34年ぶりのラオス、そしてタイへ。歩き続けた12日間 24 - メコン川クルーズ② カラオケ大会とハナキリン(2025年3月15日/2日め)

2025年3月15日 メコン川を眺めながら歩きました。(ラオス・ルアンパバーン)
3月15日(土)- 2日め
思いがけず、メコン川で船に乗ってしまいました。
一時間にわたって、黙々と船を操縦してくれたオニイサン。

川の真ん中あたりを、川上に向かって、船はゆったりと進んでいます。

「この川のずっと向こうに、中国があるんだよな…。」と夫が言いました。

川上からやってくる小船とすれ違いました。この船にも、お坊様が乗っているようです。

水上や川べりに建てられた家々。高床式です。

川上に向かって、30分以上進んだ後、
船はUターンして、元来た方向へ。
出発地点に戻るようです。
このとき、遠くの方で大きな船が見えました。

屋根付きの大型船です。カーテンで飾られていて、中で食事をしているようです。ランチクルーズですね。^^

実は、同じような船に、何度かすれ違いました。
彼らは、食事しながら、
大カラオケ大会をやっていて、その大音響は、
遠く離れた私たちの船にまで聞こえてきます。
中国語の歌でした。
夫「ラオスまで来て、メコン川でクルーズしながら、
メシ食ってカラオケやるのか?」
み「楽しければいいんじゃないの?
日本人だって、隅田川の屋形船に乗って、
中で宴会するんだから、同じだよ。」
夫「そういえばそうだな…。」
似たようなカラオケ船には、何回も出会いました。
その中の一隻が係留されていた船着き場が見えました。階段を上がった先には、おびただしい数の観光バスが並んでいます。

そうか。
さっき、ワット・シェントーンで見た、
中国からの大旅行団の人々だ…。
と気がつきました。
彼らは、寺から出るやいなや、
そのまま船に乗り、
大カラオケ宴会を楽しんでいたのです。
その宴会は、延々、
一時間以上にわたって続いていました。
多分、お寺の見学はそれなりで、
むしろ、この船上カラオケ宴会の方が、
今日のメインイベントなんだろうなあ…。😊
旅の仕方は、ほんと、人それぞれです。
なんてことを考えているうちに、オニイサンの先に、船着き場が見えました。これで、クルーズが終わるようです。

階段の上の道路際にずらりと並んだ観光バス。20台くらいありました。すべて、中国旅行団のバスです。

オニイサンが船をつないでいるときに、ふと右側の船を見たら、中の人が釣りをしていました。今夜のおかずになるのでしょうか。ムシも魚もタダで手に入って、ラオスの人々は、食うに困らないのかも…、なんて思いました。^^

私たちが乗ったのは、いちばん奥の白い屋根の船です。出発したときと同じように、隣りの船に飛び移りながら、岸に上がりました。^^

約1時間のメコン川クルーズ。
貸切船でのゆったり遊覧は、
岸に住む人々の暮らしも垣間見えて、
とても楽しかったです。^^
道路際に停まっていた、中国大旅行団の車を数えながら歩きました。笑

宴会を終え、先に戻ってきた人たちでしょうか。ヤシの実を買っていました。

大声で話しながら歩き、
よく食べ、よく歌い、町を闊歩する。
中国人のパワーは、すごいなあ…。😐
日本から、飛行機を乗り継いで、
はるばるやって来た私たちと、
中国から、列車で数時間の旅を
手軽に楽しんでいる彼ら。
そりゃあ、気持ちの持ち方は変わりますよね。^^
…ということで、オニイサンに代金を払って、
再び歩き始めました。
歩きながら、夫はいつも、草花の写真を撮ります。大きなハイビスカスが咲いていました。

インドシクンシ。熱帯系の花だそうですが、線香花火みたいですね。

おや、夫が撮っていたこの花には、見覚えがあります。小さい頃、自宅の玄関前に、この花がありました。なつかしい。^^

ネットで調べてみました。ハナキリン、というそうです。

【ハナキリン】
マダガスカル原産のトウダイグサ科の低木。茎が多肉で棘が密生します。サボテンに似ており、花が美しいので、観賞用に栽培されます。キリストが処刑の際にかぶせられた茨の冠がこの植物だったとの説もあります。
み「これね。小さい頃、家の玄関前にあったよ。
ずっと忘れてたけど、これを見て思い出した。
ハナキリンって言うんだ、ふうん…。」
夫「熱帯系の植物なんだけどね。」
み「ウチは愛媛だからね。
わりと暖かいし、気候が合っていたのかも。
熱帯じゃないけど。笑」
植木鉢のハナキリンを、母が育てていたのは、
もう50年以上前の話です。
当時は、まだ珍しかったのではないかと思います。
どちらかというと地味な花で、棘もあるし、
あまり好きな植物ではありませんでした。
けれど母は、どうしてわざわざ、
これを買ってきて、玄関先に置いたのか。
いきさつを聞いてみたい気もしました。
その母も、もう10年前に亡くなったので、
今では知る術もありませんが。
あの花の植木鉢は、
今も実家の庭にあるのだろうか。
…などと考えながら、川べりを歩き続けました。
(つづく)