MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは24歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。
ベトナム日記は、
http://limings.muragon.com/tag/?q=2019%E5%B9%B49%E6%9C%88-10%E6%9C%88%E3%80%80%E3%83%99%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%A0&p=4 
をご覧ください。
ベトナム家族旅行:
https://limings.muragon.com/tag/?q=2017%E5%B9%B412%E6%9C%88%E3%80%80%E3%83%99%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%A0
小学生だったころの子どもたちの育児日記は、こちらです。
http://limings.sweet.coocan.jp/

ベトナム・カンボジアを歩いた14日間 24 - Robam のアプサラダンス①(2024年1月16日/5日め)

2024年1月16日 レストラン・Robam で、アプサラダンスを鑑賞しました。(カンボジア・シェムリアップ)


1月16日(日)- 5日め


パブストリートの中にあるレストラン、
Robam で、食事しながら、
アプサラダンスを鑑賞しました。


【アプサラダンス】
カンボジアの伝統芸能で、優雅で滑らかに舞うのが特徴です。カンボジア独特のメロディに合わせて、きらびやかな衣装を纏った踊り子が舞う姿は、まさに天女そのもの。シェムリアップ市内には、ディナーショーとして「アプサラダンス」をはじめとした伝統舞踊が鑑賞できるレストランがいくつかあります。
「アプサラ」は、ヒンドゥー教の神話に登場する水の精「アプサラス」が由来となっており、ヒンドゥー教の創世神話である乳海攪拌(かくはん)の際に誕生したと言われています。水の精・アプサラスは、古代から天女としても崇められており、乳海攪拌の様子は、アンコール・ワット第1回廊の東側の壁面にも大きく描かれています。
そんなアプサラの姿を舞踊として表現したのが「アプサラダンス」で、9世紀ごろに始まったとされています。伝統を受け継いだ踊り子たちの優しい微笑みと優雅な手の動きは、現代でも、観衆を魅了しています。


【アプサラダンスとアユタヤ朝の侵攻】
13世紀以降、カンボジアは、隣国であるタイのアユタヤ朝とベトナムのフエ朝からの攻撃を受け、国力がどんどん衰退していきます。1432年、アユタヤ朝によってシェムリアップのアンコール・トムが陥落すると、数々の音楽家や踊り子たちが捕虜として囚われ、タイに送られていきました。しかしながら、クメール文化はタイの中でも受容され、新しい要素を取り入れながら、タイ伝統舞踊として発達していきます。
その後、フランスの植民地となった後も、アプサラダンスをはじめとしたカンボジアの伝統芸能は衰退することなく、欧米社会にも認知されるようになりました。


【アプサラダンスとクメール・ルージュ】
長い歴史を紡いできたカンボジアの伝統芸能は、クメール・ルージュによる大量虐殺によって、一度は完全に途絶えてしまいます。1975年から約4年間続いたクメール・ルージュによる支配下では、知識人や外国人、芸術家など多くの人々が処刑や投獄の対象となり、この時期に、アプサラダンスを継承できる人は途絶えてしまいました。
しかし、一部の芸術家や踊り子、振付師などの人々は海外に亡命し、厳しい状況の中で生き残っていました。そうした僅かな生存者たちの尽力により、クメール文化は復興を果たします。
クメール・ルージュ撤退後も、長期にわたる内戦で国内は疲弊していましたが、カンボジアの人々は、伝統を絶やすまいと努力を続けてきました。現在のアプサラダンスには、自らの文化とアイデンティティに向けた多くの人々の、情熱と真摯な願いが込められています。


カンボジアの伝統舞踊のショーでは、
総称的に「アプサラダンス」と呼びますが、
実はショーの中には、
いくつかの演目が組み合わされています。
また、ダンスの種類は、
地域・州ごとに異なるものもあります。
それぞれの演目に特徴があり、女性だけでなく、
男性の踊り手が参加するものもあります。


この日のショーは、まずは本来の、
「アプサラダンス Apsara Dance」
から始まりました。


アプサラダンス(Apsara Dance)
カンボジア伝統舞踊の代名詞とも言える演目です。天女たちが満開の庭園で遊ぶ様子が表現されています。中央で踊る女性が「姫」で、舞台の主役です。周りの踊り子たちは「侍女」の役を演じています。

