MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは24歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。
ベトナム日記は、
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をご覧ください。
ベトナム家族旅行:
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小学生だったころの子どもたちの育児日記は、こちらです。
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コロナでもウポポイ3。札幌2週間ホテル暮らし 104 - よいち水産博物館③ もっこ背負いからニシン粕の出荷まで(2021年11月13日/11日め)

2021年11月13日 よいち水産博物館で。納屋場の身欠きニシンともっこ背負いの女性が描かれています。(北海道余市郡余市町)


11月13日(土)


よいち水産博物館に来ています。


整然と並べられた、ニシン漁関連のアイテム。

当時の人々の作業着も展示してありました。左はもっこ背負い、右は漁夫が着たものです。

ひとつひとつに、丁寧な説明のプレートが付けられていて、博物館の方々の意気込みが伝わってきます。^^

【船ともっこ背負い】
やはりまずはここからですね。タモ、枠船、磯船、そして右にあるのは、お馴染みのもっこです。壁の写真も、ひとつひとつがすばらしいものでした。^^

作業時の衣装を着せた「もっこ背負いの人形」まで置いてあるのが、泣かせます。😂😂

【ニシンつぶし】
もっこ背負いによって運ばれたあとは、「ニシンつぶし」が始まります。その工程で使われた道具類が並んでいました。左の方に木の箱がありますが、これは、つぶし方が使っていた「テッコ」です。ニシンをさばき、この中に、数の子や白子を入れました。右側の木組は、藁で結んだ身欠きニシンを干すために使いました。

つぶし方は、こんな台座に座って作業をしました。白子(精嚢)やカズノコ(卵巣)は各々の容器(テッコ)に入れ、エラから口にかけての部分は、藁で結んで天日で干しました。
ニシンつぶしの詳細はこちらです。
コロナでもウポポイ3。札幌2週間ホテル暮らし 92 - 旧余市福原漁場⑤ 石倉(ニシンつぶしと漁の終焉)(2021年11月13日/11日め) - MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。

旧余市福原漁家には、納屋場(干場)の一部が、当時のままに残されていました。ここで、内臓を取り除いたニシンを干し、身欠きニシンを作りました。
コロナでもウポポイ3。札幌2週間ホテル暮らし 90 - 旧余市福原漁場③ 納屋場、雑倉、石倉(北前船)(2021年11月13日/11日め) - MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。

【ニシンを煮る】
大きなニシン釜です。ニシン粕を作る際に、ニシンを煮るために使われました。(直径1.3メートル、深さ0.6メートル)

ニシン釜にニシンを入れ、海水と共に煮上げます。

こんなふうに、ニシンをドバドバと釜に入れたんですね。^^

【圧搾する】
煮あがったニシンを圧搾機にかけて搾ると、粕玉になります。圧搾機は、当初は角胴(右)でしたが、後に丸胴(左)が使われるようになりました。後に、丸胴はさらに改良されて、金属製になります。

それぞれのコーナーに置かれた説明パネルも、わかりやすくてすばらしいです。ていねいな仕事ぶりに、頭がさがります。


圧搾器から抜いた粕玉を砕いて
莚(むしろ)の上に広げ、
乾燥させれば、ニシン粕の完成です。


つまり、ニシン粕を作る手順は、
 ①煮る。
 ②搾る。
 ③搾りかすを乾燥させる。
の3つでした。
(意外とシンプルですね。^^)


【梱包と出荷】
できあがった身欠きニシンをヒモで束ねて縛るために使った、身欠き結束機です。

ニシン粕は俵に入れ、棒はかりで重量を測りながら梱包しました。

俵の重量を測るときは、棒を使って、ふたりがかりで棒はかりを支えたようです。こんなイラストまで置いてあるとは、この博物館、すごすぎます。😅

ニシン粕一俵の重さは、26貫(97.5㎏)と決まっていました。

ニシン粕梱包の風景

船によるニシン粕の出荷風景(奥寺家)

余市駅での出荷風景


ニシン粕の生産作業についての展示は、
これまで、他所でも見てきましたが、
なかでも、この博物館のすばらしいところは、
ひとつひとつのアイテムに、
丁寧な説明が付けられているところです。


人形やイラストを使い、
「より具体的に実像がイメージできるように」
と工夫されているところも泣かせます。
展示されている写真も、臨場感にあふれていて、
ワクワクしてくるようなものばかりでした。


このときは、あまり時間がなくて、
駆け足で回ってしまったのですが、
今さらながら、それが残念です。
「ニシンのことをしっかりと伝えたい。」
と願う、人々の熱意が伝わってくる、
すばらしい博物館でした。


余市の漁場の風景です。藁で結んで干してある身欠きニシンともっこ背負いが描かれています。ニシンを満載したもっこは、20キロ近い重さがあったそうです。それを背負って運ぶのは女性の仕事でした。

増毛で見た、もっこ背負いの女性を思い出しました。いい笑顔でした。
コロナでもマシュキニ。増毛から留萌へ、ニシンの千石場所を歩く 13 - 千石蔵①(2022年6月19日/3日め) - MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。


次回は、よいち水産博物館で初めて知った、
「会津藩士団」について書きたいと思います。


(つづく)

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