4回めの台湾。台北から新竹へ 8 - 台湾総統府② 台湾銀行、辰野式と八角亭(2024年12月9日/2日め)

2024年12月9日 台湾総統府で。
12月9日(月)- 2日め
台湾の最高統治機関である、
台湾総統府に来ています。
台湾を代表する官庁建築であり、
赤れんがと花こう岩を混用して造られた、
重厚感のある建物です。
台湾総統府は、1919年、日本統治時代に、総督府として建てられた建物でした。築100年を超えた今も、台湾の政治の中心となっています。

現在は、台湾総統府として利用されていますが、
実は、この内部を見学することができます。
(月曜から金曜。無料です。)
【台湾割譲から総統府開放までの経緯】
日清戦争の結果、台湾は清国から日本に割譲され、半世紀にわたってその統治下に置かれました。この時期の最高統治機関の庁舎として1919年に建てられたのが、台湾総督府でした。西洋式建築で、赤煉瓦の壁面に白い石を巡らせるスタイルは、建築家の辰野金吾が得意としていたことから、「辰野式」と呼ばれています。台湾民主化以降は、「みんなの総統府」という理念に基づき、建物の一部が開放されており、台湾と総統府の歴史に関する資料が展示されています。2016年以降の展示テーマは「Power to the people」で、台湾の民主、自由の価値観の堅持が、世界各国と対話を可能にし、「台湾と世界をつなげる」ことを表現しています。
ちなみに、台湾総督府を設計したのは、
森山松之助と長野宇平治(うへいじ)。
両名とも、辰野金吾の弟子でした。
日本近代建築の父と言われる、辰野金吾。
その生涯で、200以上の建築物を
手掛けたと言われており、
現在も残っているものの多くは、
重要文化財に指定されています。
彼の作品の代表的なものは、
1914年に竣工した「中央停車場」。
現在の東京駅(赤レンガ駅舎)です。
丸ビル5階にある「EX Marunouchi」(モダンスパニッシュレストラン)で食事したときに撮りました。丸ビルの中には、こんな風景を一望できるテラスがあり、デートに最適です。笑(2023年2月27日)

東京駅の天井。「象印食堂」で食事した帰りに、あまりに美しくて撮りました。このときは、辰野氏の作品だったとは知りませんでした。(2023年9月4日)

このほかにも、日本銀行本店 本館も、
彼が手掛けたものとして知られています。
実は、以前にもこのブログで、
彼の作品をご紹介したことがあります。
日本銀行旧小樽支店です。
このときの日記です。
無料で行けた札幌。美味しいものを食べ歩いた3日間 7 - 「おたる政寿司」でお昼ごはん①(2023年11月30日/3日め)

北海道の金融拠点を支えたレトロな洋館は、
現在は金融資料館として運営されています。
こうして見ると、
どれもテイストが似ているし、
台湾総統府が「辰野式」と言われるのも
うなずけます。
ですが、辰野金吾の流れを汲んだ作品を、
ここ台湾でも見ることができるとは、
思ってもみませんでした。^^
ワクワクしながら、正面の車寄せの前まで行ってみたのですが…。

さすがに、台湾総統府。
銃を構えた兵士が守っており、
「見学者は裏に回ってね。^^」
と教えてくれました。😅
総統府の周囲をぐるりと歩きながら、
裏側にまわったのですが…。
その途中で見た建物も、
みごたえのあるものでした。
こちらも美しいデザイン。総統府のすぐ隣りにある、台湾銀行 (旧 台湾銀行本店)です。

この建物は、木村拓哉主演のテレビドラマ「華麗なる一族」(2007年)のロケ地になりました。

中央に、「台湾銀行」の文字が読めます。


【台湾銀行】
日本統治時代の1897年(明治30年)に公布された「台湾銀行法」によって、1899年(明治32年)に設置されました。台湾の貨幣の発行権を持つ特殊銀行であるとともに、日本統治下の台湾における、最大の商業銀行でした。創立時の資本金は500万円でしたが、数度の増資を経て最終的には6000万円に達しました。
第二次世界大戦後の1946年(昭和21年)に、日本統治時代の台湾銀行に台湾貯蓄銀行・三和銀行の台湾内での店舗網を統合して、新生「台湾銀行」が設立されました。設立時は省営でしたが、その後財務部全額出資の国営となり、台湾最大の商業銀行となっています。
台湾銀行本店建物に隣接する旧帝国生命・台北支店ビルには、「台湾銀行文物館」が設けられています。旧台湾銀行時代から今日までの文献、紙幣・貨幣・印刷機等が展示されています。
台湾銀行の隣りにも、堂々たる建物が続いていました。

こんなふうに、あちこちをウロウロしながらも、ようやく総統府の裏側に到着。

この隅に、別の入り口が設けられており、
見学者はそこから入ります。
まずはパスポートをチェックされたり、
荷物を検査されたり…、
と、ものものしい雰囲気(←あたりまえ)。
写真が撮れるような気がしなかったので、
ここではなにも撮っていません。
入り口のチェックを抜けると、
ボランティアのガイドさんがやってきて、
各国語で注意事項を説明してくれます。
私たちには、日本語のガイドさんが、
「必ず、順路に従って歩いてください。
内部は、どこを撮ってもかまいません。」
などと教えてくれました。
ということで総統府の中に。ほっとして、ようやく撮った一枚がコレです。入り口にある、大きな照明。🤣

総統府1階部分の案内図です。中庭を囲むように設けられた回廊を一周しながら見学します。

見学コースとなっている回廊を進みました。

右側に並ぶアーチから中庭をのぞくと…、

総統府中央にそびえる中央塔楼(高さ約60m)が見えました。残念ながら、庭には入れません。

中庭に面した建物をよく見ると、庭に向かって突き出している部分があります。これを八角亭と呼びます。

【八角亭】
設計者の長野宇平治は、総統府建築の4つの角に、中庭に向かって突き出した箱型の構造(八角亭)を設計しました。これは、構造上耐震性と建物の安定性を強化する役割を持っています。また、当時の総督であった明石元二郎は、官員の執務室での喫煙を防止するため、これらの部屋を「喫煙室」として使用しました。当時すでに、「受動喫煙(二手煙)」の概念が存在していたことがうかがえます。
さらに八角亭には、ゴミ集積のためのダストシュートが設置されており、各階に、ゴミを投入するための赤い小窓が備えられていました。投入されたゴミは1階に集められ、処理される仕組みでした。(現在では使用されていません。)
右側に見えているのが八角亭です。上から見ると八角形になっており、館内の4か所に設けられています。

木の陰になって見えにくいのですが、左側に八角亭があります。庭の中に入れないのが、ほんとうに残念。

夫ががんばって、柵から身を乗り出して撮った一枚。笑

MIYOもがんばって撮ったけど、これがせいいっぱいでした。1階部分に並ぶアーチのデザインもすばらしい。^^

これは、出口に近くなったころに撮った一枚。ここからは、左右に八角亭が見えました。

台湾の歴史を、100年以上も見守ってきた総統府。民主化以降は、誰もが気軽に見学できる場所になりました。

(つづく)