骨折でも信州。8回めの須坂へ 2 - 山村集落「青鬼」② お善鬼の館とガッタリ(2024年10月16日/1日め)
2024年10月16日 山村集落「青鬼」で。(長野県北安曇郡白馬村)
10月16日(水)- 1日め
長野県の山村集落「青鬼(あおに)」
に来ています。
車を降りて歩き始めたら、いきなりそこは、「にほんむかし話」の世界。😮
【山村集落「青鬼(あおに)」】
長野県北安曇郡白馬村の北東部、標高約760mの山腹にあり、伝統的な民家群で形成された小さな集落です。集落では現在も、住民が日常の生活を営んでいます。集落内の伝統的家屋は14戸で、江戸時代末期から明治時代にかけて建築されたものです。家々は、鉄板で覆われた茅葺きの寄棟造りで、14棟が等高線に沿う形で並び、昔ながらの農村風景を形成しています。屋根の端には「鶏衾(とりぶすま)」を立ててあり、家ごとに、「寿」「水」などの文字が書かれています。
集落の東側には、幕末から明治期に岩盤をくりぬいて開掘された水路「青鬼堰」から引水する棚田と石垣が広がり、伝統的建造物群と一体になった歴史的風景が、現在も維持されています。
2000年(平成12年)に、集落全体が、文化庁より「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されました。また、集落の上部に広がる棚田は、「棚田百選」に選定されています。
道端に咲く愛らしい花を愛でながら、先へと進みました。
ほどなく、道しるべに遭遇。ここで右に曲がり、小径を進むと、「お善鬼の館」に着くようです。
ほどなく、見えてきました。
どっしりとした構えの、大きな家屋。
「お善鬼(ぜんき)の館」です。
【お善鬼の館】
お善鬼の館は、集落内で一般に公開されている、地区唯一の施設です。空き家となった建物の修理を行い、公衆トイレを併設して、交流・体験施設として、2005年(平成17年)に完成しました。内部を自由に見学でき、休憩などをしながら、集落の暮らしを知ることができます。建物内には、囲炉裏や当時の厩(うまや)を再現してあります。現在は、地区の集会場として利用されています。現在は、青鬼集落保存会の方々により年間を通して管理されています。
施設の名前である「お善鬼の館」は、この地区に昔から伝わる「青鬼のお善鬼様」の民話が基となっています。
【青鬼集落の特色】
青鬼集落では、現存する主屋のうち14棟が茅葺屋根(現在は鉄板被覆)の建物で、平屋の建物と表側に中二階を造る建物の2種類があります。等高線に沿って棟を連ねている点が青鬼集落の特色で、同じ形態の建築が規則的に建って並ぶ様子は、極めて特徴的で、印象的な農村景観を形成しています。
主屋は、正面の軒をせがい造りとし、特に中二階の建物では屋根の正面をかぶと造りにして、二階の壁面を白壁と化粧貫の意匠で統一しています。また、主屋の間取りは、部屋の並ぶ形式によって「三間づくり」、「四間づくり」と呼ばれ、太い柱が部屋境に2列あるいは3列に並んでいるのが特徴です。
集落に現存する建物の多くは江戸時代末期から明治時代に建てられたもので、最も古いとみられるものは19世紀前期に遡ると推定されています。
すぐ隣りにも伝統的家屋があるのですが、こちらには現在も、土地の方が住んでおられます。
周囲には、伝統的家屋がいくつも建ち並んでいて、堂々たる佇まいです。
山村集落「青鬼」。山を背にした風景の、美しいこと。
4年前に訪れた、群馬県の
「かやぶきの郷 薬師温泉 旅籠」
にも、伝統的建造物が建ち並んでいました。
それはそれですばらしかったのですが、
「かやぶきの郷」の家屋は、あくまで見学の対象。
日本各地から、伝統的家屋を移築してきたものです。
そのときの日記です。
コロナでも上州。週末にのんびり歩く群馬 1泊2日のおトク旅 1 - なにもしない旅(2020年11月13日/1日め)
それに対して、ここ「青鬼」は、
伝統的集落。
「集落」なのです。
それぞれの家屋には、現在も人々が住み、
日々の暮らしを営んでおられるということに
驚かされます。
実際に人々が暮らしておられるので、
基本、家の中に入ることはできません。
なので、この「お善鬼の館」は、集落内で、
家の内部を見学できる、唯一の家屋です。
さっそく、引き戸を開いて、
中に入ってみました。
玄関の土間に立つと、目の前に広間がありました
中に常駐している人はいないのですが、靴を脱いで上がり、内部を自由に見学できるようになっています。
火棚が吊るされた囲炉裏。
天井が高いですね。広間の隣りに設けられた長い廊下も、ピカピカに磨かれていました。大切に維持されていることがうかがえ、頭が下がりました。
土間の奥には、かつての厩(うまや)が再現されています。
農具や民具が置かれ、そのひとつひとつに、名札がついていました。^^
家の外に出てみると、中庭に何かが置かれていました。
米搗きに使った「ガッタリ」という器具です。
【ガッタリ】
水力を利用して米を搗く道具です。「ししおどし」と同じ原理で動き、添水唐臼とも呼ばれます。青鬼地区では、お善鬼の館の横にあり、地域のシンボルとして保存されています。
ガッタリは、下の写真のようにして使われていました。堰の水を引き込み、ガッタリの中に水がたまると、ガッタリが右側に倒れ、水を吐きだします。カラになったガッタリは、再び左側に倒れるのですが、このときに米を搗きます。まさしく、「ししおどし」と同じ動きです。(画像をお借りしました)
青鬼では、このガッタリが昭和初期まで使われていたそうです。
ガッタリを通り過ぎ、さらに斜面を上がると、納屋が見えてきました。ですが、これは展示用ではなくて、現在も使われているもののようです。集落内には、過去の遺物と現在の暮らしが混在していました。
江戸時代から続く伝統的建造物と、
現在も営まれている、人々の暮らし。
今まで、日本各地で古民家を見てきましたが、
それらはすべて、現在は使われておらず、
見学するためのものでした。
それらの家屋と一線を画しているのが、
この山村集落「青鬼」でした。
そう。
ここは、人々の生活が今も息づいている、
「集落」なのです。
青鬼集落の全景です。(画像をお借りしました)
ここまで、集落の入口にある駐車場から、こんなふうに歩いてきました。
青鬼集落の散策は、次回に続きます。
(つづく)























