしまったので、今は閑散としています。

そして隣りのホーム。駅の周囲には、民家が少しある程度で、ほかにはなにもありません。笑

隣りに連結されていた、3等座席の車両です。

3等車両の洗面所。

そして夫は、私たちの座席がある車両を通り過ぎて、2等座席の車両まで見に行ったようです。

3等車両の洗面所。これはもしかして、日本で運行していたときのままなのでしょうか…。

あははは。トイレまで撮ってる…。洗浄用のシャワーホースがあるので、この便器はタイ仕様ですね。^^

そしてトイレドアの取っ手には、「ひく」の表示が…。さらに、燦然と輝く、「乗務員室」の文字…。なんか、うれしいですね。^^

やれやれ、あーつかれた、と座席に座りこんでいるところまで撮られてしまいました…。


そんなこんなで、午後6時25分。

定刻どおりに、列車は出発しました。


私たちの座席は、JRでかつて使用されていた、開放型寝台車両。2段ベッドが向かい合わせで並んでいます。これは、MIYO(下段)と多動夫(上段)の席です。中古とは思えないくらいに、あちこちぴかぴかできれいでした。^^


ここからのんびり、列車の旅。

…とはいかないのが国際列車です。

午後6時40分ごろ、

列車は国境にあるメコン川を越え、

いよいよタイに入りました。


6時45分、ノンカイ(Nong Khai)駅に到着。ここはもうタイ側です。

ここで、「荷物を全部持って車外に出るように」とのアナウンスがありました。

列車に乗っていた数百人の人々が、一斉に出入国手続きを行うため、時間がかかります。全員がこの場所に集まり、入国審査の列に並んだのですが、この状態でかなり待たされました。

検疫と…、

税関。国境を超えるので、空港でいつもやってることと同じプロセスをたどります。

1時間近くかかりましたが、パスポートチェックも終わり、ようやくタイに入国。^^ 日本人はタイのビザを免除されているので、ここではパスポートを見せるだけです。

「ヴィエンチャン←ノンカイ→クルンテープ・アピワット(バンコク)」と書かれたプレート。これを見て、「ああ、もう本当に、ラオスには居ないんだな…。」と、しみじみ思いました。


上の写真で、

奥に飾ってある額の、かわいらしい女性は、

タイ・シリントーン王女だと思います。

(現在は70歳くらいのはずですが。)


2009年、タイ・ラオス双方から敷設した線路が、

メコン川に架かるタイ・ラオス友好橋で

結合しました。

そのときに開催された開通式に、

タイを代表して出席したのが、

シリントーン王女だったそうです。


この路線の工事はその後も続きましたが、

2024年7月に、ようやく、

タイ・ラオス国際列車として、

ヴィエンチャン・ カムサワート駅で、

営業を開始しました。


7時40分。出入国手続きが終わり、再びホームに戻ってきましたが、列車の姿はありません。隣りのホームには長~い列車が停まっていて、まちがって乗ってしまいそうです。笑

隣りのホームに停まっていた列車です。ちょうど、出発するところでした。

窓の奥で、楽し気に食事している人たちが見えました。


この26号は、私たちの134号より少し早く、

19時40分にノンカイを発車します。

同じクルンテープ・アピワット行きですが、

寝台車ではありません。

でも、たくさんの車両が連結された、

長い長い列車でした。

寝台車は運賃が高いので、

座席のみの車両で移動する人の方が

ずっと多いようです。


こちらのホームには、「出発は20時15分」と書いたプレートが置いてありました。


出発まで、まだ30分以上あります。

ということで、多動夫は、

早速、お買い物にでかけました。笑


ラオスのお金(キップ)が

少しだけ残っていました。

ほんとうは、カムサワート駅で

全部使ってしまおうとしたのですが、

「ろくなお店がなく、買うものがない。」

と、夫は手ぶらで戻ってきました。笑


このノンカイ駅はタイ側ですが、

まだラオス・キップが使えたので、

そのお金を全部使って、

なにか食べ物を買ってしまおう、

という目論見です。


夫がでかけているあいだ、

MIYOはホームに残り、

いつものように、荷物番をしていました。😊


(つづく)