MIYO'S WEBSITE-全盲難聴のんたんの育児記録と卵巣ガンで思ったこと

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは21歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。

のんたんの冬休み-30 おいしいものを食べる、ベトナム8日間おトク旅 - ティンさんのおねえさん(3日目)

2017年12月26日 チャンアン川下りを終えて。(のんたんとあみちゃん 22歳)



食べ物を残すのが苦手な私たちですが、
この日のランチは、あまりにもたくさん用意されていて、
がんばっても、がんばっても、食べきることはできませんでした。


「あー もう無理だ~。もう食べられない~。」
と話しているところへ、ティンさんがやってきました。
ティンさんもいっしょになって雑談をしているうちに、
自然と、ティンさんのおねえさんの話になりました。


「ぼくのおねえさんもね。同じです。」


そうだったのです。
ティンさんのおねえさんは、44歳。
ベトナム戦争時、米軍が散布した枯葉剤の影響で、
障害をもって生まれてきたそうです。
歩くことも話すこともできず、寝たきりのおねえさん。


「おねえさんは、夜になっても、寝ないよ。
 いつも、怒ってる。かわいそうだよ。」


今は、別のお姉さんがいっしょに住んで、
世話をしておられるのだそうです。
おねえさんの医療費は、一割だけを負担すればいいのだそうですが、
残された兄弟が、これからもずっと、介護も医療費も背負っていくというのは、
たいへんだろうな、と思いました。


私は、長男と私たち家族のことを説明しました。
「私たちは、普段は、いっしょに住んでいません。
 この子は、高校を卒業して、『訓練施設』に入りました。
 ふだんは、そこで生活しています。
 今月は、そこの冬休みで、家に帰ってきたので、
 こうしていっしょに旅行しています。」


「高校を卒業して」と言ったとき、
ティンさんは、一瞬、驚いた表情を見せました。
この国では、障害があって高校に進学する、ということが、
たやすいことではないのだ、ということが、うかがえました。


日本では、すべての障害児に、
学校で勉強する権利が保障されています。
義務教育のあとも、ほとんどの子どもたちが、
高校に進学し、卒業します。


長男もまた、国の制度に守られて、
高校を卒業しました。
その後の入所施設にも恵まれ、
医療費も無料です。


休暇には、家族と海外旅行をする、長男の姿が、
ティンさんのおねえさんの姿と重なりました。


ティンさんが、ぽつりと言いました。
「僕はね。うらやましいよ・・・。」


(つづく)

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