MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは24歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。
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ベトナム家族旅行:
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小学生だったころの子どもたちの育児日記は、こちらです。
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34年ぶりのラオス、そしてタイへ。歩き続けた12日間 31 - プーシーの丘②(2025年3月15日/2日め)

MIYO

2025年3月15日 プーシーの丘で。(ラオス・ルアンパバーン)


3月15日(土)- 2日め


ラオスの古都、ルアンパバーンで、

プーシーの丘に登りました。


丘は大勢の人でいっぱいでしたが、美しい光景を見ることができました。

メコン川に映しだされた赤い光の帯を、言葉もなく、ただじっと眺めました。

最後の頃になって、山のあたりが雲で霞んでしまったので、日の入りの瞬間を見ることはできませんでしたが…、

沈む間際の太陽は、さらに赤みを帯びて…、

やがて、雲の中に消えていきました。

美しい夕陽を見たあとは、頂上にある、1804年にアヌルット王により建立された黄金の仏塔「タート・チョムシー」と、小さな寺院にも行ってみました。

頂上から見た景色です。ルアンパバーンの町を流れるメコン川では…、

緑の水面に、町の姿を映し出していました。

200年前から続く、ルアンパバーンの町並み。この町全体の景観が、世界遺産となりました。

丘を降りながらも、景色に見とれ、何度もシャッターを切りました。

丘のふもとまで降りてきました。前夜と同じように、ナイトマーケットのテントが並んでいます。その後ろには、ついさっき訪れた、黄金の祠(パバーン像安置祠)も見えました。

屋根の上のドクソーファーには、17本の尖塔が並んでいました。ワット・シェントーンと同じ数です。

正面から見たときの黄金の祠です。この方向からでは、ドクソーファーは見えません。

このあとは、ナイトマーケットのお店を見ながら歩きました。

ラオスの手織り布です。ルアンパバーンで作られたものだそうです。

タイのゾウさんパンツもありましたが…。ラオスにはすばらしい布があるのだから、その布でパンツを作って売ればいいのにな、なんて思いました。

フードコートは、今日も賑わっていました。

右上のビニール袋は、ハエよけに吊るしてあるものです。効果があるのかどうか、わかりませんが…。^^

串焼きを食べながら、店番をしているオニイサン。笑


おいしそうなものもあったのですが…。

お昼ごはんのボリュームがありすぎて、

夕方になってもあまりお腹がすかなかったので、

この日は晩ごはんを食べず、

このままホテルに戻ることにしました。


ホテルまで、歩いて30分くらい。

トゥクトゥクに乗ってもいいのですが、

多動夫は歩くのがやたら好きなので、

この日も当然のように、歩いて戻りました。


こうして、2日めもようやく終わりました。

(31回も連載してスミマセン。)

こも日の歩数は、13049歩(約6.8km)。

今日も一日、よく歩きました。



朝、ワット・シェントーンに行ったあと、

 →メコン川クルーズ

 →メコン川周囲の散策

 →ルアンパバーン国立博物館

  (旧王宮、庭園、黄金の祠)

 →プーシーの丘

 →ナイトマーケット

…と、ずっと歩きどおしでした。


文句を言いながらも、夫に付き合って歩く私は、

エライと思います…。😓

(夫は、「どうして? フツウでしょ?」としか言いませんが。)


今日も、

「夜討ち朝駆け、ごはん抜き」

になりましたが、多動夫は、

「明日は、朝5時に起きて、托鉢を見たい。」

などと申しております。


やれやれ。

明日ものんびりできないようです。😔


(つづく)

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