ちなみに、こちらは、タイの伝統舞踊です。なんだか似てるなあ、と以前から思っていたのですが、クメール文化がアユタヤに伝わってタイ舞踊になったということを、今回の旅で初めて知りました。
このときの日記です。
高級ホテルに泊まる、タイ3泊6日のおトク旅⑨ - タイ舞踊のディナーショー(2018年7月12日/2日め)

舞台の袖では、こんなふうに、4人の奏者が伝統音楽を演奏しています。

中央に写っている太鼓は、ソンポーという、カンボジアの伝統楽器です。


【ソンポー】
水牛または牛の皮を皮紐で張った、両面太鼓です。米と灰を混ぜたペーストを鼓膜の中心部に塗りつけることによって、チューニングをします。


14年前、影絵レストランで。元気にソンポーを叩く長男です。^^(2010年7月27日 のんたん14歳/中3)
ベトナム・カンボジアを歩いた14日間 22 - ナイトマーケットと影絵レストラン(2024年1月16日/5日め)

海外旅行中に現地の楽器を見つけると、できるだけ長男を連れて行き、体験できるように、と心がけていました。^^

ココナッツダンス(Coconut Dance)
カンボジアの民族舞踊のひとつです。半分に割ったココナッツの殻を、リズミカルに叩きながら踊ります。アップテンポの軽快な音楽に合わせて、男女の踊り手が軽やかに舞います。

少し遅れて、3人の男性が加わりました。

中央の男性だけが少し年配なので、先生なのでしょうか。踊りにキレがあり、ひときわ上手でした。

こうして写真で見ても、やはり、中央の男性がいちばん上手です。


次回は、最後の演目になります。


(つづく)

ベトナム・カンボジアを歩いた14日間 23 - ドクターフィッシュと、Robamで晩ごはん。(2024年1月16日/5日め)

2024年1月16日 レストラン・Robamで。(カンボジア・シェムリアップ)


1月16日(日)- 5日め


14年前、中学生だった子どもたちと歩いた通りを、
今は夫とふたりで歩いています。


オレンジ色の建物は、メキシコ料理のお店でした。(2010年7月27日 のんたん14歳/中3)

その、同じお店の前を歩きました。

このあたりにはずっと、オシャレな飲食店が続いています。

路地に入ると、マッサージサロンが軒を連ねていました。

水槽の中にいるのは、ドクターフィッシュ。


【ドクターフィッシュ】
トルコを中心にシリアやレバノン、イラン、イラクなの西アジア周辺の河川に生息しているコイ科の淡水魚です。肉食ではなく雑食で、自然界では、石や岩についている藻や川底の微生物、昆虫の幼虫などを餌とします。歯は無く、吸盤のような口でついばんで食します。高温の温泉や水槽などでは餌が少なく、プロテイン不足となるのが原因で、人間の皮膚がこの魚のプロテイン供給源・栄養源・御馳走となります。そのため、水槽に足を入れると、その人の皮膚に魚が群がります。ドクターフィッシュの特徴は、特に皮膚病部分の皮膚を好むことで、さまざまな遺伝性皮膚病やアトピー性皮膚炎の皮膚を食べます。吸盤状の口で吸い付いて、皮膚をついばむ際に、一種の塩分を含む唾液が皮下に混ざり、皮膚病を治すと言われています。そのため、セラピーに利用されるようになり、ピーリング効果やリラクゼーション効果が期待されています。


シェムリアップでは、14年前に訪れた時にも、ドクターフィッシュのお店を見かけました。今では効果が知れ渡っているようで、外国人旅行者でにぎわっていました。日本の足湯感覚ですね。^^

さらに歩いていくと、有名なパブストリートに突入しました。


【パブストリート】
カンボジア・シェムリアップの中心部にあり、夜遅くまで賑わいが絶えない繁華街です。この通りには、バーやレストランがぎっしりと林立しており、週末ともなれば通り全体が大いに盛り上がります。「昼間はアンコールワットなどの遺跡巡りを楽しみ、夜になったらパブストリートに繰り出す」というのが、シェムリアップの楽しみ方だそうです。


