トキメキのトルコ。走り続けた10日間 67 - エフェソス遺跡⑦ ハドリアヌスの神殿と公衆トイレ(2025年1月14日/6日め)
(2026/01/27 17:00記)

2025年1月14日 エフェソス遺跡・ハドリアヌスの神殿で。(トルコ・エフェソス)
1月14日(火)- 6日め
エフェソス遺跡に来ています。
ここまで、
マグネシアンゲート
ヴァリウスの浴場(Baths of Varius)
ブルテリオン/オデオン小劇場(The Odeion)
プリタネウム(市庁舎)
ステート・アゴラ(国営広場)(The State Agora)
ヘラクレスの門(Hercules Gate, Ephesus)
メミウスの碑(The Memmius Monument)
ポリオの泉(Fountain of Pollio )
ニケのレリーフ
トラヤヌスの泉
モザイクの歩道(テラスハウス)
スコラティスカの浴場
…と歩いてきました。
見どころがいっぱいのクレテス通り。

次はハドリアヌスの神殿です。スコラティスカの浴場のすぐ隣りにあります。

アーチ状の入り口と、その後方にある主要建造物から成る、記念碑的な建築です。

【ハドリアヌスの神殿】
クレテス通りにある遺跡の中でも、最も見事なものに挙げられる建物です。遅くとも138年までには完成していたと考えられています。当時、エフェソスはローマ帝国のアジア州に属しており、交易の要衝として繁栄していました。
「ローマ帝国の最盛期を築いた五賢帝」の一人であるハドリアヌスは、世界中を旅したことでも知られており、エフェソスも訪れています。建物に記されている碑文によると、神殿は、138年頃、皇帝ハドリアヌスに献上したものとされています。しかしながら、ハドリアヌスがエフェソスを視察したのは、123年と129年の2回と伝えられています。残念ながらハドリアヌスは、完成した姿を見ていなかったかもしれません。
神殿は、記念碑的意味合いのあるアーチ形の入り口と、その後方の小規模で剥き出しの主要建物から構成されています。

アーチ形の入り口(手前部分)には、コリント式柱頭の付いた4本の支柱があり、この支柱が、その上の三角の破風を支えていたと考えられています。残念ながら三角の破風はなくなっており、左右にその一部がわずかに残るのみです。

都市の女神ティーチェの胸像を施した、アーチ型の入り口(手前部分)と、それを支えるコリント式の支柱。アカンサスの葉の彫刻が美しいですね。^^

横木部分には、古典的図柄を用いた見事な装飾が施されています。さらに、奥の入り口の上部、半円形のレリーフには、花やアカンサスの葉に包まれた女性が描かれています。これは、見た者を石に変えてしまう怪物・メドゥーサではないかと推測されています。

メドゥーサのレリーフがある入り口の復元図。横木部分にも、細かい彫刻が施されていました。


ここまで歩いてきた、クレテス通りです。左が「ハドリアヌスの神殿」。

ここからは、通りを外れ、遺跡の奥へと歩きました。

碑文が残っていましたが、読めません。さすがに、グーグル先生でも読めませんでした。🤣

ハドリアヌスの神殿の裏側にあたる部分は、かつて街としてにぎわっていたエリアです。奥の方へとどんどん歩いていくと、なにかが見えてきました。あれはなんでしょう?

近くで見ると…。公衆トイレでした。個室のしきりはなく、みんなが並んで用を足したようです。

トイレの隣りに設けられていた側溝。ここには、手を洗うための上水が引かれていました。
エフェソスでは、ローマ帝国の影響により、浴場や泉、トイレ等、水に関する建築が発達していました。

ふたつめの公衆トイレ。こちらはさらに規模の大きいものでした。同時に20人以上が使用できたもよう。

左の3つは間隔が狭いのですが、これは子ども用でした。

下を水が流れる、水洗式だったそうです。

エリア内を歩きまわったあとは、再びクレテス通りに戻りました。

ここまで来ると、ケルスス図書館はもう目の前です。

さきほどは、クレテス通りのつきあたりに小さく見えていたケルスス図書館が…、

今や目の前ではありませんか。

いよいよ次はケルスス図書館だー。😊
…と思ったら、その前にまだ
見るべきところが残っていました。
クレテス通り、
ほんと、見どころが多すぎます。😅
(つづく)
これまでの日記はこちらにまとめてあります。