やっぱりイタリア 12日間 15 - スフォルツァ城⑧ ロッケッタの中庭から、城の上部へ(2026年2月7日/2日め)

2026年2月7日 スフォルツァ城の外で。(イタリア・ミラノ)
2月7日(土)- 2日め
スフォルツァ城で、
古代美術館
アンティーク家具と木工彫刻博物館
ロンダニーニのピエタ美術館
を見学しました。
夫が次に行きたかったのは、
「ロッケッタの中庭」
(Cortile della Rocchetta)
でした。
時刻は3時を過ぎていなす。
閉館時間が近づいていたので、
もうあまり時間がありません。
夫はあせってあたりを見回しました。
ありました。案内パネルに、とても小さい文字で、「Rocchetta」とだけ書いてありましたが、夫、気合で見つけました。笑 矢印の方向に進みます。

目の前の城壁の中ほどに、小さな門が見えます。どうやらあそこをくぐっていくようです。

めざすロッケッタは、この門の向こう。

門を抜けると、いきなりこんな情景が広がりました。ロッケッタの中庭です。


【ロッケッタの中庭(Cortile della Rocchetta)】
スフォルツァ家の城内生活において、中心的な空間となったエリアのひとつでした。かつてはここに、家族や近侍が集い、日常の活動が行われていたと考えられています。四方を囲む回廊と素朴な壁面が特徴的で、当時の城の生活感を今に伝える、静謐な空間です。 美しい石畳の床も、ひっそりとして、それでいて柔らかい雰囲気を醸し出しています。

中庭をぐるりと歩いて、反対側から中庭を眺めました。

右端にあるのが、私たちが通ってきた門です。

赤レンガの床とアーチが続く回廊は、柔らかな静けさに包まれた、上質の空間でした。頭上には、美しいフレスコ画が描かれた天井が広がっています。

天井画です。中央には、太陽をモチーフにした華やかな装飾が施され、周囲に配された星と共に、明るい雰囲気を演出していました。

この向こう側に「武器の中庭」があるのですが、そちらの賑わいを忘れそうなほど。ロッケッタの中庭は、穏やかな静けさに満ちていました。

この風景をいつまでも見ていたかったのですが、残念ながら、時間が足りません。このあとも、行くべきところがありました。

私たちのすぐ後ろには、いくつもの美術館が、
まだまだ控えていました。
まずはこの建物の最上階まで
行かねばならないのですが、
エレベーターは使用禁止。
石の階段を、懸命に上がりました。
階上には、「ミケランジェロの世界」を紹介する映像室もありました。

このあとも、
絵画館
装飾芸術美術館
楽器博物館
…と、美術館や博物館が目白押し。
かたはしから見て歩いたのですが、
その途中で、残念ながら、
閉館時間になってしまって、
入れなかったところもありました。
写真撮影不可のところもあったので、
このあとは、
ほとんど写真を撮っていません。
「まあ、これだけ見られたら
よしとしよう。」
と、夫もあきらめたようなので、
これでようやく、スフォルツァ城の見学を
終えることにしました。
フィラレーテの塔から城外に出ました。

これは、城の外側から見たフィラレーテの塔です。

最後の最後まで、休みなく歩いてしまいました…。😔

いやはや。よく歩きました。😓

フィラレーテの塔を抜けると、目の前に噴水がありました。


噴水の両側に続く、ミラノの街の風景。
スフォルツァ城のすぐ隣りで広がる、
そのどっしりとした、重厚な佇まいに、
ただただ圧倒されていました。
この場所に立って眺めているだけで、
気持ちが華やぎました。
こんなにも、
ミラノがときめく街だったとは、
思ってもいませんでした。
ただの「経済が発展した都市」だと
思っていたのです。
なので、大学時代(1980年)、
ひとりでイタリアに来た時も、
ローマ→ポンペイ→ナポリ
→ピサ→フィレンツェ→ベネチア
…と歩きながら、時間が足りず、
ミラノをコースから外しました。
初めて訪れたミラノは、想像通りのオシャレな街だったけど、ただそれだけではありませんでした。

45年前。
「ミラノは、別に行かなくてもいいか。」
と思い、素通りしたその街に、
今、初めてやってきました。
あのとき、ミラノを外したことに、
後悔はありません。
当時21歳だった私が、
ミラノの街を見て、
ここまで感動できただろうか、
と思うからです。
45年後、66歳になって、
今の自分だからこそ感じることができる、
「ミラノの華」というものが、
この街にはあるのだと…。
そんなことを考えながら、
しばし立ち止まり、
ミラノの街の風景を眺めていました。
すごいね。イタリア。
(つづく)