ウワサどおりの、たいへんな賑わいぶりでした。

その一角にあった Robam というお店に、目が止まりました。「FREE APSARA SHOW」と書いてあります。どうやら、食事をすると、無料でアプサラダンスが見られるようです。

お店にあったガネーシャの像を見ながら、「どうする?」と相談していたら、お店の方が、「あと5分でショーが始まりますよ。」と教えてくれたので、入ることにしました。

入口から続くアプローチがすごいです。ここを通り抜けて、奥にある階段を上がります。

階段を上がりきると、2階部分は、こんなオシャレなレストランになっていました。


【Robam】
パブストリートの中心部にあるレストランです。食事しながら、伝統的なアプサラダンスのショーを無料で楽しむことができます。洗練されたお料理にも定評があります。


店内は満席に近く、
前から3番目のテーブルに案内されました。
でも、一番前のテーブルが、
ひとつだけ空いているのに気がつきました。


そこは4人用のテーブルですが、
大きな柱が邪魔になって、2人分の席からは、
ショーが見えづらいのです。
それが、テーブルが空いていた理由でした。


でも、残り2人分の席からはよく見えます。
私たちは2人なので、全然問題なし。
なので、
「このテーブルにしたいのですが、
 いいですか?」
と尋ね、そちらに座らせてもらいました。^^


最前列のテーブル、ゲットです。^^

まずは、冷たいお茶とオシボリ、そしてアミューズ。

飲み物は、アンコールビール(2.75ドル)とミネラルウォーター(1.5ドル)。


お昼ごはんを遅い時間に食べたので、
あまりお腹が空いていません。
軽く、2品だけ注文することにしました。


エビペーストのフライドライス、エビ、豚の耳、干しエビ、グリーンマンゴーと野菜を添えて。(8ドル)。

酢豚風の炒め物(9ドル)。

左:酢豚はライスといっしょにいただきました。
右:舞台の右端で演奏している人たちです。一番手前は、小学生くらいの男の子でした。

私たちが席に着いてまもなく、アプサラダンスが始まりました。


いちばん前の席でお食事をしながら、
3種類のダンスを見せていただきました。
お支払いは、全部で21.5ドル。


ショーが付いてこのお値段。
ディナーショーのツアーなどに行けば、
ひとり5000円くらいかかるので、
とてもオトクだったと思います。^^


このときに撮ったアプサラダンスの写真、
50枚くらいあるのですが、
そこから選びに選んで、
次回に掲載したいと思います。


(つづく)

ベトナム・カンボジアを歩いた14日間 22 - ナイトマーケットと影絵レストラン(2024年1月16日/5日め)

2024年1月16日 ナイトマーケットで。(カンボジア・シェムリアップ)


【2月17日】
今朝、執刀してくださった医師からお電話をいただき、
どきりとしましたが、
「覚醒し、呼吸器もはずれました。経過は順調です。」
と言っていただきました。
午後になって、なんと夫が自ら電話をしてきて、
「ちょっと、話しても大丈夫なの?」
と心配しましたが、
「ティッシュがなくなったから買ってくれ、と言われて。
 病院のを買うと、550円もするんだけど。」
ですと。🤣🤣🤣
これを買うと、後で恐妻が怒る悲しむ、と思ったのでしょうか。
(日頃のしつけのたまものですね。)
しかたないので、長女を誘って、病院までティッシュを持って行きました。
今日くらいは、病院通いをお休みできると思っていたのですが。😂😂
事務室にティッシュを届けたあと、
長女とファミレスに行き、ふたりで数時間、おしゃべり。
いっしょに泣いたり笑ったりしてきました。
夫は今日、1時間かけて、フルーツを食べたそうです。
明日からは、食事とリハビリが始まります。
「切ったところがめちゃくちゃ痛い。」と言ってますが、
少しずつ回復しているようです。
みなさま、たくさんのコメントをくださり、
ありがとうございました。
とてもうれしく、読ませていただきました。
夫も、病室で拝見して、きっと喜んでいると思います。
ほんとうにありがとうございました。


