MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは24歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。
ベトナム日記は、
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ベトナム家族旅行:
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小学生だったころの子どもたちの育児日記は、こちらです。
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コロナでも青森2。ねぶたの灯(ともしび)に魅せられて、晩秋の津軽を歩く - 弘前、五所川原、青森、そして小坂へ(2022年11月7日-11日)

2022年11月10日 陸奥湾を臨む砂浜で。後ろの船は、「青函連絡船メモリアルシップ 八甲田丸」です。(青森県青森市)


11月22日(火)


みなさま こんにちは。
ご無沙汰してすみません。
10日も前に、青森から帰ってきたのですが、
その後いろいろあって、
少しブログをお休みしていました。


でも、昨日、田舎(愛媛県)に住む叔父、叔母から、
久しぶりに電話がかかってきたのです。
「みかん、送ったよ。」と…。
叔父は90歳。叔母も80代。
現在もふたりで、元気に暮らしています。
すごいです。
その叔父と叔母の声を聞いていたら、
なにか、たくさんの元気をいただいたような気がしました。
これを機に、また少しずつ、ブログを始めようと思います。^^


まずは、青森旅行のダイジェスト版を。


青森に行くのは2回めで、
前回行ったのは、2021年5月でした。
コロナでも青森。奥入瀬の春の流れを追いかけて 1 - よぐ 八戸さ おんであんした。(2021年5月13日/1日め) - MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。


この時に訪れたのは、
八戸、奥入瀬渓流、十和田湖と黒石で、
主に、青森県の南東部でした。



今回訪れたのは、
弘前、青森、そして五所川原
ずばり、ねぶたの郷をめぐる旅でした。
前回の旅から一年半。
MIYOが「行きたい、行きたい。」と
言い続けていた地を、
ようやく訪ねることができました。


5日間の旅を、ギュギュっと圧縮して、
ダイジェストでご紹介します。


今回は4泊しましたが、
すべて、旅行支援を利用しています。
また、「青森県おでかけクーポン」を、
ふたりで24000円分いただいたのも、
ありがたかったです。^^


そして、のっけから失敗談なのですが、
まずは出発の3日前になって、
青森市にANAが飛んでないことを知るという、
アホなことになりました。笑
30年くらい前に、出張で、
八戸に飛行機で行った記憶があったので、
当然、青森市に飛行機で行けるはず、と
思い込んでたんですね。🤣


どうやって青森に行こう?とあわてましたが、
夫が、「秋田から入る」と言い出し、
青森旅行のはずだったのに、急遽、
羽田から秋田に向かうことになりました。😅


1日め。12:45発のANA721に乗り、大館能代空港に到着。搭乗券は、前回の青森旅行の写真で作ってみました。星野リゾート「青森屋」で撮ったもので、「日本酒が出る蛇口」で青森の地酒を飲みまくった夫と、青森ねぶたの山車です。笑


この搭乗券で、セキュリティも通っちゃうし、
飛行機にも乗れてしまいます。
本当です。
(ちょっとハズカシイですが。笑)


大館能代空港に到着後、
レンタカーを借り、一路、青森県へ。
弘前市までは、車で一時間の距離です。
近いですね。^^


その日の夜は、津軽三味線ライブ居酒屋「あいや」へ。ふたりで12375円でしたが、おでかけクーポンを利用したので、ほとんどタダでした。^^


2日めは、弘前市内観光。
あいにくの雨模様でしたが、
古い建造物や観光館を訪ねて歩きました。


旧弘前市立図書館。1906年(明治39年)に竣工した、八角形の双塔が印象的なルネサンス様式を基調とした洋館です。木造モルタル三階建ての建物で、1931年(昭和6年)までは市立図書館として利用されていました。現在も一般公開されています。

山車展示館。市立観光館の一部として、平成6年に建設されました。藩政時代から伝わる弘前市内各町会の山車を一堂に展示しています。また、弘前ねぷたまつりの時に出陣する直径4メートルの『津軽剛情張大太鼓』も収納されています。

旧陸軍師団長官舎。1917年に建設された木造の建物で、和洋折衷のデザインが特徴的です。(登録有形文化財)

中はなんと、スターバックスのカフェになっています。^^

藤田記念庭園。弘前市出身で日本商工会議所の初代会頭を務めた藤田謙一が、1919年(大正8年)に別邸を構える際、東京から庭師を招いて作らせた庭園です。総面積は約6600坪。

弘前市立観光館。1階は「ねぷたまつり」の山車で飾られ、2階では、津軽の伝統工芸を一堂に展示しています。

旧東奥義塾外人教師館。青森県で最初に開設された私学校「東奥義塾」に招かれた英語教師の宿舎として、1901年(明治34年)に建設されました。

中に入ると、1階がレストランになっています。お昼ごはんをここでいただきました。

ランチのあとは、夫のたっての希望で、弘前公園を歩いて弘前城天守へ。1611年(慶長16年)に完成した城です。1627年(寛永4年)に落雷によって焼失しました。その後200年の間、天守がない状態が続きましたが、1810年に津軽藩九代藩主・寧親によって新築されたのが、現在の天守です。西南隅に三層を成し、御三階櫓(ごさんかいやぐら)と称されています。

そして津軽藩ねぷた村へ。体験型の観光施設で、弘前ねぷたをはじめ、津軽地方の文化をテーマにしています。弘前のねぷたは、扇形に広がる形なのが特徴です。

津軽三味線世界大会三連覇の葛西頼久氏の演奏を聴くことができました。

3日めは禅林街へ。青森県にある33の曹洞宗の寺院が集まった地域です。弘前藩2代藩主津軽信枚が、1610年に、弘前城の南西(裏鬼門)の護りとして領内の寺院を集めたのが始まりとされています。まっすぐに伸びた並木道の両側には、同じ宗派の寺院が並んでおり、全国でも稀な寺院街となっています。

