MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは24歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。
ベトナム日記は、
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をご覧ください。
ベトナム家族旅行:
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小学生だったころの子どもたちの育児日記は、こちらです。
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コロナでも滋賀県。湖の国(うみのくに)を歩く、3泊4日のおトク旅 14 - 比叡山延暦寺①(2020年9月23日/2日め)

2020年9月23日 比叡山延暦寺で。未来都市のような根本中堂を歩きました。


9月23日


比叡山延暦寺に到着しました。
比叡山は、京都府と滋賀県の県境で、
南北に連なっています。
その山内にあるのが、
日本仏教の母山ともいわれる、
天台宗の総本山、「比叡山延暦寺」です。


【比叡山延暦寺】
788年に、伝教大師 最澄(でんぎょうだいし さいちょう)が開いたお寺です。1200年の歴史を誇り、世界的にも高い評価を受けています。1994年(平成6年)には、ユネスコ世界文化遺産に登録されました。


延暦寺は、
 東側の東塔(とうどう)
 西側の西塔(さいとう)
 北側の横川(よかわ)
と呼ばれる3つのエリアに点在しており、
その全域を総称して、延暦寺と呼ばれています。
長い年月をかけて、少しずつ拡大を続け、
天台宗の総本山として、
現在のような巨大な姿になりました。


とても広い敷地であるため、
全エリアをじっくり参拝するには、
丸一日あっても足りません。
私たちが今回歩いたのは東塔エリアで、
延暦寺のほんの一部ですが、
三つのエリアの中では、
参拝客が最も多い場所です。


入り口で「諸堂巡拝券」を購入して、中に入りました。入山できるのは4時半までだそうで、ぎりぎりセーフでした。^^

少し歩くと、大講堂が見えてきました。

大講堂です。大日如来をご本尊とし、比叡山で修行した代表的な僧侶や天台宗ゆかりの高僧の、木造や肖像画などが、中にたくさん並んでいます。(重要文化財)

中に入ると、いきなり、除菌ジェルが鎮座していました。😆

大講堂の前にある手水。

鐘楼と開運の鐘(世界平和の鐘)。大講堂の前にあり、この鐘は、1回50円で、誰でも鳴らすことができます。


三井寺の鐘は、一回300円でした。爆
「高すぎるからダメ」と私に言われた夫、
もうあきらめてるようで、
ここでは、「鐘を撞きたい」と言いません。


一回50円なら、まあいっか。
 ここの鐘なら、撞いてもいいよ。」
と言ってみたら、とたんにうれしそう。苦笑


はりきって撞いてます。😁

子どもみたいですね。


「なんでそんなに、鐘を撞きたいの?」
と訊くと、
「鐘があるなら、撞いてみたいじゃん。」
だそうです。
…よくわかりません。爆


そのまま歩いて、
根本中堂(こんぽんちゅうどう)に
向かいました。


【国宝・根本中堂】
比叡山全体の中心的なお堂とされています。最澄が実際に彫ったとされる、薬師如来が安置されている場所です。薬師如来は、過去・未来・現在の中の「現在」を担当する仏様。最澄は、「この世の中をなおしていきたい」と考え、薬師如来を御本尊としました。


