やっぱりイタリア 12日間 32 - 平和の門(2026年2月8日/3日め)

2026年2月8日 平和の門で。(イタリア・ミラノ)
2月8日(日)- 3日め
旅の3日めになりました。
わずか3日めながら、
昨日一日でさんざん歩き回ったので、
もうずいぶん時間がたったような
気がします。(アホ)
まずは朝ごはんから。昨日の夜、カルフールで買ったサンドイッチ(3.59ユーロ/約650円)、コーヒー、パン。

サンドイッチはボリュームがあるので、夫とはんぶんこ。たっぷりのソフトサラミ、チーズ、ルッコラが入っていました。日本なら、(たとえば)DEAN & DELUCAとかで1000円近い値段で売ってるんじゃないか、みたいな、充実のおいしさでした。^^

コーヒーは、お宿に置いてあった
カセットコーヒー。
パンは、前夜のリストランテで、
残ったのを持ち帰りました。
バターとジャムは、
機内食やラウンジで持ち帰ったもの。
(つまり全部タダ。笑)
ちなみに、夫は「朝ごはん担当」なので、旅行中も、毎日用意してくれました。😊

さて、今日も元気に出発です。
10分くらい歩くと、前方になにか見えてきました。

多目的競技場、「アレーナ・チーヴィカ・ジャンニ・ブレラ(Arena Civica Gianni Brera)」です。

【アレーナ・チーヴィカ・ジャンニ・ブレラ(Arena Civica Gianni Brera)】
ミラノにある多目的競技場で、1807年8月18日にオープンしました。新古典主義建築の代表例とされています。収容人数は、1万人から3万人。1870年にミラノ市が所有権を取得し、現在は、サッカー、ラグビーの試合、コンサート、文化イベントなどに利用されています。
さすがイタリア。200年以上まえに作られた競技場を、現在も使用しています。上の入り口部分を内側から見ると、こうなります。歴史が感じられますね。(ZERO Milanoより)

そのまま、センピオーネ公園の中を歩いていると、何度もリスくんに遭遇。😊

こんな街の中に、公園が自然に溶け込んでいました。

街歩きが好きな夫は、どんどん先に歩いていきます。なんだかわからないけど、ついていくMIYO。

そして、本日ひとつめの目的地に到着。

「えっ これなに?」と、思わず駆け寄りました。笑

「平和の門」です。イタリア語では、Arco della Pace(アルコ・デッラ・パーチェ)と言います。高さ約25m、幅約24mの堂々とした門です。

【平和の門(Arco della Pace)】
別名、Porta Sempione(ポルタ・センピオーネ)。ミラノの中心にあるセンピオーネ公園の入り口にあり、周辺は市民の憩いの場となっています。もともとこの場所には、古代ローマの城壁の一部であったセンピオーネ門がありましたが、現在は残っていません。
平和の門の建設は、19世紀初期にナポレオンの指揮のもとで始まりました。ナポレオンはこの門を、ヨーロッパでの勝利を祝うための凱旋門として建設しました。が、完成する前に、彼は失脚してしまいました。
門の上部には、イタリア人彫刻家アッボンディオ・サンジョルジョによる平和の6頭馬車の像があります。ファサードには、戦争の歴史を物語る彫像も飾られています。

門の前では、たくさんの人が記念写真を撮っていました。

この門はもともと観光名所なのですが、
さらに人気が出ている理由は、
ミラノ・コルティナ冬季五輪で、
この門の中央部に
聖火台が設置されたため。

「平和の門」で、中央の球体にミラノ・コルティナ冬季五輪の聖火が灯されたときの写真です。(2026年2月5日 西日本新聞より)

点火した瞬間です。

私たちがここに来たのは、開会式の2日後のことでした。

周囲をぐるぐる歩いて、写真を撮りました。笑

これは右側側面。横からの方が、お馬さんがきれいに見えますね。

見晴らし台かと思ったら、オリンピック用に設置されたプレスルームでした。

しばし、平和の門を眺めてから、次の場所へと歩き始めました。

いまここ。😊

前日訪れたスフォルツァ城は、
平和の門のすぐ隣りにあります。
アパートメントは、少々高くても
街の中心部にあることを重視して
選びました。
ミラノでは、これは正解でした。
お宿からたいていの観光スポットには
歩いて行くことができて、便利でした。
(つづく)