その隣りの禅林公園にある忠霊塔で、手を合わせてきました。忠霊塔は、戦争に出兵し、戦死した人々の霊を弔うために建造されたもので、1945年に建立されました。西南の役、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、満洲事変、支那事変、太平洋戦争、大東亜戦争のそれぞれの戦死者の遺骨が納められています。現在は公園の一部となっており、弘前市によってきれいに整備され、市民の憩いの場になっています。


弘前には、陸軍第8師団があったので、
ここから出征し、戦死された方も
多かったのだろう、と思いました。
忠霊塔は、岩木山が見える、
市内でいちばん眺めのいい場所にあります。
そのことに、なにか安堵するような思いでした。


そして、鶴の舞橋をわたって…、

丹頂鶴自然公園へ。こ~んなにすぐ近くまで来てくれました。^^

午後は御所川原市へ。立佞武多の館で、そのスケールの大きさに度肝を抜かれました。高さが20m以上もある立佞武多を格納するために、この5階建ての館が建てられました。

3台並ぶと、すごいスケールです。大きすぎて、写真におさまりません。笑


立佞武多復活のストーリーに大感激し、
30分ごとに上映される説明映画を
4回も観てしまいました。笑


晩ごはんは、お隣りの市場で買ったお魚をのっけて、五所川原名物「のヘ丼」。カレイのエンガワは、どっさり入って、わずか200円。安すぎます。

4日めは、青森市の「ねぶたの家 ワ・ラッセ」へ。MIYOがいちばん行きたかったところです。圧巻でした。

館内は、ねぶたに関する情報が満載です。

トンネルを抜けると、今年度のねぶたで受賞した3作品が展示されています。これが、これが、これが見たかったんです~。笑 ねぶたの下にいる人の小ささにご注目ください。

こんなのが、すぐ目の前にあるんですよ。もう、興奮しっぱなしでした。笑

「ねぶたの家 ワ・ラッセ」の隣りには、「青函連絡船メモリアルシップ 八甲田丸」が碇泊しています。乗船して、中を見学することができます。

船内の1階車両甲板には、本物の列車が格納されていました。

お昼ごはんは、A-FACTORYにあるGaletteria Da Sasinoで、青森産ホタテのガレット。超美味でした。^^

最後の夜は、浅虫温泉の名旅館「海扇閣」へ。オーシャンビューのすてきなお部屋で、窓から陸奥湾の夕陽を眺めました。

夕食は、テーブルいっぱいに並ぶお料理に加えて、お寿司、天ぷら、ステーキがライブキッチンで提供される、豪華ビュッフェ付きでした。

食事のあとは、ホテル内の特設ステージで、津軽三味線のライブショーを楽しみました。このショーが見たくて、このホテルに決めたんです。笑 五蕾えり奈さんの演奏はすばらしかったです。お弟子さんは、なんと中学2年生。かわいい~。笑

5日め。一面のりんご畑に見送られながら、秋田県へ。りんごがいっぱいなっているのですが、わかりますでしょうか。

旅の最後に訪れたのは、秋田県小坂町。かつて鉱山で栄えたこの町には、今も当時の面影が残されています。

旧小坂鉱山事務所の瀟洒な佇まいをご覧ください。1905年(明治38年)に建設されました。明治期から大正期にかけて鉱産額日本一を誇った、小坂町のシンボルです。(国指定重要文化財)
経済産業大臣により、近代化産業遺産として認定されています。

旧聖園マリア園「天使館」。1931年(昭和6年)、鉱山従業員の子どもたちを保育するために開設された施設でした。この「天使館」は、1932年に建てられました。(国登録有形文化財)

1910年(明治43年)に建てられた康楽館。小坂鉱山で働く人々のための厚生施設として造られた劇場です。(国指定重要文化財)

今でも、現役の劇場として利用されています。

舞台の上も歩かせていただきました。

楽屋では、いたるところに、歴代の役者さんのサインが残されています。このほか、奈落の底にも行き、劇場内をつぶさに見せていただきました。

最終日もめいっぱい遊び、18:30発のANA724で帰りました。写真は、奥入瀬渓流です。


今回は、日程の大部分を
ねぶためぐりに費やしました。
実際のお祭りに行けば、
もっとすごいのだろうと思いますが、
私はお祭りを観るというよりも、
とにかく、本物の山車そのものを
ゆっくりと見たかったんですね…。^^


今回の旅では、
実際に使用された山車の周りを歩き回り、
ひとつひとつの山車を、
上からも下からも、何時間もかけて、
じっくりと眺めることができたので、
ものすごくワクワクしたし、
とても満足しました。^^


ねぶたは、青森が誇る、
すばらしい芸術品だと思いました。
弘前、青森、五所川原と、
土地ごとに独自のねぶたがあり、
それぞれにストーリーがある。
それを知ることによって、
ますます、ねぶたが好きになりました。


青森には、実はまだ、
行きたいところが残っています。
なので、またいつか訪ねたいと思います。


ほんの2年前まで、
青森のことをなにも知らなかったのですが、
その私が、これほどまでに
青森ファンになってしまったきっかけは、
星野リゾート「青森屋」に泊まったことでした。
ほんとうに、いい出会いでした。
青森屋にも、ぜひまた泊まってみたいです。^^


(つづく)

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