国宝・根本中堂…のはずですが、なんだか様子がちょっと違いますね。

2016年から10年にわたって、「平成の大改修」が行われているところです。現在の根本中堂は、全体が、巨大な建屋に覆われています。

本当は、こんな姿のようです。(画像をお借りしました。)屋入り口の小屋根は、なんとか似た雰囲気になるように、と工夫した結果であることがわかります。


お堂の全体像を見ることができず、
夫は残念がっていました。
ですが、改修中だからこそ、
根本中堂の貴重な姿が見られる、
とも言えます。^^


中に入ると、こうですよ。^^ 根本中堂の中庭に設営された、3階建ての修学ステージ。ステージは、建屋内部の右端から左端まで続いています。

根本中堂の屋根を、こんな距離から見るなんて、普通はあり得ません。

改修ステージによってぐるりとめぐらされた回廊を歩きながら、改修工事の様子をじっくりと見ることができました。

瓦をすべて取り外した、根本中堂の屋根。これを上から見下ろすなんて、今でなければできないことです。

階段を上がって、一番上の回廊まで行きました。すぐ隣りが、根本中堂の屋根です。


ちなみに。
通常のお寺に安置されている仏様の多くは
参拝者が見上げるほどの
高い位置に置かれています。
が、根本中堂では、仏様は、
参拝客と同じ高さに安置されています。
「誰もが平等に仏になることができる」
「仏様も参拝客も同じである」
という、最澄の教えに基づいているそうです。


改修中ではありましたが、
延暦寺における覚悟の象徴である、
「不滅の法灯」や、仏様は、
拝観できるようになっています。
(撮影禁止なので、ご紹介できませんが…)


延暦寺は、
内部の撮影を禁止されているところが多く、
この日記では、このあとも、
建築物の外観のみの写真が続きます。
初秋の延暦寺のすがすがしい美しさを、
少しでもお伝えできればうれしいです。


(つづく)

コロナでも滋賀県。湖の国(うみのくに)を歩く、3泊4日のおトク旅 13 - 「本家鶴喜そば」でお昼ごはん(2020年9月23日/2日め)

2020年9月23日 三井寺・西国十四番札所観音堂の、すくすく人形。親が我が子のために奉納する人形です。安産祈願や健康祈願、学業成就など、我が子の成長や幸運を願って、僧侶に祈祷していただくのだそうです。


9月23日


三井寺の、国宝の金堂をはじめとする、
数々の歴史遺産の豊富さは、
まさに圧巻というしかありませんでした。


その三井寺ですが、
10世紀ごろから、宗派の抗争で焼き討ちにあい、
近世には、豊臣秀吉によって寺領を没収され、
廃寺同然になった歴史があります。
しかし、苦難を乗り越え、
その都度再興されたことから、
「不死鳥の寺」と称されているそうです。


歴史のある、すばらしいお寺でした。
でも、いまどきは、
けっこう気さくな体験ケース
あるみたいです。


境内に掲示されていた、「体験コースのご案内」。


 ビーズブレスレット(腕輪念珠)
 座禅
 写経
 山伏
…などの体験コースがあるんですね。
「山伏体験」で、
山伏の格好をして写っているのは、
うら若い女性ですよ。爆
三井寺を身近に体験してもらおうと、
知恵を絞っておられるようです。


最後に、もうひとつ、びっくりしたことを。
三井寺では、*堂と観*堂の中で、
お札やお守りなどの他、グッズを販売しています。
ガラスの仕切りの内側では、
若い僧侶らしき方が座っていて、
グッズを購入する場合は、
そこでお支払いをします。


でも、訪れる人はほとんどいないし、
ヒマなんでしょうね…。
どちらの僧侶も、座ったままで、
スマホのゲームをやりながら、
黙々とお勤めされていました。爆
ここはお寺さんですから、
ちょっとびっくりしました…。
まあ、ゲームをやりたくなる気持ちは、
よおくわかるんですけど。


いろんな意味で、
気取りのない、三井寺でした。笑
静かな佇まいの中にいると、
心が解き放たれるような気がしました。
また違う季節に訪れてみたいな、と
思っています。


さて、お昼ごはんです。
車で20分くらいのところにある、
「本家鶴喜そば」
に行きました。


事前に調べてあったわけではありません。
朝、ミシガンクルーズの大津港で、
置いてあったパンフに載っているのを、
たまたま見かけたのです。
そのときに、
「ここでお昼ごはんにしよう」
と決めました。笑


