MIYO'S WEBSITE-全盲難聴のんたんの育児記録と卵巣ガンで思ったこと

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは21歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。

全盲難聴・のんたん ちがいのわかる男だった(6歳)

盲学校の図工の時間に、砂遊びをしました。(のんたん・6歳)



今日は別のお話を書こうと思っていたのですが、
ある方のブログを拝見して、
あまりにもなつかしいことを思い出したので、
そのことを書きたいと思います。


それは、

というブログです。
とてもすてきなブログで、
いつも楽しみに読ませていただいています。
それによると、シュウくんは、「のり○ま」が大好き。
あるとき、お母さんが別のメーカーのふりかけを買ってきたところ、
一口食べただけで、シュウくんは、違うものであることを見破ったのだそうです。


あー あるある。そうなのよ~!
うれしくなってしまいました。
のんたんにも、同じことがあったのです。
のんたんの場合は、「牛乳」でした。


6歳の時、牧場に連れて行って、絞りたての牛乳を飲ませたのです。
一口飲んで、そうとうおいしかったみたいで、
不思議そうに、
「ギュウニュウ?」
と尋ねてきました。
なんだかやけに美味しいけど、これ、牛乳なの?
と言いたかったんでしょうね。^^


まだ、あまりことばが話せなかった頃だったので、
のんたんが自分の食べたものについて、言葉にしてくれたことを、
すごくうれしく思いました。


もう15年も前の話で、すっかり忘れておりました。
今、同じ事を書こうと思っても、絶対に書けません。^^
やっぱり、その場その場で、文字に残しておくものですね。


詳細は、こちらです。
のんたん日記 3.29.牛乳?
http://limings.sweet.coocan.jp/nontan03/nontan0329.html


ガンになって
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MIYO'S WEBSITE(全盲難聴の、のんたんの育児記録)
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なるほど なるほど! 盲学校の運動会

運動会で。応援合戦です。(全盲難聴 のんたん・11歳)



長男は、小学校から12年間、盲学校に通いました。
盲学校は、視覚に障害のある子どもたちが通う学校です。
ですから、運動会にも、盲学校ならではの、
「なるほど」がありました。
たとえば…


・みんなで行進するときは、前の人の左の肩に、自分の左手を置いて、
 みんなでつながって歩きます。(かわいいです。^^)
・かけっこでは、先生が子どもの前を走り、大きな声で呼び続けてくれます。
 子どもは、その声のする方にむかって走ります。
 先生の声が聞こえないと困るので、声援は禁止です。(静かに見守る)
・玉入れでは、玉を投げません。カゴの場所をさわって確認し、
 カゴの中に玉を入れます。なので、カゴの高さを低くしてあります。
そして…
・生徒の数がとても少ないのに、
 一般の小学校と同じくらい、
 たくさんの競技をこなさなければなりません。
 したがって、出番がとても多いです。
 自分の出番が終わって、待機席に戻ると、すぐに次の出番がやってきます。
 なので、とても忙しいです。(笑)


全盲・難聴ののんたんには、そもそも、
「うんどうかいって なに?」
「こうしんって?」
「なんでここではしるんだ~」
などなど、疑問がいっぱいで、
毎年、親はどきどきしながら見ておりました。
それでも、上記の写真の頃には、
みんなといっしょに「応援合戦」の演技ができるようになっていました。
運動会はいつも、ここまでおしえてくださった担任の先生に、
ただただ感謝の一日でした。


当時のようすを、
のんたん日記 8.5.おおはりきりの運動会
にアップしました。
http://limings.sweet.coocan.jp/nontan08/nontan0805.html


その他の記録は、
のんたん日記1~7
http://limings.sweet.coocan.jp/nontan01/nontan0100.html
をご覧下さい。
ガンになって
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医療費控除で工夫していること - 昨年は 1,740,488円!

