MIYO'S WEBSITE-全盲難聴のんたんの育児記録と卵巣ガンで思ったこと

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは24歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。

定年でもベトナム。ハノイで始める、お仕事日記 151 - お土産物市場③(2019年10月20日/50日め)

2019年10月20日 お土産物市場で。こんなお店が、何十軒も並んでいました。


10月20日


お土産物市場の奥にある、衣料品コーナー。
ひしめきあっている、「なんちゃって衣装」のお店を、
かきわけるように進んでいきました。
すると…。
ありました!
花モン族の衣装のお店です。^^


うわ~。花モン族のスカートが、たくさんぶらさがってる。笑

こちらのお店でも、花モン族のブルー系の衣装だけを売っていました。

花モン族衣装に見入る女性。サンデーマーケットでは、丈の短いスカートが主流でしたが、ロングドレスもすてきです。^^

花モン族のスカートばかりが、ずらりと並んでいました。

左側は花モン族衣装、右側はなんちゃって衣装です。

店番をしながら、刺繍に精を出す母娘がいました。

花モン族衣装専門店。ブルーの色調の美しさに魅かれます。


何十軒もの衣装屋さんは、
2種類に大別されます。
つまり、花モン族の衣装屋さんと、
なんちゃっての衣装屋さんです。


それぞれのお店の節度があるのでしょうか。
両方の衣装をごちゃまぜにして売っているお店は、
なかったように思います。


どちらのお店であっても、
買い物をしているのは、花モン族の女性です。
お土産物市場の敷地内にはあるのですが、
ここでは、観光客はほとんどみかけませんでした。
今では、この市場で販売されている衣装が、
花モン族の衣装文化を
支えているのかもしれません。


これまで私は、
「少数民族の衣装は、
 自分または母や祖母が手作りするもの」
と思い込んでいました。


ほんとうに、そうだったのです。
けれどいまでは、
少数民族が自分の衣装をお店で買う、
そんな時代になっているようです。


市場を出て、周囲の通りを歩いてみました。
ここでも、道路のあちこちで、
お店を開いている人々がいました。


野菜、穀物、ちまき、となんでも売っているようです。

路上で、布バッグを売る女性たち。

ここは普通の道路なのですが、市場のように賑わっていました。

子どもを背負っている女性の数も、日本に比べて、かなり多いように感じます。

どっちを向いても、花モン族が歩いています。^^

花モン族の美しい衣装を着た母親と、完璧になんちゃって衣装を着ている娘。これが、いまどきの花モン族の、普通の姿になっています。

大勢の人でにぎわう通りを歩いて、元の場所に戻りました。

集合場所になっていたレストランです。

ふう。やれやれ。さすがに疲れました。^^


レストランのテラス席で休憩する、MIYOと長女。
そのふたりを残して、夫はまたもや、
レストランを出て行ってしまいました。
「まだ15分くらいあるから、もう少し見てくる。」
のだそうです。


 はいはい。
 どうぞ、お好きなように…。


さすが、多動夫です。
かたときも、
じっとしてはいられない性分なのです。(苦笑)


(つづく)

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