着いたときには2時を過ぎていました。それでも、こんなに待っている方が…。すごい。


【本家鶴喜そば】
享保元年の開業以来、300年間、比叡山延暦寺の御用達として、門前町坂本の食を支えてきた老舗です。手打ちそばは、その日の温度や湿度でそば粉の配合を調えており、今も人々から愛されています。店舗は、築130年の入母屋造りで、国の登録有形文化財となっています。創業当時から継ぎ足されてきた「かえし」を使った出し汁も絶品です。


本家鶴喜そばの玄関です。置いてある紙に、名前と人数を書いて待ちます。

文化庁による、登録有形文化財です。

店舗は、築130年の入母屋造りです。静かな町ですが、このお店の前だけ、人だかりができています。


並んで順番を待っているあいだも、
多動夫はじっとしていません。爆
このあたりは、古いお家が多いので、
夫はせっせと歩き回って、
写真を撮っておりました。


私を列に残して、ひとりで町並みを歩き、こんな写真を撮っていました(怒)。

比叡山生源寺の写真まであります。奈良時代末期の766年に、この付近で最澄が誕生したと言われています。

あちこちをウロウロと歩いたあげく、「近江の地酒屋さんがあったよ。♪」と、日本酒を抱きかかえて帰ってきました。


私はと言えば、
隣りに並んでいた方とおしゃべり。
地元の方で、月に一回くらい、
来ておられるそうです。
「近所に他にもお蕎麦屋さんがあるから、
 間違えて違う店に入る人もいるんですよ。
 でも、天ぷらもお蕎麦も、味が全然違うから。
 このお店でないとダメなの。」
…だそうです。


待つこと30分。ようやく名前を呼ばれ、店内に入ります。

このついたての後ろのテーブルに案内されました。

野菜天ぷらそばをいただきました。かぼちゃ、さつまいも、ししとう、しいたけ、にんじん、なす、海苔の天ぷらがついて、1180円です。写真は天ぷらのつゆで、そばつゆは写っていません。


おそばも天ぷらも
おいしいのはもちろんなのですが、
そばつゆが、さらに絶品でした。


東京のそばつゆは、味が濃いですが、
このお店のそばつゆは、このまま飲んでも、
まろやかなうまみがあって、
もうひとくち、飲みたくなります。^^
最後には、蕎麦湯を入れて、
全部飲み干してしまいました。
幸せな気持ちになれる、おそばでした。^^


お腹いっぱいになり、
この日の最後の目的地に向かいます。
はい…。
比叡山延暦寺
です。😂


ミシガンクルーズで、チケットといっしょにもらった、通行料金割引券。有効活用できました。^^

山の中を走り続けて、到着したときは、4時を過ぎていました。

比叡山延暦寺。


(つづく)

コロナでも滋賀県。湖の国(うみのくに)を歩く、3泊4日のおトク旅 12 - 三井寺⑤(2020年9月23日/2日め)

2020年9月23日 三井寺・西国十四番札所観音堂で。


9月23日


展望台から、
「西国十四番札所観音堂」を見下ろしました。


左から、観音堂、百体堂、観月堂です。

観音堂の屋根が、この高さで見られます。

展望台に、そろばんの珠をあしらった、「大津そろばんの碑」がありました。大津は、そろばん発祥の地なのだそうです。毎年春、全国珠算教育連盟滋賀県支部主催の大津そろばん祭りが、この碑の前で行われ、そろばん供養がとり行われています。

再び、観音堂前に戻りました。

最後に、観音堂にお参りしていきます。

写真右端に見える小さな像が、賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)です。

賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)。十六羅漢の筆頭に挙げられるお釈迦様の弟子。親しみを込めて、「びんずるさん」「おびんずるさん」とも呼ばれます。気軽に触れることができる、「撫で仏」です。“自分の体の悪い所と同じところをなでると良くなる”とされています。あちこち触られて、すり減っていますね。^^

鐘楼(童子因縁鐘)。観音堂と百体堂の間にあります。1814年(文化18年)に建立されました。(重要文化財)