だいすきなキーボードと。(全盲難聴 のんたん・7歳)
音がよく聞こえるように、
耳をキーボードにくっつけて遊びます。



確定申告のため、昨年の医療費を計算しました。
家族4人分の合計額は、なんと、1,740,488円。
予想していたことですが、
やはり、すごい金額でした。


いちばん大きいのは、私がガンで入院・手術したことですが、
それ以外に、
5月にころんで、前歯が折れてしまったこともあります。
そのインプラントの費用が、500,000円


初めて医療費控除を申請したのは、30年以上前でした。
当時は、わけがわからず、
とにかく、病院の領収書だけを集計して提出しました。
税務署の人も、ただ受理しただけで、
なんにもおしえてくれませんでした。
もったいないことをしました。


その後、いろいろ調べてみて、
もっともっと請求できた費用があったことを知りました。


今では、
 ・町の薬局で買ったお薬代
 ・通院するときにかかった交通費
なども、全部、申請するようにしています。
今はネットがあるので、こんなことは、皆さんご存じだと思いますが…。


我が家の場合、長男は全盲なので、ひとりでは通院できません。
なので、本人と介助の人の分を合わせて、
交通費は二人分を計上しています。
ヘルパーさんに通院介助をお願いした場合は、
ヘルパーさんの費用も、いっしょに申請しています。
障害者ということで、医療費は無料ですが、
それでも、交通費はかかるので、
医療費が無料の場合でも、
交通費はしっかり申請します。


こんなふうにあれこれと細かく計上していると、
年間ではけっこうな金額になってしまいます。
エクセルで自動計算できるようにして、
できるだけ手間がかからないようにしています。
それでもやっぱり、集計作業はめんどうくさいです。
毎年2月に、領収書の束をひっくり返しながら、
しかたなくやっています。


合計額が少ない年は、
戻ってくる金額も少ないので、ちょっとがっかり。
合計額が多い年は、
「たくさん戻ってくるな~」
と、うれしくなりますが、
これってほんとは、喜んでいいんだか、悲しんでいいんだか、です。



「のんたんとキーボード」の軌跡は、
のんたん日記1. 30.のんたんのキーボード
http://limings.sweet.coocan.jp/nontan01/nontan0130a.html
をご覧ください。


ガンになって
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湖のほとりで - 障害のある子どもを、見殺しにした父親

運動会で。(のんたん・7歳)
紛失防止のため、
補聴器とTシャツを、チェックのリボンでつないでいます。



湖のほとりで


「湖のほとりで」という、イタリアの映画を見ました。
北イタリアの小さな村で起きた、殺人事件の捜査を描いた作品です。
殺されたのは、その村に住む少女だったのですが、
その殺人事件とは別の話として、
映画の中で、我が子を見殺しにした父親の話がでてきました。


その父親の妻が、息子が亡くなった日のことを語ります。
「私は徹夜でした。
 一晩中あの子が泣き続けたのです。
 朝5時まで泣き続け、やっと寝入ると
 2時間後にまたです。」
「聞こえたのは、あの子がわめく声だけ。」
「いつものことです。
 何時間もカップでテーブルを叩く。
 欲しいものをもらうまで。
 服を着せれば すぐさま
 全部脱いでしまう。
 薬を飲ませれば吐き出す。
 でも、毎日がそうなのです。」


映画では、その男の子に障害があったとは、言いません。
けれど、障害児だったんだな、とわかります。
私にも、同じようなことがあったから。


長男が夜昼逆転し、夜じゅう起きているため、
私は、二日間徹夜状態で、出勤したことすらありました。
長男は、体になにかが付くのをいやがったので、
帽子も、靴下も、上着も、ばんそうこうも、
なんでも、付けたとたんにはがしとる、の連続でした。
薬どころか、食事すらなかなか食べてくれず、
一回の食事に2時間つきっきり。
長男の食事に、一日6時間を費やしていた頃もありました。


