MIYO'S WEBSITE-全盲難聴のんたんの育児記録と卵巣ガンで思ったこと

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは21歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。

骨折でもイタリア。シチリアを歩く、9泊10日のおトク旅 37 - ピッツォの町を歩く(6日目)

2019年1月23日 ピッツォの広場で。


1月23日


ピッツォの中心にある広場。右側に見える細い道の奥にある、旧市街を歩いてみました。

誰でも自由に使える水道。4つの像の口から、常に水が流れだしています。

旧市街地です。石畳の、ゆるい坂道を上がります。

お魚屋さんの店頭で売っていたものです。


町の人たちしか買いに来ないような、小さな洋品店が、
一軒だけ、ひっそりと開いていました。
ひとりのお客さんもなく、ひっそりとした店内では、
おじさんがひとりで店番をしています。


そんな、田舎の小さな洋品店だったのに、
店頭に飾ってあったショールになぜか惹かれて、
つい、買ってしまいました。


ショールを選んでいます。

このときに買ったショールです。(この写真は、帰国後、日本で撮りました。)


夫はと言えば、
すぐ隣りで、コッポラ帽を選んでいます。^^


シチリアで有名なコッポラ帽(中段、右からふたつめ)。長男へのお土産だそうです。


再び広場に戻り、今度は反対方向へ。
海へ向かって歩いてみました。



要塞城


ピッツォの街の中心広場からすぐのところで、
海が見渡せる場所に、要塞城があります。
別名、アラゴン城 (Castello Murat)。
ここは、ナポレオンの時代である、1815年に、
ナポリの王、ジョアッキーノ1世が処刑された場所です。
当時の南イタリアは、支配国が次々と変わっていたのですが、
ピッツォもまた、その歴史の一部となっていたわけです。



シーズンオフだったせいか、
この日、町を訪れている観光客は、私たちだけでした。
おかげで、地元の人たちがカフェでのんびりとくつろぐ、静かな町を、
ゆっくりと散策することができました。
海辺の町の、穏やかなひとときを堪能しました。


こんな寒い時期にイタリアに行こうなんていう人は、
あまりいないのでしょうが、
地中海のおかげで、気候が温暖なので、
来てみると、実は、それほど寒さを感じません。


それに、観光客がいなくて、
どこへ行っても私たちだけ。(笑)
おかげで、ほとんどの場所で、
ゆっくりと観光することができたし、
ツアーの価格は、びっくりするほど安いし。^^


1月のイタリアも、そう悪いものではありません。
もしも誰かに訊かれたら、私はきっと、こう答えます。
「シチリアや南イタリアなら、シーズンオフの1月がおすすめよ。
 それほど寒くはないし、
 人が少なくて歩きやすいし、
 なにより、コスパ抜群だから!笑」


こうして、南イタリアの旅が始まりました。
このあと、翌日、翌々日と、
南イタリアのびっくりシリーズが続きます。
「えっ イタリアにこんなところがあるの?」
と、驚くこと、うけあいです。
ぜひまた、見てくださいね。^^


(おまけ)
ピッツォにあった、不思議な看板。GRAND HOTEL(大ホテル)の前に、PICCOLO(小さい)がついてるんです。つまり、「小さな大ホテル」。矛盾してるよねえ・・・と、夫婦で笑ってしまいました。


(つづく)

骨折でもイタリア。シチリアを歩く、9泊10日のおトク旅 36 - ピッツォでタルトゥーフォアイス(6日目)

2019年1月22日 ピッツォの Bar Dante で。


1月23日


旅の6日めです。
ようやく、後半にはいりました。
この連載、いったい何回続くのでしょうか…(苦笑)


シチリアから船でイタリア本土にもどり、
そこからは、バス、バス、バス。
ひたすら、バス。


今日は移動の日です。
朝、タオルミーナからメッシーナの港まで移動した分も合わせると、
今日一日で、全部で500キロを走り抜けることになっています。


でも、それだけではつまらない、ということで、
途中で、ピッツォに寄ることになっていました。
もともとは、この時間帯に、
「農園レストランで2時間の食事をする」
というアクティビティを入れていたのだそうです。


が、あまりに長すぎて、参加者には不評だったとか。
そこで、企画担当の方が知恵をしぼり、
ピッツォに変更した、と聞きました。
おそらく、ピッツォに寄るイタリアのツアーというのは、
この阪急交通社さんのもの以外にはないのではないか、と思います。


ピッツォは、海沿いにある、小さな田舎町です。
日本ではあまり知られていませんが、
ここには、美しい海岸線と優雅な街の広場があり、
中世の美しい町並みが今も残っている、小都市です。