【鐘楼(童子因縁鐘)の伝説】
この鐘を鋳造するに際し、当時の僧たちが、大津の町々を托鉢行脚しました。 とある富豪の家で勧進を願ったところ、その家の主は、「うちには金など一文もない。 子供が沢山いるので、子供なら何人でも寄進しよう」と言い、金を出しませんでした。ところがその後、梵鐘が出来上がると、不思議にもその鐘には三人の子供の遊ぶ姿が浮かび上がっていました。そしてその日に、かの富豪の家の子供三人が、行方不明になったそうです。


この鐘楼の鐘は、残念なことに、
第二次世界大戦で供出の憂き目にあい、
失われてしまいました。
今では、鐘が取り外されたままで、
鐘楼だけが残っています。


観音堂は、見どころが多すぎて位置関係がわかりにくいのですが、下の図のようになっています。微妙寺から毘沙門堂を通り、十八明神社横の石段を上がって行くと、観音堂広場に着きます。観音堂から時計回りに、鐘楼、百体堂、観月堂、売店が並びます。さらに石段を上がって、展望台へ続きます。

観音堂から長い石段を降りて、水観寺へと歩きます。

⑫水観寺。西国薬師霊場第四十八番札所。1040年(長久元年)、明尊大僧正によって創建されました。三井寺の五別所寺院のひとつです。現在の本堂は、1655年(明暦元年)に再建され、1988年に現在地に移築されました。


これでようやく、
三井寺参拝が終わりました。
なんと、2時間近くかかりました。😂😂
またも、夫に騙されて、
延々と歩かされました。😂


ほんとうは、13番めのスポットとして、
護法善神堂(市指定文化財)
があるようです。
が、私たちが持っていたパンフの地図には
載っていませんでした。
三井寺参拝に、思いのほか、
時間がかかってしまったのですが、
このあとの予定もあったので、
(↑まだどっか行くのか?笑)
護法善神堂に行くのはあきらめました。


「ちょっとだけ」と夫に言われて
つきあったはずですが、
もう2時です。😂
遅い時間になりましたが、
これから、お昼ごはんの場所に向かいます。


(つづく)

コロナでも滋賀県。湖の国(うみのくに)を歩く、3泊4日のおトク旅 11 - 三井寺④(2020年9月23日/2日め)

2020年9月23日 三井寺・西国十四番札所観音堂で。


9月23日


毘沙門堂を通り過ぎて、
参道をさらに歩きます。


十八明神社。観音堂へ上る石段の脇に祀られています。本来は伽藍を守護する神ですが、 一般には「ねずみの宮さん」と呼ばれ、人々に親しまれています。

その反対側には、こんな電光パネルも置いてありました。ちょっと興ざめですが。笑

⑪西国十四番札所観音堂。11番目のスポット、「西国十四番札所観音堂」は、この石段を上がったところにあります。


「西国十四番札所観音堂」という名称ですが、
ここには、観音堂だけではなく、
たくさんの建築物が集まっています。
そのすべてを、石段を上がったところで、
見ることができます。


百体堂(左)と観月堂(右)

百体堂。1753年(宝暦3年)の建立とされています。(滋賀県の有形文化財)

観月舞台。1849年(嘉永3年)の建立とされています。琵琶湖を眼前に見通すことのできる位置にあり、観月のための好適な場所でした。(滋賀県の有形文化財)

その同じ場所から、現在も琵琶湖が見えます。

⑪西国十四番札所観音堂。ようやく観音堂にたどり着きました。現在の堂は、1689年(元禄2年)に再建されたものといわれています。(滋賀県の有形文化財)

観音堂前は広場になっています。下の写真の左奥に見えるのが、観月堂です。右に見える建物は売店です。三井寺の境内での売店は、ここだけです。

食べてみたいと思っていた、「三井寺力餅」がありました。5本入りで540円です。創業明治二年ですよ。^^

このお餅について、お店の方が、とても丁寧に説明してくださいました。賞味期間はわずか二日だけど、5本くらいぺろりと食べられます。柔らかくておいしいですよ、と…。


お店の方と、つい話し込んでしまいました。^^
前日までは、連休で、
たいへんな人出だったそうです。
そして、連休が終わった今日は、
また、人影がほとんどないお寺に
戻ってしまったと…。


