トキメキのトルコ。走り続けた10日間 37 - カッパドキア:カイマクール地下都市①(2025年1月12日/4日め)
(2025/03/28 17:00記)

2025年1月12日 カイマクール地下都市で。(トルコ・カッパドキア)
1月12日(日)- 4日め
奇岩群が続く、カッパドキアに来ています。

この日の午前中は、ギョレメの野外博物館を見学しました。
ギョレメの日記はこちらです。
トキメキのトルコ。走り続けた10日間 25 - カッパドキア:ギョレメ野外博物館① 女子修道院と聖バジル礼拝堂(2025年1月12日/4日め)

そしてランチのあとは、そのギョレメから南へ、
さらに25kmほど移動しました。
バスで移動中も、窓の外には奇岩群が見えます。^^

こんな景色の中を、バスで走って走って…、

とにかく走って…、

14:30に、カイマクール地下都市に到着しました。奥に見えている近代的な建物が、地下都市の入り口になっています。

建物の入り口にあった、世界遺産のマーク。

【カイマクール地下都市】
地上は、特に特徴のない農村なのですが、地下には、まるで蟻の巣が張り巡らされたような地下都市が広がっており、世界遺産「ギョレメ国立公園およびカッパドキアの岩石遺跡」の構成資産の一つとなっています。建造された年代に関しては不明ではあるものの、おもにビザンチン帝国時代にアラブ人の脅威から逃れるため、キリスト教徒が利用していた跡が残ってます。
カッパドキアは凝灰岩の台地であるため、峡谷や谷間に住む人々は、横方向に岩を穿(うが)ち、岩窟教会や洞窟住居を造りました。また、下方向にも掘りすすめ、柱なしで地下室を造ることができました。さらに人々は、地下室をつなぐ通路を作り、地下室の下にさらに地下室を造るなどして、地下空間を広げていきました。その結果、カッパドキアの地中には、町と言ってもいい規模の地下都市が造り出されました。洞窟内には、教会はもちろん、ワイナリーや貯蔵庫、学校などが存在していました。この地下都市に、最盛期には最大で2万人もの人々が生活していたと見られていますが、その存在はいつしか忘れ去られ、貯蔵室や納屋として使用されていました。しかし近年になって、地下45メートルまでにおよぶ、広範囲の地下都市が発見され、地下8階まで掘り進められていたことがわかりました。現在は、カッパドキアの観光地化によって、人気のスポットとなっています。
これがカイマクール地下都市の内部です。

まずはガイドさんの説明を聞きます。「内部には細い通路が迷路のように広がっていて、ひとりで迷い込むと戻れなくなるので、絶対に列から離れないように」「天井が低いので、頭をぶつけないように気をつけて」などの注意がありました。

そしてガイドさんが先頭になり、一同が一列になって、狭い通路の奥へと歩き始めました。

少し進むと、広い空間に出ました。ここはワイナリーだったところだそうです。

壁にたくさんの穴があるのですが、なんのために造られたのかは不明だとか。

さらに進むと、いくつもの部屋に仕切られた空間がありました。ここで人々が生活していたようです。

今度は階段を上がって、ひとつ上の層へ。

細い通路の両側に、いくつもの部屋が造られています。

床に造られた丸い穴には、鍋を置いていたのではないか、とのこと。


続いて、少し広い空間がありました。ここは教会だったところです。

何層にもわたって造られた地下都市。天井は低く、MIYOはまあまあ大丈夫でしたが、夫の身長だとぎりぎりだったようで、頭をぶつけそうなところがたくさんありました。

次回は、カイマクール地下都市を、
さらに奥へと歩いていきます。
(つづく)