やっぱりイタリア 12日間 42 - レオナルド・ダ・ヴィンチ記念国立科学技術博物館⑥ 鉄道輸送と航空輸送(2026年2月8日/3日め)

2026年2月8日 レオナルド・ダ・ヴィンチ記念国立科学技術博物館で。(イタリア・ミラノ)
2月8日(日)- 3日め
レオナルド・ダ・ヴィンチ
記念国立科学技術博物館
に来ています。
レオナルド・ダ・ヴィンチ・ギャラリー
のあとは、夫婦別行動になりました。
待ち合わせの時間を、多動夫は
「60分後。」
と言いましたが、すかさずMIYOが、
「50分後。」
と。🤣
それでも、待ち合わせの時間は
午後1時半になってしまいます。
(しつこいようですが、
まだお昼ごはんを食べていません。)
博物館を出て、ランチのお店に入るころには、
午後2時を過ぎていることでしょう。
思い返してみると、
「旅が楽しいと食事を忘れる。」…という、
夫のおかしな特性に気づかなかった頃は、
ずいぶんひどい目に遭いました。😔
忘れもしない、2018年の香港・マカオ。
夫について、マカオの街を
朝から延々と歩き続け、
何十軒ものレストランの前を通り過ぎようと、
夫の目には入らない…。
ようやくの思いで、
「あの…。もう4時半なんだけど。
今日は、まだお昼ごはん食べてないんだけど。」
と言うと、夫は、
「あっ。」
とひとこと。
マカオを歩くのが楽しすぎて、
食事することを忘れていたそうです。😔
それでようやくレストランを探したのですが、
結局、その日のお昼ごはんを食べたのは、
夕方5時を過ぎてからでした。
こういうのはもう、
「正常な人間の楽しい旅行」
ではないと思います。
修行ですよ、修行。
よくいますよね。
遊ぶのに夢中で、ごはん食べるのも忘れて、
遊び続ける子ども。
夫の脳は、60歳になっても
子ども時代のままでした…。
夫がマカオで、
「妻は空腹なのではないか。」
という気遣いすらなく、
好きな街歩きに没頭して、
夕方まで歩き続けた…、
という記憶は強烈で、
あれから8年たっても忘れられません。
(っていうか、どうしてそれまで、
夫のこんな特性に気づかなかったのか。→自分🙄)
それまでも、旅行中に、
ごはん抜きになってしまうことが多く、
そのたびにMIYOが怒っていたのですが、
今思うと時間のムダでした。
「夫にごはんのことを考えさせるのはムリ。」
と見極め、夫が食事を気にするなどと、
はじめから期待していなければよかったと…。
(ってか、夫以外の人と旅行すればいいだけかも。爆)
以来、旅行中の食事については、常に私が、
「今日はいつランチにするつもり?」
「そのスケジュールには、
食事する時間は入ってないよね?」
などと、チェックを入れるようにしています。
(でないと、MIYO家の旅行は毎日、「ごはん抜き」になるかも。)
そんなこんなで、ダ・ヴィンチ博物館。
ランチの時間を遅らせて、
ようやくゲットした50分を有効活用するべく、
夫は、あっという間にどこかへ消え去りました。
やれやれ…。
で、夫が向かったのは、
鉄道輸送(Rail Transport)
の展示場でした。
ここからは、ほとんど、
夫が撮った写真になります。
これまでは、この建物の中をウロウロしていたのですが…、

「鉄道輸送」エリアは、本館を出て、
出口へと向かう途中にあります。
屋外の広いエリアに、
1900E430機関車から Gr552蒸気機関車まで、
4つのプラットフォームを設けてあり、
各種車両が展示してあります。
「鉄道輸送」エリアです。5本のレールが敷かれていて、いくつもの車両がびっしりと格納されていました。




イタリア最大かつ最強の蒸気機関車と言われた、746.031。

【746.031】
展示されているのは、イタリア最大かつ最強と言われた蒸気機関車です。第二次世界大戦後に電気機関車が導入されるまで、
シチリア島行きの長距離特急列車
ミラノからバーリ、タラントを結ぶレバント・エクスプレス
などで、もっとも重量のある列車を牽引していました。
最大の特長は、1930年代に採用された、大型で効率的なボイラーです。これにより、イタリア最速の691型機関車が誕生しました。
746型機は、その後、イタリアの主要路線の一部で1957年まで運用され、最終的に、地方路線でその生涯を終えました。
250.05

【250.05】
ドイツのエミール・ケスラー工場の設計に基づき、サロンノにあるコストルツィオーニ・エレットロ・メカニケ社によって2両製造されたもののひとつです。電気機関車が導入された1952年に、運用を終えました。
展示場は、イタリアの一般の鉄道駅そっくりに造られており、このまま乗車して出発できるんじゃないかと思えてきます。笑

これは帰り際に撮った一枚。MIYOがひとりでのんびりと見ていたら、たまたま多動夫と会ってしまいました。(同じところを何回もウロウロする人なので、こういうこともある。笑)

つづいて、
航空輸送(Air Transport)
のエリアへ。
航空機だらけです。

Macchi MC 205 V(1943年)

【Macchi MC 205 V】
マッキ空軍が製造したMacchi MC 205 Veltro は、第二次世界大戦中に使用されたイタリア製航空機の中の最高傑作でした。1474馬力のエンジンが搭載され、さらに2台の機関銃と2台の大砲が備えられていました。試作機の初飛行は1942年で、1943年に実戦投入されました。休戦後、残存していた66機のうち数機はイタリア空軍に配備され、連合軍と共に使用されました。残りはイタリア空軍の航空部隊で、北部都市の防衛にあたりました。
「Veltro」は、ダンテの神曲で、イタリアを救う猟犬の名前です。飛行機の胴体に記載されている言葉「矢をつがえ、狙い撃つ」は、現在も第1航空旅団特別部隊によって使用されています。
夫、うれしかったようで撮りまくってます。





エンリコ・フォルラリーニの実験的ヘリコプター。(1877年)
民間用に製造された、初のヘリコプターです。エンジンの力によって飛ぶことができる、史上初のオブジェでした。無人機であり、軽量な蒸気エンジンが搭載され、1本の軸に逆回りするプロペラがついています。1877年、技術者、エンジニア、愛好家に紹介されたこのヘリコプターは、およそ13メートルの高さまで飛ぶことができ、20秒近く、空中に浮いたあと、出発地点までゆっくりと降りました。

隣りの海軍輸送エリアには、こんなものもありました。対空砲です。(1935年)

【アンサルド 90/50 対空砲】
この対空砲は、他の9門と共にイタリア戦艦アンドレア・ドリアに搭載されていました。波の動きに基づいて射撃を自動的に調整できる電子システムを導入した、革新的なものでした。しかし、当時の技術ノウハウが不十分であったため、このシステムは頻繁に故障しました。
次回は、
海軍輸送(Naval Transport)
のエリアを歩きます。
(つづく)