定年でもベトナム。ハノイで始める、お仕事日記 164 - ホアロー収容所(2019年10月21日/51日め)
2019年10月21日 文廟の一つ目の門、「文廟門」です。
10月21日
文廟のあとは、本当なら、
タンロン城に行くはずなのですが、
あいにく、タンロン城は休館日です。
代わりに、夫の希望で、
ホアロー収容所に行くことにしました。
ホアロー収容所は、
1896年に開設された、監獄です。
当時のベトナムを統治していた、
フランスによって造られました。
最も多い時で、
2000人もの人を収容していたといいます。
以前、MIYOはひとりでここを訪れていて、
その際に詳しくご説明しているので、
ここでは、夫が撮った写真だけを、
さらっとご紹介します。
当時のホアロー収容所の全景。現在は、左上の部分がわずかに残されているのみです。現在、右半分には、「ハノイ・タワー」という高層ビルが建てられています。
フランスが造ったせいか、なんとなくおしゃれな、ビストロ風の入り口。
当時の写真。ベトナムの人々は、こんなふうにつながれていました。
実際の様子が、人形で再現されています。
下水溝。この水路を通って、多数のベトナム人が脱走し、レジスタンスに戻って行ったそうです。
フランス人が大好きな(?)、ギロチンも使われました。
さらし首にされたベトナムの人々。
抵抗運動に参加した多くの女性も、収容されました。
ベトナム戦争時の資料も展示されています。
ベトナム兵を殺し、笑顔を見せる米兵。胸がつぶれそうになる写真です。ホアロー収容所と共に、この国で起こったこととして、忘れてはならないことだと思います。
ここで亡くなった方々のための慰霊碑です。
以前、ホアロー収容所に行ったときの日記はこちらです。
午前中だけで、
ずいぶんいろいろと見てしまいました。
次はお昼ごはんなのですが、
その前に、車で、
夕食を予約してあるお店に寄ります。
私たちは、旅行の荷物を車に積んだままで、
市内を移動していました。
が、車による移動は、午前中だけです。
午後からは、車を使わない観光になり、
ドライバーさんと車は、
会社に帰ってしまいます。
なので、車の中で預かってもらっている荷物を、
引き取らなくてはいけません。
とはいえ、それを持ち歩いて市内を観光するのも
たいへんです。
なので、午後は、夕食をいただく予定のレストランで、
荷物を預かってもらう、というわけです。
夕食用にレストランを予約し、
日中、店内で荷物を預かってもらう、というのは、
JVTA社がよくやっていることなのですが、
これ、なかなかいいアイデアですよね。^^
途中で、タンロン城に寄りました。休館日でしたが、入り口の一部には入れます。なので、夫と長女のために、ローさんがわざわざ立ち寄ってくれました。
そして、夕食を予約してあるレストランに
荷物を預け、
おまちかねの、昼食です。
Pho 10 というお店です。
「行列ができるフォーの店」として、
ハノイでは有名な食堂です。
朝からずっといっしょだったドライバーさんと、
お店の前でお別れしました。
いよいよ、お昼ごはんです。
(つづく)