1月16日(日)- 5日め


夜7時、ホテルを出発しました。
ナイトマーケットまで歩いて行って、
ついでにそのあたりで、
晩ごはんも食べるつもりです。


シェムリアップ川にかかる、Old Market Bridge。ホテルから、歩いて3分のところにありました。

この橋を、歩いて渡ります。

シェムリアップ川には、このほかにも、いくつもの橋がかかっています。橋を渡っていると、左側にも、ライトアップされた橋が見えました。この橋には屋根がついているようです。


橋を渡り終えると、川沿いに、
たくさんのお店が連なっていました。
ここがナイトマーケットです。
お店のひとつひとつをのぞきながら歩きました。


アンコールワットがそのままお店になってしまったような…。🤣

お店の真ん中では、学校から帰った男の子がゲームをやっていました。笑

革細工の、美しい絵を並べたお店。

まるで影絵のようです。こんなお土産品は、14年前には見かけなかったように思います。

一点、一点、金具を打って、気の遠くなるような作業をしているのは、まだあどけない表情の少女でした。

ここから先は、洋服屋さんが続きます。

広いマーケットの中には、縦横に細い道が走っていて、小さなお店がびっしりと並んでいました。

カンボジアのスカートがありました。カンボジアのシルク絣布で、「サンポットホール」というようです。小花文様や幾何学模様などの、伝統的なクメール文様が織り込まれているのが特徴です。

次は、市場を出て、レストランが集まるエリアを歩きました。写真の右奥に小さく見えているのが、ついさっき渡ってきた、Old Market Bridge です。

飲食店が何十軒も並ぶ、にぎやかなエリアですが、お客は観光客ばかり。ほとんどが欧米人でした。


上の写真の右側に、オレンジの建物が写っています。
ここはメキシコ料理のお店で、夫が、
「オレ、ここで食いたい。」
と言ったのですが、
「カンボジアに来てまで、
 メキシコ料理を食べる必要なし。」
と、MIYOに一蹴されました。
ええ、確かにここは、メキシコ料理の店でした。


このお店は14年前も、メキシコ料理店だったのですね…。私たち、同じところを、14年前にも歩いていました。😄(2010年7月27日 のんたん14歳/中3)

マーケットでアイスクリームを食べたようです。長男、アイスクリームを口に入れられて、冷たそうな表情。😄(全然覚えていません。)

シェムリアップは、現在も素朴で穏やかな街ですが、当時はもっと素朴だったようです。

このあと、マーネットからトゥクトゥクに乗って、影絵レストランに行きました。この頃は、トゥクトゥクの価格交渉はMIYOが担当していました。笑

長男、影絵の舞台に置いてあった太鼓を叩かせてもらって、大喜び。^^

長女の希望で、フライドポテトなんて食べてます。😅

食事しながら、カンボジアの影絵を楽しみました。これは、カンボジアの伝統影絵芝居で、「スバエク」と言います。

影絵に合わせて、カンボジア音楽の演奏を聞くことができたので、長男にも楽しい夜になりました。


家族で楽しんだ、シェムリアップの夜。
この夜のことをすっかり忘れていましたが、
当時の写真を見て、少しずつ、思い出しました。


次回は、
現在のシェムリアップでのディナーを
ご紹介します。


(つづく)

ベトナム・カンボジアを歩いた14日間 21 - 「Malyza Kitchen」でバインホイ。/ 手術が終わりました。(2024年1月16日/5日め)

2024年1月16日 バインホイをいただきました。(カンボジア・シェムリアップ)


家族の記録として書いておこうと思うのですが、
いつものような「おまけのお話」として文末に書いたら、
あとで怒られそうなので、はじめに書かせていただきます。
本日、夫が心臓の手術を受けました。
僧帽弁形成術と大網動脈バイパス術のふたつを同時に行い、
現在はICUに入っております。
現在連載中の能天気な旅の間は、なんの問題もなかったのですが、
旅の最終日に、夫が不調を訴え、その時はすぐに回復しました。
が、帰国後病院に行ったところ、こんな展開となりました。