バスは、丘の上の駐車場に到着しました。
下の方に、ピッツォの町が見えます。
つまり、ここから町まで、歩いていけってことですね。(苦笑)
町の景観に配慮し、
大型観光バスの乗り入れを制限しているのかもしれません。


ピッツォは、ティレニア海に面した断崖に作られた町です。

雨に濡れた坂道を延々と下っていくと、少しずつ、町が近づいてきました。

海が広がっています。

町まで、もう少しです。

よいしょ。よいしょ。雨の中、滑らないように、注意しながら歩きました。この坂を下りきったところに、町の中心地である、広場があります。

街の中心広場です。

広場に面して、いくつものカフェがありました。


実は、この町でのいちばんのお目当ては、
タルトゥーフォアイス
イタリア各地のバールやレストランで、
イタリアの人々が大好きな、アイスクリームです。
チョコレートとヘーゼルナッツ味をきかせたアイスクリームで、
トリュフの形を模してあります。


その発祥の地が、ここ、ピッツォ・カラブロ。
つまり私たちは、その「元祖・タルトゥーフォアイス」を食べるために、
わざわざ、この小さな街に来たというわけです。(笑)


街の中心広場にある、「バール・ダンテ」は、
タルトゥーフォアイス発祥のお店で、
1950年代から作り続けている老舗です。


Bar Dante

このお店のお勧めは、ピスタッチオナッツを砕いたものがいっぱいまぶしてある、タルトゥーフォ。


タルトゥーフォのお店は、ほかにもいくつかあるのですが、
30人全員が、このお店に押し寄せました。
理由は、「ツアー割引」があるからです。(笑)
阪急交通社さんがお店にかけあったのかどうかわかりませんが、
このお店だけが、少しだけ割引してくれるのです。


Bar Dante は、小さなお店でした。お父さん、お母さん、長男、長女の4人家族で経営しています。コーヒーを淹れてくれるのは、長男。その奥に少しだけ見えているのが、お父さん。


一般的には、お勧めは、伝統の「タルトゥーフォ・ネロ(黒)」だそうです。
外側はカカオで覆われ、アイスはヘーゼルナッツ味、
そしてその中心には、濃厚なチョコレートクリームが入っています。


Tartuffo のメニュー。いろんな種類がありました。カフェのお母さんが、「Nero はこれよ。」と教えてくれました。

私たちは、お母さんに勧めてもらった、ピスタッチオのタルトゥーフォを注文してみました。カプチーノとほぼ同じ大きさ。けっこうなボリュームです。夫とふたりで分け合って食べました。

カフェのお母さんといっしょに。いい笑顔です。


実はこのお店。
この日は定休日でした。
でも、私たちのツアーが来るとわかっていたので、
特別に、一時間だけ、お店を開けてくれていたのです。


そして、私たち全員が、アイスやカフェを購入し、
トイレをお借りしたあとは、
長男さんがカウンターを掃除し、
さっさとお店を閉めてしまいました。(苦笑)


ほんの一時間だけで、30人分の売り上げです。^^
お母さん、うれしそうでした。
そりゃあ、そうでしょう。^^


カウンターのカレンダーには、
これから、このお店を訪れるツアーのスケジュールが、
びっしりと書き込まれていました。
きっと、阪急交通社さんが、
「この日は、必ずお店を開けてくださいね。」
と、お願いしてあるのでしょう。


小さな田舎町で、ふってわいたような、
タルトゥーフォ景気(笑)。
突然やってくるようになった、日本人ツアーの一団。
毎日のようにやってきて、
ほんの一時間で、何十個ものアイスを食べ、
カフェを注文し、
あっという間に去って行きます。(苦笑)
おかげで、この小さなバールは、
ちょっとだけ、売り上げが上がったことでしょう。


バール・ダンテのお母さんは、今日も笑顔で、
日本人のツアー客に、
タルトゥーフォアイスを勧めているんだろうなあ・・・。


(つづく)

全盲難聴・のんたん ボランティアさんとおでかけ(2018年11月17日)

2018年11月17日 ウクレレ教室で。長男とナオ先生です。(全盲難聴・のんたん 23歳)


連載中のイタリア日記は、
舞台がシチリア島から南イタリアへと移ったところですが、
ここでちょっと中断し、
「のんたん日記」を掲載いたします。
実は、昨年から3ヶ月もお休みしていたため、
「のんたん日記」がずいぶんたまっています。(汗)


