34年ぶりのラオス、そしてタイへ。歩き続けた12日間 67 - タート・ルアン④ セーターティラート王像とホー・タマサパー(2025年3月18日/5日め)
2025年3月18日 セーターティラート王像と。(ラオス・ヴィエンチャン)
3月18日(火)- 5日め
ヴィエンチャンを代表する仏塔である、
タート・ルアンに来ています。
タート・ルアン広場で、思いがけず見つけてしまった、なつかしいスポット。
夫が34年前に撮った同じ場所。(1991年9月1日)
34年の歳月を経て、どこがどう違っているのか。
細かく見ていると、
まるで「まちがい探し」ゲームみたい。笑
仏塔を背にして置かれている像はセーターティラート王像だと、帰国後に調べて知りました。😅
【セーターティラート(Setthathirat)王/1534年-1572年】
ラーンサーン王国(ラオス)とラーンナータイ王国(タイ北部)の王でした。本来は、ラオス・ラーンサーン王朝の18代目の王でしたが、母親がラーンナータイ王朝の出であったので、後にラーンナータイ王朝の16代目の王も兼位するようになりました。これにより、ラーンナータイ王朝から多くの文化をラオスにもたらしました。
彼は、首都に煉瓦壁をめぐらせて防備し、エメラルド仏を安置するためのワット・プラケーオを建立して、都城の体裁を整えました。また、ヴィエンチャンの東北部には、仏像を安置するためのタート・ルアンを建立しました。
彼が首都ヴィエンチャンを建設した目的は、諸外国との貿易の要衝とすることでしたが、当時インドシナ半島の中央部を脅かしていたビルマに対して、戦略的要衝を建設することももくろんでいました。
*ワット・ホープラケオに行ったときの日記です。
34年ぶりのラオス、そしてタイへ。歩き続けた12日間 56 - ワット・シーサケット④ 中庭 と、ワット・ホープラケオ①(2025年3月17日/4日め)
破風の装飾が似ているなあ、と思って、並べてみました。^^
左:ワット・ホープラケオ(かつてエメラルド仏があった寺院)
右:タート・ルアン南寺院(ラオス仏教界最高位の僧が住む寺院)
在位中、多くの偉業を成し遂げた王でしたが、その後、ラーンナータイ王国がビルマに占領されると、ビルマ軍に捕えられ、殺されました。(享年38歳)
ここに王像があるのは、
「ラオスのために尽力した王」として、
国民から愛されているからなんですね…。^^
とりあえず、記念写真。笑
左:1991年9月1日(32歳と34歳)
右:2025年3月18日(65歳と67歳)
アホな写真で、スミマセン。😓
34年前は、柵の中に入ることができなかったのですが、現在は入り口が設けられており、像のすぐ近くまで行くことができます。
そのあともタート・ルアン広場を歩いていたら、すぐ隣りに、りっぱな建物を発見。ホー・タマサパー(Ho Thammasapha)です。仏教界の議事堂や書庫の役割を担っているようです。
屋根が描く美しい曲線は、ルアンパバーン様式。ドクソ-ファーの尖塔は5本。
時刻は、2時に近くなっていました。
本日も、「ごはん抜き」で、
観光を続行中です。
「早くしないと、ランチタイムが終わって、
お店が閉まっちゃうよ。」
とMIYOにせかされて、レストランへ。
タート・ルアンに来るとき、トゥクトゥクから見えた日本料理屋まで歩きました。YOROKOBI(よろこび)というお店です。
ここで、日本食を食べようと思っていました。
でも、店頭のメニューを見ると、
なんとなく気乗りしなくて、予定変更。
その後は、お昼ごはんを求めて、
付近をウロウロしました。
近くで見つけたコンビニに入ってみました。大量のおにぎりを発見。20000キップ(約140円)くらいです。ラオスの物価から考えると、あまりお安いとは言えないと思いますが、人気なのでしょうか。
やっぱり、こういうお店の方がおもしろそう。^^
ベトナムの生春巻きみたいなのが、5個セットになっていました。ひとつだけでいいんだけどな…。
巨大なコロッケのような物体。なんだろう…?
ひとつ買ってみればよかった…。
売っている食べ物を見るのが楽しくて、興味津々で写真に撮っているところを、夫に撮られてしまいました…。笑
ジュースはこんなふうにして売られていました。うーん、これはちょっと手が出ません。😓
ちなみにこちらは、ルアンパバーンの片隅で見つけた、小さな屋台カフェ。これは飲みたかったなあ…。多動夫がどんどん歩いていくので、結局、買えず終い。笑(2025年3月15日)
お昼ごはんを求めて、
さらに歩き続けました。
もう、2時を過ぎてるんですけどね…。😔
多動夫と歩くと、
大体いつも、こうなってしまいます。
(つづく)




