検査結果と医師の説明から、
「あまり時間の猶予はない。」
と私は判断したのですが、当の本人は、
「心の準備をしたいのでいったん家に帰る。」
とか言い出すし。😂
その3日後には、執刀医の説明を聞いている最中に貧血を起こして、
急遽点滴を行うとか、いろいろやらかしてくれました。
「先生の説明中にぶったおれた人は初めてだ。」
と看護師さんも驚いておられました。
ほんと、なにかにつけて笑かしてくれます…。
ヘタレでビビリの夫ですが、
いつものように、恐妻が耳をつかんで連れ戻し、😅
今朝、ようやく手術室に入りました。


手術は成功したので、後は本人の回復を待つだけです。
7日に入院して以来ずっと、毎日、夫の居る病院に通い、
様々な思いを抱えながら、
夜、帰宅してからブログを書いておりました。
入院中の夫は、
「あなたのブログを見るのが、毎日とても楽しみ。」
と言っていたので、
こんなブログでも、少しは慰めになったかな、と。^^


これから、ICUを出るまで、夫には会えないし、
夫もブログは見られないかもしれません。
でも、夫があとで読んで楽しめるように、
今後も、毎日少しずつ、書き続けていこうと思います。


(おまけのお話:私たちが昨日交わした、不適切な会話です。)
み「すぐに手術をしてもらえてよかったじゃない。
  危なかったわね。旅行中に発作が起きてたら、
  そのまま死んでたかもよ。」
夫「外国から遺体を飛行機で運ぶと、すごく高いんだって。」
み「そうらしいね。でも、ウチは運ばないから。
  そういうときは、現地で荼毘に付して連れて帰るよ。」
夫「でも、火葬ができない国もあるんだよなあ。
  仏教国なら大丈夫かも。」
み「インドだったら、ガンジス川に流せるよね?」


毎日面会に行っては、こんな話をしておりました。(アホ)


1月16日(日)- 5日め


シェムリアップのホテルに荷物を置き、
遅めのランチをとることにしました。


でも本当は、もうひとつ、
やらなければならないことがありました。
それは、メガネ屋さんを探すことです。


夫は、遊びながら寝てしまう癖があり、
かねてからそれをやめるようにと
MIYOから言われていたのですが、
夫は言うことをきがず、
毎日、その悪習慣が続いていました。
でもこの日の朝、
とうとう天罰が下りました。笑


前夜、いつものようにタブレットを見ながら
寝落ちしてしまった夫。
なんと、メガネを下敷きにしていたそうです。
それが原因で、メガネが歪んでしまったようで、
今朝、夫がメガネをかけたとたんに、
レンズがメガネから落っこちました。🤣🤣


「だから言わんこっちゃない。
 旅行の最中にメガネを壊してどうするのよ。」
と腹がたちましたが、
夫は、フロントでセロテープを借り、
おおざっぱにメガネを修理して、笑
「シェムリアップでメガネ屋さんに行く。」
と…。


なので、シェムリアップに着いて、
ごはんを食べたら、まずは、
メガネ屋さんに行かねばならなかったのです。
とはいえ、シェムリアップのメガネ屋さんを
どうやって探せばいいのでしょうか…。


「ショッピングモールとかに行けば、
 中にメガネ屋さんがあるかもよ。
 行ってみる?」
などと話しながら、
ホテルを出て歩き始めたのですが…。
その途端、夫が、
「あ、メガネ屋さんだ。」
と。🤣🤣


ウソだろ…と思いました。右側のアイボリーの建物(2棟)がホテルです。そして、その2軒となりのお店が…、

たしかにメガネ屋さんなのです。爆 とてもわかりやすい看板。🤣

夫は、吸い込まれるように店内に入っていき、そのまま修理をお願いすることになりました。


「メガネの修理は、30分もあれば終わる。」
とのことだったので、夫をお店に置いていき、
またまた、MIYOがひとりで
ランチのお店をさがすことになりました。


メガネ屋さんを出て、さらにもう少し歩いたところで…、

なんか良さそうなお店を発見。お店の名前は、Malyza Kitchen(マリーザの店)。店頭に写真付きのメニューが置いてあり、カンボジア語と英語だったので、のぞいてみました。

豚肉を使った料理の写真を見ていると、奥から若いマスターが出てきました。「鶏肉のはないですか?」と聞いてみると、「鶏肉が良ければ、同じ料理を鶏肉で作りますよ。^^」と英語で答えてくれました。このお店に決めました。😄

