MIYO'S WEBSITE-全盲難聴のんたんの育児記録と卵巣ガンで思ったこと

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは21歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。

あみちゃんの冬休み-81 おいしいものを食べる、ベトナム8日間おトク旅 - 母と娘のホーチミン④戦争博物館(7日目)

2017年12月30日 ハノイ・戦争博物館で。敷地内には、戦車や戦闘機が置かれています。(あみちゃん 22歳)



娘とふたりで、博物館内を丹念にみてまわったら、
2時間以上が経過していました。
ようやく全部を見終わって、帰ろうとしたとき、娘が言いました。


「結局、アメリカが悪いんだよね。」


・・・むずかしいところです。


「一概には言えないんだよね。」
私は答えました。


たしかに、戦争を起こしたアメリカは悪いけれど、
アメリカはアメリカで、「ドミノ理論」とかの、大義は一応あった。
ベトナムは気の毒だったけど、
じゃあ、アメリカだけが悪かったのかというと、それはわからない。
少なくとも、他にも、この戦争に関わった国がいくつもあるのは、まちがいない。
日本だって、関係なかったかって言うと、そうじゃない。
戦争特需みたいなのはあった。
戦後の、日本の経済発展の影には、
朝鮮戦争やベトナム戦争で得た利益があったことは否定できない・・・。
そんなことを、娘に語りました。


「戦争にね。
 どっちかの国だけが悪い、なんてことは、めったにないの。
 たいてい、いろんな事情が複雑に絡んで、戦争になる。
 戦争になったら、苦しむ人も、もうける人もいる。
 たしかに、アメリカは悪かったんだけど、
 『アメリカだけが悪かった。』
 と、ひとことで言うのは、むずかしいんだな・・・。
 わかる?」


娘は、黙ってうなずきました。
私は、ベトナムの専門家でもなんでもないけれど、
娘と同じような年のときに、自分自身が知り、考えてきたことを、
つたないながらも、娘に伝えたい、と思いました。
ふたりで並んで歩きながら、私はさらに言いました。


「じゃあ、ベトナム戦争を、自分はどう思うのか。
 自分の考えを持つ。
 それが、大事なことだよ。
 興味があったら、本を読みなさい。
 図書館に行けば、いくらでもあるから。」


ここで、母娘の会話は終わりました。
これから先の人生で、
娘が、どんなことを考え、なにを知ろうとするか。
楽しみなところです。
その中に、この日の思い出が、少しでも残っているといいな、と思いました。


そのとき、階段を降りる、私のうしろで、
娘がつぶやきました。


「ウチの親は、レベルがたかい・・・。
 こんな話する親って、あんまりいないと思う。」


あ、そうなの・・・?。(汗)
びっくり。
でも、ちょっと、うれしい。^^


ええっと・・・。
たしかに、変わりものの、両親かも。
でも、わりと、おもしろいでしょ?^^ (→ムスメ)



博物館を出ると、外は、真夏の強い日差しが照りつけていて、
まぶしいばかりでした。
私は、また、話し始めました。


「おかあさんはね。ベトナムの人って、『あなどれない』って思ってるの。
 この国には、一目置いてるよ。
 なんたってね。アメリカと戦争やって、勝っちゃったんだからね。
 そんな国は、世界中で、ベトナムだけだよ。
 戦争中だって、飛んでくる米軍の戦闘機を、
 銃で撃ち落としたって話もあるらしいよ。すっごいよねぇ!」


20代の頃に本で読んだ、ベトナムのさまざまなエピソードが、
次々と思い出されました。
その、ひとつひとつを、娘に伝えることができる「今」が、
いとおしく思えました。


母と娘のおしゃべりが、いつまでも続いた、
戦争博物館、でした。


(つづく)


後記:この記事に関して、「戦争はどっちも悪い、ですませるのはいかがなものか」というご意見をいただきました。いえ、そうではありません。「アメリカが悪い」と決めつける前に、いっぱい調べて、学んで、その結果として、自分の考えを持ってね、と。ムスメに伝えたかったのは、そこなんです。
このブログで書きたかったのは、「誰が悪いのか」ではなく、「親として、娘に伝えたかったこと」でした。


さて、そのころ長男は…。依然として、ダムセン公園で乗り物三昧だったのでした。^^


おもちゃをいっぱい抱えて、売り歩くおばさん。


車道は、バイクでいっぱいです。


フカヒレ料理のレストラン。

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