無理やりのインド。歩き続けた12日間 17 - クトゥブ・シャヒー・トゥームス⑥ ムハンマド・クリ・クトゥブ・シャー廟(2025年10月18日/2日め)

2025年10月18日 ムハンマド・クリ・クトゥブ・シャー廟で。(インド・ハイデラバード)
10月18日(土)
インド最大の墓廟群複合体である、
クトゥブ・シャヒー・トゥームス
(Qutb Shahi Tombs)
を歩いています。
ここまでに、
アブドゥッラー・クトゥブ・シャー廟
アブル・ハサン・クトゥブ・シャー廟(未完成)
ファティマ・スルタナ廟
司令官の墓
ハキムの墓
ハヤット・バクシュ・ベグム廟
スルタン・ムハンマド・クトゥブ・シャー廟
バディ・バオリ(階段井戸)
ハマム(霊安室)
を見てきました。
次は、ハマムを造った第5代王である、
ムハンマド・クリ・クトゥブ・シャー
の廟を訪ねます。
ハマムの中から、アーチ越しに見えているのが、ムハンマド・クリ・クトゥブ・シャー廟です。

ハマムから目指す廟までの間は広い庭園になっています。その庭園を横切るようにして、ムハンマド・クリ・クトゥブ・シャー廟まで歩きました。

ムハンマド・クリ・クトゥブ・シャー廟に到着。その向こう側にも廟が並んでいて、壮観な眺めです。

そのいちばん左端にあるのが、ムハンマド・クリ・クトゥブ・シャー廟。

歩くごとに廟がしだいに大きく見えてきて、ワクワクしてきました。

廟は、アーチが連なる基壇の上に造られています。

基壇です。後方に見える廟も美しいですね。^^

廟のすぐ前まで来ると、その向こうに、さらに4つの廟が並んでいるのがわかりました。その美しい光景に、言葉もありませんでした。

1860年代に撮影された同じ場所の写真です。右手前の建物がハマム、そして左奥がムハンマド・クリ・クトゥブ・シャー廟です。

上の写真は、スルタン・ムハンマド・クトゥブ・シャー廟から撮ったそうです。当時は樹木が少なく、遮るものがあまりないので、墓廟群がよく見渡せたようです。
スルタン・ムハンマド・クトゥブ・シャー廟の日記はこちらです。
無理やりのインド。歩き続けた12日間 16 - クトゥブ・シャヒー・トゥームス④ スルタン・ムハンマド・クトゥブ・シャー廟とバディ・バオリ

さて、階段を上がり、アーチが連なる基壇の上に行くと、目の前に、美しい廟がその姿を現しました。ここからは、廟の全体像を見ることができます。

ここでハルジャさんが、自分のスマホで写真を撮ってくださいました。さすがガイドさん。廟がいちばんきれいに見える場所を、よくご存じです。^^

他の墓廟群を率いるかのようにそびえる、ムハンマド・クリ・クトゥブ・シャー廟です。

【ムハンマド・クリ・クトゥブ・シャー】
(Muhammad Quli Qutb Shah, 1565-1612)
ゴルコンダ王国の第5代王でした。15歳で王位に就き、31年間統治しました。有能な行政官であり、彼の治世はクトゥブ・シャヒ王朝の最盛期であったと言われています。
彼は、クトゥブ・シャヒー・トゥームス内では、ハマムを造りましたが、そのほかに、「チャールミナール」を建設したことでも知られています。「チャールミナール」は今も残っており、その美しい姿は、ハイデラバードのシンボルとなっています。
ムハンマド・クリ・クトゥブ・シャーの肖像画と、彼が建設したチャールミナール。

4面には、それぞれ、凹んだ部分があり、その内側に5つの柱廊玄関が設けられています。その上部に厚いコーニスが精巧に作られています。さらにその上には、ミナレットで四角く囲まれた胸壁の欄干があります。そして、蓮の台座の上にドームが置かれています。
*コーニス(cornice):建物や壁の上部にある、水平な出っ張りです。装飾を凝らすと同時に、雨水から保護する役割を果たします。イタリア語の「cornice(コルニーチェ)」に由来しています。

年月を経て黒くなったドームの表面は、まるでビロードのように見え、重厚で優雅な風情を醸し出していました。

下から、装飾を凝らしたコーニス、ミナレットで四角く囲まれた胸壁の欄干、そして蓮の台座に鎮座するドームです。


第一層の各面に設けられている凹んだ部分。内部に5つの柱廊玄関があります。


ムハンマド・クリ・クトゥブ・シャー廟の、重厚でありながら、それでいて繊細な美しさに感動しました。

次回からは、この周囲に連なる廟を、駆け足で見て行きます。あともう一息、ラストスパートです。

いまここ。😊

(つづく)