メガネ屋さんに戻ると、ちょうど修理が終わったところでした。できあがったメガネをかけて、夫がうれしそうに出てきました。修理代は、わずか1ドル。「カンボジア旅行中に寝落ちして壊すなんてバカだね。」と言うべきか、「カンボジアで壊れたから、修理代が安くついてよかったね。」と言うべきか…。

15時15分。夫といっしょに、さきほどのお店に戻り、ようやく今日のお昼ごはんです。

まずは飲み物。夫のカンボジアビール(1ドル)と、MIYOのアイスレモンティー(1.25ドル)。アイスティーよりビールの方が安いんですよ~。😄

サービスのピーナツがおいしくて、ふたりで齧っていたら、夫が注文したスープ麺(2ドル)が到着しました。

麺は、インスタントラーメンでした。笑 お店の手抜きではなく、よくあることです。ベトナムでも、インスタントラーメンの料理は珍しくありません。

そして、MIYOが注文したバインホイ(Bánh hỏi/3ドル)。このときはカンボジア料理かと思ったのですが、あとで調べたら、ベトナム料理でした。


【バインホイ(Bánh hỏi)】
米粉で作った網状のシートに、グリルした肉や野菜などを挟んで食べる料理です。「米が主原料のシート」というとライスペーパーを思い出しますが、バインホイはライスペーパーに比べて厚みがあり、網状になっているので、もっちり、ふっくらとした食感が楽しめます。
ベトナム南部の海沿いの地域の名物料理で、港町のVũng Tàu(ブンタウ)や Bến Tre(べンチェー)省、Phú Yên(フーイエン)省、ビーチリゾートが有名なNha Trang(ニャチャン)、 Bình Định(ビンディン)省などで広く食べられています。婚礼やお祭りなど、特別な日に振る舞われることも多い料理だそうです。


ベトナムの南部の料理なんですね…。
だからなのか…。
2か月もハノイにいたのに、そのあいだに、
バインホイを見たことは一度もありませんでした。


ベトナム南部のホーチミンから、プノンペンやシェムリアップは意外と近くにあります。ベトナム南部の料理が伝わってもおかしくありません。それに比べて、ハノイはほんとに遠くて、ほとんど中国国境と言ってもいいくらい。ベトナムと言う国の長さに、今さらながら驚きます。

カンボジアで初めて食べたベトナム料理、バインホイ。メニューでは豚肉が添えてあったのですが、お願いして、鶏肉に変更してもらいました。

乾燥したバインホイをお湯で軽くゆがくと、ぷるんぷるんになります。ヌクマム(魚醤)ベースの万能だれ、ヌクチャム(Nước Chấm)をつけていただきます。^^

どちらも、おいしくいただきました。^^


お支払いは、全部で7.25ドルでした。
遅めのランチの後、
MIYOはホテルに戻り、荷物の整理。
夫は、近所の両替所まで、両替に行きました。


ここ10年くらい、
現地の通貨は、ATMで調達しています。
クレカの海外キャッシングなのですが、
帰国してすぐに返せば、利子は1.5%くらい。
両替所よりもずっと安くて手軽です。
ところが。


プノンペンのATMでお金を引き出そうとして、
愕然としました。
100ドル程度を引き出すのに、
キャッシングの利子に加えて、
手数料が7ドルくらいかかるのです。
結局、プノンペンでは、
ATMを利用するのはやめたのですが、
両替所に行く時間もなかったので、
シェムリアップに着いてから、
昔ながらの両替所で、
現金を調達することにしました。
いまどき、こんな国もあるんですね…。😮


ちなみに、カンボジアでは、
カンボジアの通貨であるリエルと、
米国ドルが共存していて、
どちらで支払うこともできます。
ただし、ドルで支払ったお釣りが
リエルだったりします。😄


ここまでは、
夫が成田空港で調達していた、わずかなドルと、
MIYOのクレカでしのいできたのですが、
さすがに手持ちのお金が少なくなってきたので、
夫が両替しに行くことになりました。


まずは、Malyza Kitchenを出て、川の方に向かって歩きます。ビシュヌ・サークルという環状交差点があり、その向こうに見えているのが、Old Market Bridge です。

