MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは24歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。
ベトナム日記は、
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をご覧ください。
ベトナム家族旅行:
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小学生だったころの子どもたちの育児日記は、こちらです。
http://limings.sweet.coocan.jp/

骨折でも信州。8回めの須坂へ 19 - 田中本家博物館⑨ 秀吉の書状、組立玩具、コスメグッズ、婚礼衣装と料理、そして輪島へ(2024年10月17日/2日め)

2024年10月17日 チャリティ展示されていた、光琳水 吸物椀 高洲堂製(長野県須坂市・田中本家博物館)


10月17日(水)- 2日め


田中本家博物館を見学しています。


漆器のコーナーを通り過ぎると、
期間限定で展示されているものがあります。
羽柴(豊臣)秀吉の書状です。


この書状は、秀吉が弟の秀長にあてたもので、
原本であることが、2024年(令和6年)7月、
専門家によって確認されました。
掛け軸は、江戸時代に、
田中本家が入手したものだそうです。


【羽柴秀吉の書状】
軸装された書状で、2024年7月、東京大学史料編纂所の村井祐樹准教授による調査の結果、羽柴秀吉が弟の秀長にあてた書状の原本であると確認されました。村井准教授によると、花押は秀吉の直筆、文面は、右筆(書記役)が書いたものだそうです。書状は、1584年(天正12年)、織田信長の後継者争いをめぐって起きた小牧・長久手の戦いのさなか、戦況が膠着していた6月18日に出されたものでした


(東京大学村井祐樹淳教授による現代語訳)
昨日十七日の(秀長からの)書状と瀧川一益の(秀長あての)手紙を詳しく読んだ。(瀧川からは)私にも同じ内容の手紙が来ている。すぐにこちらからも兵を出し、黒田と一宮に放火させた。きっと煙が見えたのではないか。こちらには兵隊はいらない。秀吉(自分)は二十日をもってここを出発し、翌二十一日には、日野に到着する予定なので、そのつもりでいるように。お前も神戸城に着いたか? 舟関係については、油断なく手配することが重要である。追って申し付ける。


この時代に秀吉が書いたものは
ほとんど残っておらず、
大変貴重なものだそうです。


このあとは、田中本家に伝わる、
子どものおもちゃや雑貨のコーナーです。
おもちゃや雑貨については、
以前の日記で掲載しましたので、
ここではほんの少しだけ掲載します。
以前、掲載した日記です。
コロナでも雛旅。古(いにしえ)の雛を訪ねる、4泊5日の長野・岐阜・愛知 17 - 田中本家博物館 大正時代の室内遊び玩具(2021年3月27日/2日め) 


組立玩具 御座敷遊(明治時代)

今で言う、コスメボックスのようです。まったく使ってなかったのでは、と思うくらい、ピカピカです。😮

そしてこちらは、コスメポーチ。^^


いちばん最後のコーナーでは、
田中本家に伝わる、
婚礼衣装が展示されています。


1915年(大正4年)に挙げられた、田中田鶴さんと9代新十郎さんの婚礼の披露は一ヶ月にも及び、1000名余りの人々が招待されました。結婚式で使われた花嫁衣装は50点以上にのぼりましたが、そのすべてが、現在も
完全な形で保存されているそうです。
過去に展示されていた、美しい婚礼衣装はこちらです。
コロナでも雛旅。古(いにしえ)の雛を訪ねる、4泊5日の長野・岐阜・愛知 18 - 豪商の花嫁 伝来の婚礼衣裳(2021年3月27日/2日め)


婚礼衣装の手前には、
婚礼料理が再現されていました。


魴鮄(ほうぼう)、はんぺん、長芋、椎茸、鮃の小角切り、鮒雀焼、むき、香茸甘煮、焼鳥、慈姑(くわい)、五色玉子、鯛煮びたし


【信堅の婚礼料理】
1822年(文政5年)、田中信堅(のぶかた)の婚礼が執り行われました。それを記録した「信堅婚姻一色留」をもとに、当時の婚礼料理を写真と器で紹介しています。結婚を祝うおめでたい宴席と言うこともあり、めでたいに通じる「鯛」、多幸から「たこ」、鱚(きす)を「喜寿」と当て字するなど、縁起をかついだ食材が目立ちます。


鮒(ふな)のひらき、九年母、蒲鉾、鯛の焼き物、吸物(茗荷 結喜寿)、赤貝 独活、七品なます、八ツ頭、鱒あんかけ、魚でん、吸物(𩺊)

田中本家の子どもたちが着ていた着物です。


田中本家博物館の見学は、ここまでになります。
実はもうひとつ、
別のスペースがあるのですが、
今回そこでは、別の企画が行われていました。


「能登半島地震 復興支援 輪島塗 チャリティー販売」です。

「能登半島地震により、現在輪島塗は、産業としてなくなる瀬戸際まで追い詰められています。職人達は移住し、工房も機械もなく、漆器を生産することができないそうです。ここでは、輪島塗の現代工芸作家の作品を展示しました。輪島塗へ、少しでも思いを馳せていただければと思います。輪島塗の素晴らしさを肌で感じ、輪島再生へご協力をお願いいたします。」…とありました。


展示されている作品は、販売されており、
その売上金は、能登半島復興支援金として
寄付されるそうです。


島塗のチャリティー販売です。すばらしい作品が並んでいました。

筆蒔絵 盆 西塚栄治
参考販売価格 170000円/チャリティ価格 43000円(売約済)

光琳水 吸物椀 高洲堂製
参考販売価格 800000円/チャリティ価格 190000円

雪月花蒔絵 吸物椀 田崎昭一郎(紫綬褒章受章作家)


ほんとうは、
この吸物椀がお気に入りだったのですが…。
参考販売価格 600000円と…。😮
チャリティ価格として、
150000円になっていましたが…。😮😮😮


ふだん、なかなか見ることができない、
美しい輪島塗の品々を、
MIYO家では、ここで眺めて、
楽しませていただきました。😄


孔雀蒔絵 漆額 佐藤幸一(日展会員)


ガラスが反射してうまく撮れなかったので、
ネットから画像をお借りしました。


蒔絵になった孔雀の美しさに、目をみはりました。


参考販売価格 280000円
チャリティ価格 70000円
…だそうです。😅


この「孔雀蒔絵」。
いっしょに見学されていたご婦人が、
買っていかれました。


「娘の名前が、
 **語で『孔雀』という意味なんです。
 だから、娘にあげようと思って。」


そういう買い方もあるんだな…。
と思いました。
娘さんを思いながら、
輪島の蒔絵をお買い上げ。


なんてすてき。😊


(つづく)

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