もともと、このブログの大きなテーマは、
長男の生活の記録と私のガン日記だったのですが、
最近どちらも、あまり掲載できておりません。
そこで今後は、イタリア日記に織り交ぜながら、
少しずつ、掲載していきたいと思います。
(そうは言っても、早く書かないと、
 イタリアの記憶もどんどん薄れていくと思うので、
 これはこれであまり後回しにはできないのですが…苦笑)


11月17日


今回は、少し前になってしまいましたが、
11月17日に、長男がボランティアさんと外出したときの日記です。
この日、いらしてくださったのは、イナガキさんとホリイさん。


イナガキさんは、長男が高校生の頃から、
ほぼ毎月、長男のためにいらしてくださっている方です。
ホリイさんには、長男が小学校一年生のときから、
17年間、ずっとお世話になっています。
病気療養のため、長くお休みされていたのですが、
全快され、再び、いらしていただけるようになりました。
本当によかった。^^


この日は、朝、イナガキさんがS園まで迎えに行き、
長男といっしょに出発。
高田馬場駅で、ホリイさんと待ち合わせて、
みんなでランチ。
ウクレレ教室へ行ったあと、イナガキさんは介助終了。
ホリイさんが、長男をS園まで送ってくださる、
というスケジュールでした。


【イナガキさんからいただいたメールです。】
S園に行くと、まだ朝礼中で、少し待つと、のんたんが出てきました。電車で座れましたので、音楽を聞きながら、新宿までいきました。
高田馬場に着き、行き違ったのですが、ホリイさんに会えました。
のんたんは、ハンバーグとご飯に味噌汁を注文し、殆ど完食しました。
戸塚地域支援センターでおトイレを済ませ、ウクレレに行きました。
昔流行った、「ロックンロールウィドウ」を練習しました。

レッスン後、高田馬場駅まで一緒に行き、切符を買って改札に向かうところで、ホリイさんにお任せしました。のんたんは、12月のカラオケをとても楽しみにしているようすでした。


【ホリイさんからいただいたメールです。】
先程、のんたんをS園までお送りしました。
朝は予定より少し早めに(11時17分頃)、のんたんたちが到着されました。
私が「ホリイです。」と言うと、のんたんは「カラオケ?」と訊きました。「今日はウクレレだよ」と答えても、「12月2日、カラオケクラブ」と日にちまで指定されました。
「カラオケは、12月29日だよ」と答えると、しばらくして覚えたらしく「12月29日土曜日、カラオケです。」と繰り返しおしゃべりしていました。

お昼ご飯の事をイナガキさんに尋ねると、電車内にいる時から「ハンバーグ」とリクエストしていたらしくて、今回もまたガストに向かいました。
ハンバーグに和食セットを付けて、注文しました。ご飯のお茶碗に小さくカットしたハンバーグとたれを入れてスプーンで食べました。付け合わせのコーンやポテト、途中から別のお皿のヒジキも入れたりして結構モグモグと静かに食べていました。ほぼ完食です。
食後の薬もしっかり自分で飲み、完璧でしたよ。

ちょっと時間が余ったので、稲垣さんに「新宿区立戸塚地域センター」をお教えしながら、そこの多目的トイレを利用してから、ウクレレ教室に向かいました。
今日のレッスンは、山口百恵さんの『ロックンロール ウィドウ』の曲で、私には懐かしく思われました。のんたんは、先生の仰るとおりにコードを弾いたりメロディを奏でたりしながら、楽しみました。
先生が、「今日はおしまい」と言うと、「おうま」の歌をやらなかったので、それが気になって先生におねだりしました。
次回はウクレレで、「おうま」を歌う約束をして終わりました。

高田馬場駅でイナガキさんと別れ、2人で光の家まで帰りました。
帰りは、いつものように、電車の中で今日のレッスンのテープを聴きました。
帰りの電車内や、豊田駅からS園までの道中は、とても大人しかったです。


おかげさまで、今日も、長男は楽しい週末を過ごすことができました。
イナガキさん、ホリイさん、どうもありがとうございました。

骨折でもイタリア。シチリアを歩く、9泊10日のおトク旅 35 - シチリアに、おわかれ(6日目)

2019年1月23日 シチリアのメッシーナから、フェリーでイタリア本土に戻りました。


1月23日


朝、ホテルの外にでたらびっくり。
エトナ山から、噴煙が上がっています。



実は、このエトナ山、欧州最大の活火山で、
ちょうど一ヶ月前の12月24日に、噴火したばかりなのです。
当時、この一帯では、小規模な地震も断続的に発生。
火山灰などによる視界悪化を受け、
当時は、空港の離発着も制限されました。


