MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは24歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。
ベトナム日記は、
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をご覧ください。
ベトナム家族旅行:
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小学生だったころの子どもたちの育児日記は、こちらです。
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定年でもベトナム。ハノイで始める、お仕事日記 88 - 旧家保存館「マー・マイ87番の家」②(2019年10月5日/35日め)

2019年10月5日 旧家保存館「マー・マイ87番の家」。イスの向かい側の扉を開け放つこと、イスに座ったままで、1階の中庭を見下ろすことができます。


10月5日


主が座ってくつろいでいたと思われる、
イスのある小部屋から、
さらにその隣りの部屋に入りました。


ここは、主夫婦の寝室です。
当時の家具がたくさん残っていて、
豊かな暮らしぶりがうかがえます。


入り口を入ると、左手に大きな寝台、その奥には飾り棚、右手には文机が見えます。

寝台の下部には、螺鈿と彫刻のい細かな装飾が施されています。


この部屋の奥の扉は、さらに、
2階の屋上部分へと続いています。


屋上部分から、寝室に向かって撮った写真です。寝室の隣りのイスのある小部屋、さらにその向こうの仏間まで、各部屋の扉を開け放つと、通路が一直線に続いています。

再び、仏間まで戻りました。ここから階段を降りて、次は1階を見てみましょう。

1階の入り口を入ってすぐのところには、
お土産物を並べてあり、
その先には、応接テーブルが置いてありました。
ここは、来館者が自由に座ることができます。


ベトナムで昔から伝わっている子どものおもちゃやゲームを、ここで体験することができます。遊び方は、ボランティアさんが教えてくれます。

子どもたちの昔のおもちゃ。売店で購入することもできます。

応接テーブルの隣りに中庭があり、その奥はリビングルームだったようです。家族の食事の部屋としても使われていたかもしれません。

なぜなら、この部屋のさらに奥、写真右手の扉の向こうに、台所を設置してあるからです。

台所です。

左から、ミニテーブル、粉ひきの臼、作業用のいす、水がめ、食器棚。そして、食器棚の裏側が、かまどになっています。

かまどです。

台所のさらに奥の部分です。左手に見えるのは、水をためる水槽と水がめ。ここは、水仕事をしたり、体を洗ったりするための場所でした。この奥に見えるのは、収納庫のための扉です。収納庫の左には小部屋があり、ここも倉庫でした。右にも小部屋があり、ここは現在はトイレになっています。

ひとりで館内をあちこち見ていたら、「説明しましょうか?」と英語で話しかけてくれた、ボランティアさん。大学で英語を勉強していて、英会話の練習のために、ボランティアをしているそうです。「旧家保存館」には、このような学生のボランティアさんが、常時、数名待機しているようでした。残念ながら、日本語のボランティアさんはいません。^^


博物館もいいですが、こんなふうに、
古い家具などがそのまま残っているような、
古い家屋を訪ねるのが、
MIYOは大好きです。^^


この「旧家保存館」では、
当時、この家に住んでいた方々の暮らしに
思いをはせながら、
自分のペースで、ゆっくりと、
家の内部を見てまわりました。


時間を気にすることなく、
当時の雰囲気に思う存分ひたることができた、
至福のひとときでした。


「旧家保存館」は、日本の普通のツアーでは、
まず、行くことはありません。
が、100年以上前の人々の生活に触れることができて、
見どころたっぷりの施設です。


旧市街の中心にあり、
タクシーでも簡単に行くことができます。
ほんのわずかでも、ハノイで時間が余ったら、
ぜひ、訪ねてみることをお勧めします。


(つづく)

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