シェムリアップ川にかかる、Old Market Bridge です。両替所は、この橋を渡ったところにあります。夫は、プラプラと街を歩くのが大好きなので、きっと楽しかったことでしょう。写真からも、夫のうれしそうなようすが伝わってきます。笑

ちなみにこの橋、夜はこうなります。そして橋の向こう側では、川沿いに、ナイトマーケットが広がります。

橋を渡り終えると、その先に、お店や市場が並んでいました。ホテルでおしえてもらった両替屋さんは、この一角にあります。

ガラスケースにパンでも入れて売っているのでは…と思いたくなりますが、これが両替屋さんでした。笑


無事、現金も調達できて、
明日からの旅の準備も整いました。
今夜こそ、ホテルでのんびりしたいところですが、
多動夫の頭には、そんな考えは微塵もありません。


そんなわけで、次回は、
シェムリアップのナイトマーケットを歩きます。😂😂


(つづく)

ベトナム・カンボジアを歩いた14日間 20 - デラックストゥクトゥクでホテルへ。(2024年1月16日/5日め)

2024年1月16日 トゥクトゥクの一番お高いタイプ、GrabRemorque に来てもらいました。(カンボジア・シェムリアップ)


1月16日(日)- 5日め


午後2時半、シェムリアップに到着しました。


中央にある小さなオフィスが、セイラ・アンコール・クメール・エクスプレスのオフィスです。右隣りにも、SONTEPHEAB EXPRESSという看板があり、ここも同業他社のようです。世界的な観光地だけあって、バス会社はいくらでもありそうですね。^^

セイラ・アンコール・クメール・エクスプレスです。間口がこれだけの小さなオフィスですが、HPさえ持っていれば、日本からだってチケットの申し込みがあるという、すごい時代になりました。^^

ここからは、お約束のトゥクトゥクです。待ち合わせ場所を「セイラ・アンコール・クメール・エクスプレス」、行き先を「Royal Crown Hotel & Spa」に設定し、GrabRemorque(6000リエル/約240円)をリクエストしてみました。前回乗った GrabMaxima(5300リエル/約220円)よりも20円高くなっています。「予約する」をタップしたとたんに、周囲にいる候補車が表示されます。4台のトゥクトゥクがかわいらしいですね。^^

数秒でドライバーが決定。すぐに、1台がこちらに向かって走り始めました。

ドライバーの Yoeung Myraさんの到着です。上のアプリの写真と同じですね。笑 これまでのトゥクトゥクは2人乗りだったのですが、GrabRemorque は、向かい合わせの4人乗りで、馬車みたいです。^^

あとは、ホテルに連れて行ってもらうだけ。30年前の旅の苦労を思うと、毎回、毎回、ラク過ぎて泣けます。

予約していた、Royal Crown Hotel & Spa に到着。この写真では、どんなホテルかよくわかりませんね。

これでもまだわからない…。夫が、これ以上はムリとか言うので、

MIYOが道路の反対側まで行って、ようやく撮れました。笑

隣りにあるのは、別棟。かなり大きいホテルです。

このホテル、なんと5つ星で、一泊32324円。なのですが、アゴダのメガセールで、なんと85%引き。4989円でした! ひとり分にしたら、一泊2500円くらい。笑 シェムリアップでは、このホテルに4泊します。

まずは、広いロビーの一角で、

冷たいジュースををいただきました。

ロビーの隣りはプールです。

ゾウがいます。笑

こちらは別のプール。やっぱり、シェムリアップだとこうなるんですね。アンコールトムとタプロームが合成されたようなプール。笑

さて、お部屋は2階でした。

どんなお部屋でしょうか…。^^

ドアの内側です。クローゼット、冷蔵庫、バスルーム…。

そしてベッドがふたつ。

広くて明るくて、いいお部屋でした。^^

ホテルのアメニティは、もれなくいただいて帰ります。毎回、旅の終わりごろには、けっこうな量になります。🤣


時刻は午後3時。
プノンペンのバスステーションで、
朝ごはんを食べたきりなので、
お腹が空いています。
とりあえずホテルに荷物を置き、
周囲を歩いて、かなり遅めですが、
お昼ごはんを食べに行くことにしました。


(つづく)