MIYO'S WEBSITE-全盲難聴のんたんの育児記録と卵巣ガンで思ったこと

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは21歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。

盲学校の育児教室で話しました - 聴覚視覚障害児を育てるおかあさんへ ⑤ 最終話

2006年11月3日 先生といっしょに作っているのは、ピザ。長男にもわかりやすい作り方を、と考え、ホットプレートで焼きました。H先生の工夫です。(全盲難聴・のんたん 11歳)


将来に向けて


 最後に、将来に向けて、というお話をしたいと思います。
 将来、お子さんに、どんな生活をしてもらいたいか、ということです。
 まだまだお子さんが小さくて、そんなことは考えられないと思いますが、
「小さい頃は、ずいぶん先のこと、と思うけど、大人になるのは、あっという間よ。」
と、私自身も、先輩のお母さん方から、よく言われたものです。
 私が、子どもを育てているとき、いつも思っていたのは、
「いつか、『生まれてきて良かった。あのとき、命が助かってよかった』と、この子に思ってもらいたい。」
ということでした。
 そのためには、子どもが自分で、「幸せだ」と思えるような生活をおくれるようになることが必要だ、と思ってきました。さらには、私が死んだ後も、幸せな生活が続けていけることが大切だ、と思いました。
 小さい頃から、多くの人を巻き込んで、助けてもらいながら育児をしてきたことは、その準備のようなものだったかもしれません。
 のぞみを助けてくださる、ボランティアの方々とのネットワークは、20年をかけて築いてきました。のぞみといっしょに歩くことを楽しいと思ってくださる方々がいてくださるということは、長男にとって、たいせつな財産だと思います。
 それから、子どもが大好きなことを、これから生きていくうえでの大切な柱にしていきたい、と考えました。
 卒業後の進路として、「S園」を選んだのは、理由があります。
 S園には、音楽の才能がある人たちで結成した「光バンド」という音楽グループがあります。メンバー全員が、視覚障害者です。もう20年くらい演奏活動を行っていて、CDを販売しています。毎年コンサートを行っていて、国内各地や海外での公演も行っています。音楽活動の盛んなこの施設で、いつかのぞみも、そのグループに入れていただけたら、どんなにいいか、と思いました。
 それが、S園に入所した、いちばんの理由です。
 今、のぞみは、光バンドの弟分である、「ひまわり」というバンドに入れていただき、演奏活動を行っています。毎年12月には、日野市から招かれ、市のイベントに出演して、演奏させてもらっています。このときばかりは、私も夫も、「おっかけ」となって、会場にかけつけます。最前列に座り、舞台にかじりついて、応援しています。
 これから先、この演奏活動がどんなふうに発展していくのか、楽しみです。なにより、音楽がだいすきな長男が、舞台で演奏し、みなさんから拍手をもらい、楽しく生きているのを見ると、ここまでこられて本当に良かった、と思います。
 のぞみ本人も、私たち親も、これから先、まだまだ楽しいことがあるだろうと思っています。そうやって、「子どもの将来に夢が持てる」ということを、とても幸せだと思い、皆様に感謝しています。
 どうぞ、お子さんの将来に夢を持って、今の子育てを楽しんでください。


(おわり)

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