MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは24歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。
ベトナム日記は、
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ベトナム家族旅行:
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全盲難聴・のんたんのGW日記 4 - 水陸両用バス「スカイダック」で水の中にダイブ!② 亀戸天神、亀戸梅屋敷、そして旧中川・川の駅へ(2023年5月1日/3日め)

2023年4月30日 水陸両用バス「スカイダック」に乗りました。(全盲難聴・のんたん 27歳)


5月1日(月)


水陸両用バス「スカイダック」は、
東京スカイツリーの前から出発しました。



バスは、渋滞することもなく、
下町界隈を快調に走っていきます。


くず餅の船橋屋さんの本店(左側)の前を通りました。古そうな建物です。


ガイドさんが、
「くず餅って、一年以上発酵させて作るのに、
 賞味期間は3日しかないんですよ。」
などと、おもしろい話をして、
笑わせてくれました。^^


亀戸天神社の前まで来ました。

「福地寫眞館」という、古そうな建物の前を通りました。創業1920年と書いてあります。すごい!^^ 現在の店主は3代目でいらっしゃるようです。


福地寫眞館の2階部分に設営された、
高いガラス窓が目をひきました。
その高さは、背後の居住部分の屋根よりも、
はるかに高くなっています。
これはおそらく、
太陽光をできるだけ取り込むためではないかと。
つまり、かつてはこの大きい窓の奥が、
写場(スタジオ)であったと思われます。^^


後ろにある居住部分を建設する際に、
おそらく、道路に面した部分だけを
残したのではないでしょうか。
店主の思い入れが伝わってきます。


札幌の旧広瀬写真館で、写場の屋根全体に、
ガラス窓をとりつけていたことを
思い出しました。


旧広瀬写真館です。北側の屋根全体が、ガラス窓(シングルスラント)になっていました。
コロナでもウポポイ3。札幌2週間ホテル暮らし 45 - 北海道開拓の村⑰(旧廣瀬写真館、旧札幌拓殖倉庫)(2021年11月6日/4日め) - MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。

写場です。屋根部分からの拡散光が、写場全体にいきわたるように設計されていました。

これが、シングルスラントです。


旧広瀬写真館が建てられたのは、1920年ごろ。
福地寫眞館が創業したのも、ほぼ同じ頃です。
照明器具が現在ほど十分でなかった時代。
写場では、
「自然光を利用しながら、
 いかに照明環境を整えるか」
が、重要な条件だったのでしょうね…。^^


バスは、亀戸梅屋敷の前を通ってどんどん進みます。(画像をお借りしました)


【亀戸梅屋敷】
平成25年に開館しました。亀戸の文化、歴史の魅力を味わえる複合商業施設です。亀戸の名産品や江戸切り子の販売店、寄席、カフェスペースなどが設けられており、イベントが開催される日は多くの人でにぎわいます。
江戸時代、亀戸の「清香庵」には、梅の見事な庭園がありました。その庭園に、地中に出たり入ったりするという不思議な梅があったそうです。評判を聞きつけた水戸光圀は、この木を「臥竜梅」と名付けました。また徳川吉宗も、「世継ぎの梅」と呼んだことから、江戸住民の間で話題となり、浮世絵師・歌川広重にも描かれるなど一世を風靡しました。そんな梅があったことから、「清香庵」は「梅屋敷」という愛称で親しまれました。「亀戸梅屋敷」の名は、この清香庵・梅屋敷から取られたものです。


亀戸駅前です。MIYOが新卒で就職して働き始めた場所が、この亀戸でした。なつかしい。^^(画像をお借りしました)

高架をくぐって駅の反対側に出ると、40年前と変わらない路地が見えました。私、こんな地味な場所で働いていたんだなあ…。笑

MIYOが勤務していた場所に来ました。かつてはここに本社があったのですが、取り壊され、「カメイドクロック」という大型商業施設になっていました。びっくり。(画像をお借りしました)

かつてここには、戦前に建てられた時計工場が、何棟も並んでいました。「空襲で亡くなった方の幽霊が出る」とか、そんな噂もあった場所でしたが、今やこんなショッピングモールになるなんて…。

入社1年めの写真です。会社の前(現在のカメイドクロック)で撮った写真って、これしかないんですよ。もっと撮っておけばよかった。笑 事務服がレトロですねえ。😄(1983年12月)

感傷にひたる間もなく、バスは旧中川・川の駅に到着しました。左側に見えている茶色い建物は、江東区中川船番所資料館です。

江東区中川船番所資料館。こんな施設があるなんて、知りませんでした。

そして右側には、中川が流れています。左端に小さく見えているのが、スカイダック用のスロープ。飛行機で言えば滑走路にあたる場所です。

川に造られたスロープです。10メートルあるかないかの、小さな滑走路ですが…、

ここから一気に滑り降りて、川にダイブします。笑

このスロープがあるところまで、バスは川沿いの斜面を下っていきます。

いよいよ、スロープの手前まで来ました。

「これから、水の中に入りま~す。」みんな、カメラを構えています。笑


「3、2、1、0!」
バッシャーーーーン


…という瞬間を撮りたかったのですが、
水しぶきに気をとられているうちに、
気がついたら、バスはもう川の中でした。
(なさけない…。😅)


進水直後の写真です。水しぶきのあとが、まだ川面に残っています。

そしてバスは、もとい、船は、スロープからしだいに離れて行きました。


(つづく)

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