それから一ヶ月もたっていないのに、
その影響を受けることなく、
私たちがシチリアを旅行できたのは、
運がいいとしか言いようがなかったのだと、
このとき初めて知りました。^^


この日は、朝7時から朝食をいただき、
8時に、ホテルを出発しました。


フェリーで一泊したときを除いて、朝食は、毎日、ホテルのビュッフェでした。

三日間お世話になった、EXCELSIOR PALACE HOTEL。

ホテル前にある移動遊園地とエトナ山をバックに。


噴煙を上げ続けるエトナ山におわかれし、
バスでメッシーナに向かいます。



バスで55キロの道のりを走り、
メッシーナに到着しました。
都会です。^^


このフェリーに乗って、イタリア本土へと向かいます。


シチリアに来るときは、夜行フェリーに乗り、
ナポリからパレルモまで、一晩かかりました。
今度は、メッシーナからイタリア本土のヴィラサンジョバンニまで、
乗船時間は、わずか20分です。


船内のカフェ。20分ですから、うっかりしていると、コーヒーを飲み終える前に、着いてしまうかも。^^

そのわずか20分のために、これだけたくさんのケーキを取りそろえています。さすが、イタリアです。^^

見てください。ホテルのケーキショップかと思うような、ケーキの数々。いえいえ。ここは、たった20分乗るだけの、連絡船のカフェです。笑

オサレなスイーツセットまで、たくさん売られていました。^^


船が動き始めました。
いよいよ、シチリアとお別れです。


シチリアが、遠ざかっていきます。

バイバイ、シチリア・・・。


次回から、舞台は、
イタリア本土の南部、「南イタリア」へと移ります。
このあとも、がんがん歩きますよ~。^^


南イタリアの小さな田舎町、ピッツォで。坂道を降りきったところが、町の中心広場です。


(つづく)


ここまでに飲んだワイン: 10本
ここまでのおトク度:
(個人で同じ旅行をした場合のひとり分の費用を、ざっくりと試算してみました。
 価格は、私が直感で勝手に決めたもので、たいした根拠はありません。)

朝食 1000円
タオルミーナからイタリア本土への移動 2000円
ここまでの合計: 189000円
ちなみに、この10日間のツアー費用は、ひとり169800円でした。

骨折でもイタリア。シチリアを歩く、9泊10日のおトク旅 34 - タオルミーナで夕食(5日目)

2019年1月22日 タオルミーナのレストラン Malvasia で夕食です。


1月22日


市内をさんざん歩きまわり、
スーパーで爆買いし、
すっかり暗くなりました。


ホテルは、スーパーのすぐ近くだったので、
大量の購入品は、とりあえず、夫がホテルまで持ち帰ることに。
私は、スーパーのすぐ前にあるレストラン、Malvasia で、
夫を待ちました。
ここは、この日のガイドさんにおしえてもらったお店です。


Malvasia

この日のワインはこれ。

揚げ餃子のような前菜。薄い皮の中はチーズです。

カラスミのパスタ

豚肉ソテーのフンギ(きのこ)ソース

お店のおすすめ。鱈の煮込み料理。


この日の大ヒットは、豚肉のフンギソース。
絶品でした。


お腹がいっぱいになり、
レストランのデザートはちょっと無理そうです。
なので、街のジェラテリアで、ジェラートを食べよう、
ということになりました。


昼間見つけてあった、ジェラテリア(アイスクリーム屋さん)に行きました。

30種類くらいのジェラートが並んでいます。通常の三角コーンだけでなく、シチリア名物、カンノーロのコーンも置いてありました。中にアイスを入れて、アイスカンノーロとして食べることもできるようです。


ひとつひとつにつけられた名前も、楽しい。^^
少し迷いましたが、夫の希望で、
この地の山の名前がつけられた、エトナ (ETNA) を、
三角コーンに入れてもらいました。


手に持っているのが、ETNAです。いろいろな種類のドライフルーツやナッツがたくさん入っていました。


ジェラートをひとつだけ買って、
ふたりでかわりばんこにかじりながら、
タオルミーナの街を歩き、
夜の海を眺めました。



おだやかな、いい夜でした。


(つづく)


ここまでに飲んだワイン: 10本
ここまでのおトク度:
(個人で同じ旅行をした場合のひとり分の費用を、ざっくりと試算してみました。
 価格は、私が直感で勝手に決めたもので、たいした根拠はありません。)
タオルミーナ観光 3000円
ここまでの合計: 186000円
ちなみに、この10日間のツアー費用は、ひとり169800円でした。