MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
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トキメキのトルコ。走り続けた10日間 59 - ヒエラポリス遺跡② パムッカレ温泉(アンティーク・プール)(2025年1月14日/6日め)

MIYO

(2026/01/19 17:00記)

2025年1月14日 ヒエラポリス遺跡の復元写真です。(トルコ・ヒエラポリス)


1月14日(火)- 6日め


限られた時間ではありましたが、

ヒエラポリス遺跡を歩き続けました。


事前に下調べもせず、地図も持たず、

(夫はわかっていたのかも、ですが🙄)

なにがなんだかわからないまま

歩き続けたので、今思うと、

ムダな動きが多かったかもしれません。


往時のヒエラポリスの復元図です。ビザンチン南門→パムッカレの石灰棚→南大浴場(ヒエラポリス博物館)→ニンファエウム…と歩き、メインストリートを横切って、劇場、プルートニオン、アポロ神殿が並ぶ丘のふもとまで歩きました。


こうして復元図を見てみると、

自然が作り上げた石灰棚の広大さに

あらためて驚きます。


そして現在は、荒涼とした土地に

遺跡が散らばっているような状態ですが、

往時は立派な都市であったことにも

感動します。


2000年を経て、今もヒエラポリスに横たわる石の数々。


劇場の手前で引き返し、

往路とは違う道を歩いてみました。


いくつもの柱が埋まったままの状態で、地中が露出しているところがありました。

柱の手前に埋められていたのは、パイプ状の石。すぐ近くに温泉があるので、このパイプの中を、温水が流れていたのかな…。


どうやら、

「温泉エリア」

に入ったようです。


この地では、現在も、

36度ほどの天然温水が湧き出ていて、

ローマ時代には、

「パムッカレ温泉」

として知られていました。

今で言う、「健康センター」でしょうか。

この温水プールは、今も存在しています。


人々の保養地となったことから、

ローマ時代のヒエラポリスは、

都市としてさらに栄えていきました。


【パムッカレ温泉(アンティーク・プール)】

ヒエラポリスは紀元前2世紀に築かれました。そしてローマ時代になると、温泉を中心とした、「健康センター」のような場所となり、さらに栄えました。ローマ時代には、15箇所以上もの温水プールが存在していたと言われています。

この温泉プールは今も存在しています。現在残っている「アンティーク・プール」は、プールの中に石柱が見られるという珍しい温水プールです。これは、7世紀に起きた地震によって沈んだ大理石の柱廊です。


現在も残っている、「アンティーク・プール」です。

水中に、たくさんの石柱が横たわっています。7世紀に起きた地震の際に水中に沈んだ大理石の柱廊が、そのままに残されています。😮

遺跡の中で、今も運営されている、「健康センター」。🤣🤣

売店、カフェなども併設されていて、まさしく「健康センター」ですね。😅


この温水プールは有料で、

誰でも利用できます。

とはいえ、わざわざプールに入って

石柱に触ってみようとか、

そんな時間の余裕はありません…。😓


残り時間は5分。集合場所まで走ります。

延々と続く水路が設けられた場所まで戻ってきました。

今も残る5本の石柱と水路。

温水が流れていた水路は、2000年前、ここに「保養都市」なるものがあったという名残り。都市が崩壊してしまった現在でも、この温水路だけは、くっきりと残っていました。

ヒエラポリス考古学博物館を通り過ぎて…、

再び、ビザンチン南門が見えてきました。

これは、南門の反対側。夫が撮ったこの写真が、ヒエラポリス遺跡の最後の一枚になりました。

いまここ。😓


結局、歩くことができたのは、

遺跡全体の半分以下だったかと…。

博物館で時間をとられましたが、

博物館に行かなかったとしても、

①から⑯までのスポットを

わずか1時間で全部見るというのは、

とうてい無理なことだったと思います。

もっと時間があったらなぁ…。

と、心残りがいっぱい。


けれどこの日の午後になって、

そんな気持ちはどこへやら…

なんてことが起こります。


なぜなら、このあとに私たちは、

エフェソス遺跡へと向かったからです。

そう。

世界遺産の、エフェソス遺跡です。


全然予習をしてこなかったMIYOは、

このときも、

「ん? それなに?🙄」

なんて思ってましたが、

着いてから腰をぬかすこととなりました。


ここまで書いただけでも、すでに、

丸一日観光し続けたような気がしますが、

実は、ほんの半日でしかありません。


朝7時半にホテルを出発し、

8時にパムッカレ・ヒエラポリスに到着。

懸命に遺跡を歩いたものの、

それらはすべて、午前中のできごと。


このあとバスは、

エフェソスに向かうのですが、

その前にレストランに寄りました。

ようやくお昼ごはんです。


(つづく)


(おまけ)


パムッカレのワンコたち。MIYOのパンを待っているところです。野良ワンコだけど、耳にチップが付いていて、みんな大事にされているようです。

トルコのワンコたちは、とてもかわいかった。😊

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