やっぱりイタリア 12日間 14 - スフォルツァ城⑦ ロンダニーニのピエタ美術館と、そびえる城壁(2026年2月7日/2日め)

2026年2月7日 スフォルツァ城・ロンダニーニのピエタ美術館で。(イタリア・ミラノ)
2月7日(土)- 2日め
スフォルツァ城で、
古代美術館
アンティーク家具と木工彫刻博物館
を見学しました。
このとき、午後2時半。
スフォルツァ城に着いたのは1時なので、
すでに1時間半、城内をウロウロしています。
が、夫の見たいところはまだまだあるようで、
次の場所へと向かいました。
休憩時間なんて、ありません。😭
「早く早く」とせかされながら、再び階段を降り…、

入場口がある「武器の中庭」まで戻ってきました。

フィラレーテの塔の前には、なぜか、フィアットとランチアの新車が並べられ、ショールームとなっていました。お城で車の展示会とは、ちょっとびっくり。この「武器の中庭」は無料エリアで、市民が散策に訪れることも多いので、こういうイベントもやっているみたいです。

水道が設置されていました。水道のハンドルがなく、水がずっと流れています。「飲料水であること」を確認し、MIYOも飲んでみました。^^

この「武器の中庭」で、夫は、
「ロンダニーニのピエタ美術館」
に行きたかったのですが、
それがなかなか見つからず、
ふたりして、中庭をウロウロ…。
何人かの職員の方に尋ねたのですが、
不思議なことに、それぞれの人が、
違う場所を言うんですよね…。🤣
ようやく案内パネルを見つけました。「Museo Pietà Rondanini - Michelangelo」と書いてあります。よかった~ってことで、パネルが指す方向へと急ぎました。

「ロンダニーニのピエタ美術館」です。私たちは共通チケットを購入していたので、ここにも無料で入ることができました。

【ロンダニーニのピエタ美術館】
ミケランジェロの作品、「ロンダニーニのピエタ」を展示するために、2015年4月に開館しました。この場所にはかつて、1576年のペスト流行中に、スペイン人によって設立された診療所(スペイン病院)がありました。十字架の丸天井と壁の装飾を特徴とする、16世紀の構造は、現在も維持されています。
館内に展示されている作品は、「ロンダニーニのピエタ」のみです。ミケランジェロが晩年に取り組み、亡くなる直前まで彫り続けたもので、「未完成の傑作」と言われています。
「ピエタ」とは、イタリア語で「哀れみ」「慈悲」を意味します。キリスト教美術においては、十字架から降ろされたイエス・キリストの亡骸を抱く聖母マリアの姿を表現した、伝統的な主題です。ルネサンス以降、多くの芸術家がこのテーマに挑みましたが、とりわけ有名なのが、ミケランジェロのピエタ群です。
ミケランジェロは、生涯で4つのピエタを制作しました。ローマのサン・ピエトロ大聖堂のために作られた「サン・ピエトロのピエタ」を皮切りに、「バンディーニのピエタ」「パレストリーナのピエタ」と続き、最後に辿り着いたのが、ここミラノのスフォルツァ城にひっそりと佇む、「ロンダニーニのピエタ」です。彼は、亡くなる6日前まで、この作品に取り組んでいたそうです。
ならば、過去の作品も見てみたい。
…と思ったので、調べてみました。
①サン・ピエトロのピエタ(1498年-1500年 サン・ピエトロ大聖堂)
ミケランジェロの数ある彫刻の中でもダビデ像と並ぶ最高傑作です。この作品によって、ミケランジェロの名声が確立されました。

②フィレンツェのピエタ(1547年?-未完成 フィレンツェ・ドゥオーモ博物館)

③パレストリーナのピエタ(1555年?-未完成 フィレンツェ・アカデミア美術館)

④ロンダニーニのピエタ(1559年-未完成 ミラノ・ロンダニーニのピエタ美術館)
ということで、スフォルツァ城にある、「ロンダニーニのピエタ」です。マリアが、十字架から降ろされたイエスを抱いています。これが、ミケランジェロの遺作となりました。

このときミケランジェロは、
視力を失っていました。
が、手さぐりで制作を続けたそうです。
MIYOが撮ったもの(左)と夫が撮ったもの(右)。不思議なことに、見る角度によって、マリアの表情が違って見えました。上部は粗削りですが、足の部分はすべらかで、かなり完成していたように見えます。

とりあえず、夫が見たがっていたピエタに会えてよかった。^^

ピエタ像を後ろから撮りました。入り口を入ると、いきなり、この後ろ姿を見ることになります。

この小さな美術館に展示してある作品は
これだけ。
まさに、「ロンダニーニのピエタ」を
展示するだけのために作られた美術館でした。
展示室の壁側にはいくつかの小部屋があり、
ミケランジェロの芸術の背景を感じさせる
貴重な資料が展示されています。
小部屋のひとつには、古代ローマの遺物(葬祭用祭壇)が置かれていました。この祭壇は、かつて「ロンダニーニのピエタ」の台座として使われたもので、1911年から2015年春まで、ピエタ像の下に設置されていたそうです。ローマ時代のレリーフが、今も残っています。

こんなふうに、ローマ時代の貴重な遺物を台座に使ってしまうのが、イタリアのすごいところ。部屋の壁に16世紀の装飾が少し残っていたので、それもいっしょに撮ってみました。

天井も美しい。

十字架を形作っている丸天井や壁の装飾も、16世紀のものです。


「ロンダニーニのピエタ美術館」を出ると、目の前に「武器の中庭」が広がり、左側には城壁が続いていました。

石畳やレンガの歩道が続き、その向こうに城壁が見えます。

上部に設けられたアーチもすばらしいですね。

壁面には、たくさんの穴があけられています。

城壁を補修する時には、この穴を利用して足場を設けたのだそうです。

最初からこういう穴を設けて建築したというのも、すごいですね。

長い年月をかけて修復された城壁は、ミラノの誇り。

スフォルツァ城の日記は、
あともう少し続きます。
いまここ。😊

ほとんどワケがわからん状態に
歩き回っていますが、
夫と旅行すると、だいたいこうなります。😔
MIYOはついて歩くだけなのですが、
夫はこれでも一応、
見どころをおさえながら、歩いているようです。
(つづく)