「だから、気持ちがわかる」とか
「だからといって、殺さなくても」とか
言うつもりはありません。


ひとつだけ思うのは、
「この夫婦に、寄り添ってくれる人はいなかったのだろうか。」
ということです。


長男がまだ一歳の頃です。
一度も会ったことのない方から、
「のんたんに会いたいです。
 いっしょに遊ぶのが楽しみです。」
とメールをいただいたことがありました。
この人は、どうして、会ったこともない我が子と遊びたいのだろう、
と、当惑しました。
が、そう言ってくれたのは、彼女ひとりだけではありませんでした。
長男を育てていく中で、少しずつですが、
同じような方との出会いがありました。


日中は保育園。
週末はボランティアさん。
たくさんの方々を巻き込んで子育てする中で、
私たち一家は、助けられてきたのだと思います。
私たちが恵まれていたのは、
「ひとりで育ててるんじゃない」
と、いつも実感できたことでした。


そもそも母親って、「ママ友」とか、すぐにできるから、
ひとりで悩むこと自体が、少ないと思います。
でも、父親って、むずかしい。
子供のことでなにかあっても、
相談できる友人もなく、
ひとりで抱え込んだり、
自分だけ逃げたりします。


映画の中でも、追いつめられ、
我が子を見殺しにしたのは、父親でした。
この父親を、だれかがサポートしていれば、
悲劇を防ぐことができたかも知れないのに、
と、この映画は訴えたかったのだと感じました。


我が家の長男は、今、21歳です。
今日も、ふたりのボランティアさんといっしょに外出し、
楽しい週末を過ごしました。


介助の方から、
「無事、お送りし、今お別れしたところです。
 のぞみくんから、元気をもらって帰ります。」
と、メールをいただくたびに、
いつも思います。
助けられているのは、長男だけではなく、
私たち家族全部なのだ、と。



上の写真の運動会の様子は、
のんたん日記4. 12.盲学校の運動会
http://limings.sweet.coocan.jp/nontan04/nontan0412a.html
をご覧ください。

ガンになって
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全盲難聴・のんたん ボランティアさんとでかける(21歳)2016年12月17日

(ボランティアのカノウさんと、電車に乗っています。)


のぞみは、高校1年生の春から、
高田馬場にあるウクレレ教室で、レッスンを受けています。
高校時代は、月に3回。
卒業してからは、毎月、2回。
通い続けて、もう6年になります。


高校生の頃は、放課後、学校からそのまま教室に行き、
レッスンのあと、帰宅していました。
両親が共働きしているため、
学校のお迎えや移動の介助は、すべて、
ボランティアさんやヘルパーさんがやってくださいました。


高校を卒業後、のぞみは、盲重複障害者施設・S園に入所しました。
ふだんはS園で生活していますが、
月2回のウクレレレッスンは、今も続けています。


レッスンの日になると、ボランティアさんが、
S園まで迎えに来てくださいます。
外出先で、ボランティアさんといっしょにランチを楽しみ、
その後は、ウクレレ教室に向かいます。


レッスンが終わると、
ボランティアさんといっしょに、S園に帰ります。


のぞみは、もう、親の手をはなれてしまいましたが、
毎日、S園での生活を楽しみ、
ボランティアの皆様のおかげで、 余暇を楽しんでいます。


S園にも、ボランティアの皆様にも、
感謝、感謝です。


12月17日は、ボランティアのクリスさん、カノウさんといっしょに
お出かけしました。
そのときのようすを、クリスさんがメールで送ってくださったので、
http://limings.sweet.coocan.jp/nontan18/nontan1803.html
で、ご紹介しています。
節目節目で、のぞみがすぐに気持ちを切り替えられないときでも、
のぞみの気持ちを大切に、寄り添ってくださっていることを、
うれしく思いました。



のんたん日記18.3 ボランティアさんといっしょに(2017年12月17日)
http://limings.sweet.coocan.jp/nontan18/nontan1803.html
をアップしました。
その他の記録は、
のんたん日記1~7
http://limings.sweet.coocan.jp/nontan01/nontan0100.html
をご覧下さい。
ガンになって
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