やっぱりイタリア 12日間 40 - レオナルド・ダ・ヴィンチ記念国立科学技術博物館④ レオナルド・ダ・ヴィンチ理想都市(2026年2月8日/3日め)

2026年2月8日 レオナルド・ダ・ヴィンチ記念国立科学技術博物館で。(イタリア・ミラノ)
2月8日(日)- 3日め
レオナルド・ダ・ヴィンチ
記念国立科学技術博物館
に来ています。
レオナルド・ダ・ヴィンチ・ギャラリーで、
次の展示室にあったのは、
ダ・ヴィンチが構想した、
理想都市の模型でした。
【レオナルド・ダ・ヴィンチ理想都市】
15世紀末のミラノでは、ペスト禍により人口の数分の一が失われました。この惨状を目の当たりにし、レオナルド・ダ・ヴィンチは、「感染症から身を守る理想都市」を構想しました。それは、衛生的な観点から様々な工夫が加えられた立体都市であり、近代の都市計画を先取りした画期的な都市構想でした。
20世紀半ばになり、ミラノでダ・ヴィンチを記念した博物館が設立される際、アルベルト・マリオ・ソルダティーニという人物が、レオナルドの断片的なスケッチやテキストを読み込み、彼の構想を、ひとつの巨大な木製模型としてつくりあげました。現在のレオナルド・ダ・ヴィンチ記念国立科学技術博物館には、その木製模型が展示されています。
レオナルド・ダ・ヴィンチ理想都市模型です。

ダ・ヴィンチが残したスケッチ。上の模型のどの部分か、わかりますでしょうか。

ここです。😊

このスケッチは…、

たぶんこれですね。^^

これが難しかったのですが、図の下半分に描かれているのは、おそらく、橋と川面に映る建物です。

おそらく、この部分ではないかと。😊

ダ・ヴィンチのスケッチを眺め、
次は模型の中で
再現されている部分を探しだし、
両方を比べてみるというのは、
とても楽しい作業でした。
(こんなことやってるから、
いくら時間があっても足りなくなるんですけど。😓)
模型のひとつひとつが面白くて、つい見入ってしまいました。

模型の後ろの壁には、理想都市をめぐる様々な映像が映しだされていました。これは、中世イタリアの理想都市と言われるウルビーノにある、ドゥカーレ宮殿です。

続いて、1500年ごろのフェラーラ(Ferrara)やモデーナ(Modena)を元に描かれた立面図が映し出されていました。

図の右側にある塔(ドゥオーモ)は、現在のモデーナで、今も見ることができます。(Visit Modenaより)

そして立面図に描かれたフェラーラの街並みは、500年以上経過した現在のフェラーラでも、その面影を残しています。(Visit Ferraraより)

理想都市模型の隣りには、
ミラノ大聖堂(ドゥオーモ)の模型も
展示されていました。
前日訪れたばかりなので、見ただけでうれしくなりました。

【ミラノ大聖堂とレオナルド・ダ・ヴィンチ】
レオナルド・ダ・ヴィンチは、ミラノ大聖堂の設計にも関わっています。
ミラノ大聖堂は、約600年もの歳月をかけて完成した世界最大級のゴシック建築物であり、ミラノの象徴です。その建設は1386年に始まりました。特に、建物の主尖塔であるティブリオの設計には、15世紀末の建築家や芸術家たちが参加し、その中にレオナルド・ダ・ヴィンチも含まれていました。彼は1480年代に行われた設計コンペに案を提出し、4本の柱をメインに12本の柱に重荷を分散させるという構想を示しました。が、彼の案が最終的に採用されることはありませんでした。にもかかわらず、その後の設計には、レオナルドのアイデアが影響を与えた可能性があります。
これは横から見たところ。ひときわ高い主尖塔の内側に主祭壇があるのですが、その天井部分にある円蓋(ドーム)のことをティブリオと言います。

エレベーターに乗ったのはこのあたりかな…。

「これこれ。この屋上テラスを、昨日歩いたんだよね!」と、夫と顔を見合わせました。😊

手前は、ダ・ヴィンチが残したスケッチ。

ダ・ヴィンチのスケッチには、あの美しい「飛梁」が描かれていました。

ミラノ大聖堂の飛梁です。

ダ・ヴィンチの次のスケッチは要塞です。半円形突出部を有する外壁(Curtain wall with semicircular salients)。

外壁は、敵の砲撃をそらすために急傾斜しています。半円形の突出部も、衝突の力に耐えるように設計されており、ダ・ヴィンチが弾道学に関する最新の研究を活用していたことがわかります。

半円形の突出部は、城塞全体に応用されました。




ダ・ヴィンチのスケッチとその再現は、
あともう少し続きます。

(つづく)