コロナでもウポポイ3。札幌2週間ホテル暮らし 43 - 北海道開拓の村⑮(旧札幌農学校寄宿舎 (恵迪寮)①)(2021年11月6日/4日め)
(2022/04/14 15:30記)
2021年11月6日 北海道開拓の村・旧札幌農学校寄宿舎(恵迪寮)で。当時、舎で学生が食べていた食事のサンプルに見入っているところです。(北海道札幌市)
11月6日(土)
旧札幌農学校寄宿舎(恵迪寮)が見えてきました。
全部で3棟。かなりの規模です。
旧札幌農学校寄宿舎(恵迪寮)です。
【旧札幌農学校寄宿舎(恵迪寮)】
開拓使仮学校に始まる札幌農学校(現北海道大学)は、1876年(明治9年)に、現在の時計台付近に開学し、1903年(明治36年)に現在地へと移転しました。その際に寄宿舎も新築され、4年後に“恵迪寮(けいてきりょう)”と命名されました。当時は、玄関棟と2棟36室および厨房棟がありましたが、開拓の村では玄関棟と2棟12室を復元しています。
玄関棟です。玄関棟の両側に寄宿棟が1棟ずつ配置され、3棟が渡り廊下でつながっています。
ここで靴を脱いであがり、寮内を見学することができます。
職員室です。
渡り廊下の先に、寄宿棟があります。
寄宿棟に入りました。ここでは、当時学生が生活した部屋が再現されています。階段を上がって、2階に行くこともできます。
学生の部屋です。木でできたベッドには畳が置かれていて、この上に布団を敷いて寝ました。
こんな感じですね。敷布団がないのが気になるところです。^^
ひと部屋に4台のベッドが置かれていました。
ベッドの下は物入れになっています。
明治9年の、札幌農学校舎則です。「職員の命にしたがうこと」「貸与品を破損した場合いは弁償すること」「大声で歌ったり騒いだりしないこと」「交代で室内を掃除すること」「沐浴は4時から5時半」「30分以上遅刻した者には食事を提供しない」…などと書いてありました。
2階の窓から眺めた恵迪寮です。
このほか、恵迪寮にまつわる資料が、多数展示されていました。
次回は、当時の恵迪寮で、
学生たちが食べていた食事のサンプルを
ご紹介します。
(つづく)


















