MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは24歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。
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ベトナム家族旅行:
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34年ぶりのラオス、そしてタイへ。歩き続けた12日間 18 - ワット・シェントーン② 本堂 黄金の仏像(2025年3月15日/2日め)

MIYO

2025年3月15日 ワット・シェントーンの本堂で。(ラオス・ルアンパバーン)


3月15日(土)- 2日め


ルアンパバーンの世界遺産、

ワット・シェントーンに来ています。



霊柩車庫の次は、

いよいよ、境内の奥にある本堂へ。


広い境内を、本堂に向かって歩きました。


【本堂】

境内の中央に位置しています。幾層にも重なる屋根は、ルアンパバーン様式といわれ、大胆かつ優雅に湾曲しています。その傾斜は、ビエンチャンの寺院よりも緩く、東側に向かって3段、西側には1段の屋根が折り重なり、計9枚の屋根で構成されています。壁面は、宝石箱を思わせるように黒色に塗られ、伝説上の動物の絵が描かれています。背面の壁には、「マイ・トーン(黄金の木)」が装飾されています。これは、1960年代に地元の職人らによって制作されたもので、かつてこの地に立っていたとされる高さ160mの大木をモチーフとし、仏教に関する物語がモザイクで描かれています。北側の壁面には、ガネーシャの象の首が描かれています。これは堂内の水道管に繋がり、4月のビーマイ・ラーオ(ラオス正月)には、ここより流れ出る水を求めて多くの人たちが集まります。本堂周辺の木の根元には、トラなどの動物を模した像が置かれていますが、これらはラオスの寓話に登場するものといわれています。


複数の切妻屋根が重なり合いながら緩やかなカーブを描く姿は、ルアンパバーンスタイルと呼ばれています。屋根の下の部分は、地面に届きそうなほど低くせりだしています。

これは背面から撮った写真です。切妻の頂点にはチョーファーとよばれるエメラルドグリーンの棟飾りが5つあります。これは、聖鳥ガルーダの頭を模しています。また、屋根の中央にはドクソーファーとよばれる尖塔があります。

ドクソーファーです。17本の黄金の尖塔がそびえています。この尖塔の数が多いほど、格が高いお寺、ということになるのだそうです。

正面の入り口です。

入り口で靴を脱いで、本堂の中へ。

これは、34年前の同じ場所。入り口の奥に見える仏様は現在と同じですが、当時はライトがないため、内部は薄暗くなっています。また、壁面の装飾は塗り替えられ、レリーフそのものもかなり変更されているのがわかります。ちょっと残念。(1991年9月2日 夫34歳)

本堂内は、中央に円柱が並ぶ荘厳な雰囲気。祭壇には、黄金の仏像が鎮座しています。


34年前に、夫が撮った仏様。(1991年9月2日)

お供えの花飾り。

天井まで隙間なく施された内部の装飾も見ごたえがあります。34年前の写真と比べると、美しく修復されているのがわかります。

34年前の本堂を歩くMIYO。この当時は、靴を履いたままで中を歩くことができました。(1991年9月2日 MIYO34歳)


【本堂内部の装飾】

本堂の壁や柱は黒と朱色に塗り分けられ、いずれも金彩のステンシル画による緻密な絵で埋め尽くされています。描かれているのは、仏伝図や神々、天界の生き物、王の行軍などさまざま。切妻正面や扉には木彫も施されており、仏像や神像には穏やかで優しげな、ラオスならではのテイストを感じます。


本堂の北側で。新婚旅行でもないのに、おそろいの服を着てました!🤣🤣(1991年9月2日 32歳と34歳)


次回は、本堂の周囲を歩きながら、

美しく装飾された外壁を見ていきます。


いまここ。😊


(つづく)

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