さらに、
「展望台には、行かれましたか?
 石段を上がってすぐですからね。
 眺めがいいですから、
 ぜひ見て行ってくださいね。

と、教えてくださいました。


三井寺に、展望台があるなんて、
パンフレットには書いてありません。
知らずに帰ってしまうところでした。
早速、展望台へと続く、
石段をあがってみました。


わあ…

がんばって、2時間歩き続けた、ごほうびです。^^


私の後ろ、向かって左に並んでいるのが、
百体堂と観月堂です。
古の人々は、この観月堂から、
美しい月と琵琶湖を眺めました…。
今、その観月堂よりもさらに高い場所から、
琵琶湖を臨んでいます。
すがすがしい眺めでした。


(つづく)

コロナでも滋賀県。湖の国(うみのくに)を歩く、3泊4日のおトク旅 10 - 三井寺③(2020年9月23日/2日め)

2020年9月23日 三井寺・唐院で。


9月23日


回転式の、巨大な八角輪蔵に驚いたあとは、
8番めのスポット、唐院へと歩きました。


【唐院】
三井寺(園城寺)を開いた、智証大師円珍の廟所です。円珍が唐から持ち帰った経巻法具などを納めているため、「唐院」と名付けられました。(重要文化財)


ここには、大師堂、潅頂堂、三重塔など、
多数の見どころが集結しています。
すべて、重要文化財です。


⑧唐院 この門の向こう側に、厳かな世界が広がっています。

四脚門。1624年(寛永元年)に建立されました。

塀ごしに、三重塔が見えます。

四脚門をくぐると、三重塔が優雅な姿で出迎えてくれました。室町時代の建築物です。


【三重塔】
奈良の比曽寺(ひそでら・現世尊寺)にあったのですが、豊臣秀吉によって伏見城に移築されました。その後、1601年(慶長6年)、徳川家康が三井寺に移築しました。一層目の須弥壇には、木造・釈迦三尊像が 安置されています。


そして、三重塔の隣りにあるのが、潅頂堂です。


【潅頂堂】
密教儀式の道場で、背後の大師堂には智証大師像二躯(国宝)と黄不動尊立像(重文)が祀られています。1238年(嘉禎4年)7月11日、鎌倉幕府三代執権の北条泰時が、一切経五千余巻を灌頂堂に納めるために参拝しました。この一切経は、北条政子の十三回忌にあたって書写したもので、7月11日は政子の命日でした。


潅頂堂

潅頂堂のさらに隣りに見えているのが、長日護摩堂です。

長日護摩堂。後水尾天皇(在位1611~1629)の祈願によって建てられたと伝えられています。 

大師堂。(画像をお借りしました。)
長日護摩堂の後ろにあるのですが、柵があり、ここから先には入れないため、見ることができませんでした。二体の智証大師像(中尊大師・御骨大師)と黄不動尊立像の 三体が安置されているそうです。

訪れる人がほとんどなく、「三井寺貸し切り」状態でした。

⑨微妙寺。三井寺の五別所の一つです。本尊は十一面観音立像で、重要文化財に指定されていますが、通常は秘仏となっています。

弁慶の力餅を売る茶店がありましたが、休業中でした。

衆宝観音。三十三観音の一つです。衆宝とは、人が求める財宝のことです。この観音を信仰すれば財宝がたまり、福徳を授けられ、出世がかなうと言われています。

⑩毘沙門堂。1616年に建立されたもので、戦後の修理に際して現在地に移築されました。

内部には、文様などが彩色で描かれており、桃山建築の系譜を受け継いでいます。


ここまでで、
すでに一時間は歩いています。😂😂
ちょっと疲れてきましたが、
がんばって歩きます。
あともう少しです。^^


(つづく)