MIYO'S WEBSITE-全盲難聴のんたんの育児記録と卵巣ガンで思ったこと

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは21歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。

全盲難聴・のんたんの妹 - 初めてのお迎え

初めて、双子の妹・あみちゃんの介助で歩く長男(全盲難聴・のんたん 18歳)



障害のある長男を育てながら、夫婦共働きを続けた私達。
数多くのボランティアさん、ヘルパーさん、友人らに助けられて、
12年間の放課後をのりきりました。


その間、こころがけてきたことは、
 長女をあてにしない。
 長女を犠牲にしない。
ということでした。
長女は、長男と双子で生まれました。
手のかかる長男がいたので、小さい頃から、
どうしても、長女が割を食うことがあったと思います。
なので、「長男の放課後については、長女を使わない。」ということを、
ずっと心に決めていました。
彼女には彼女なりの、楽しい放課後を過ごさせてやりたい、と思っていました。


けれど、ある日、そうもいかない事態が起こりました。
その日、放課後をデイサービスで過ごした長男は、
ヘルパーさんに隣町の駅まで送っていただくことになっていました。
夕方、その駅の改札口で、
仕事帰りの母親(私)が長男を引き継ぐ手はずになっていたのです。


ところがその日、やむをえない急用ができ、
私がどうしても、指定の時間には間に合わないということになってしまいました。
やむにやまれず、私は、娘に電話をかけ、頼みました。
「これから、○○駅の改札口に行ってほしいの。
 ヘルパーさんがのんたんをつれてくるから、引き継いでくれない?
 おかあさん、できるだけ急いでかけつけるから、
 15分だけ、のんたんといっしょに、改札口で待ってて。」


娘はびっくりしていましたが、
「オッケー♪」
と。


「長女の小さなからだで、務まるだろうか。」
と、実は、内心、心配でもありました。
けれど、私が仕事の後でかけつけてみると・・・。
当然ながら、ヘルパーさんは帰ったあとで、
娘と長男が、2人並んで、改札口の横に立っていました。
ああ、よかった…。


安堵しながら、3人で家路に着いたときに撮ったのが、
上の写真です。
背の低い娘が、それでも、長男に肩を貸し、
ふたりで並んで歩いています。


ふたりとも、超未熟児で生まれました。
長女には障害が残らなかったけれど、慢性肺疾患で、
小さい頃は、ヒィヒィと音を出しながら呼吸していました。


そんな娘が、小さな体で、それでも堂々と、長男と歩いていきます。
双子で生まれたふたりが、この日初めて、ふたりきりで並んで歩きました。
大きくなったね…。


娘の後ろ姿が、頼もしくて、うれしくて、
何枚も写真を撮りました。



その他の記録は、
のんたん日記18
http://limings.sweet.coocan.jp/nontan18/nontan1800.html
をご覧ください。
ガンになって
http://limings.sweet.coocan.jp/miyo01/miyo1703.html
MIYO'S WEBSITE(全盲難聴の、のんたんの育児記録)
http://limings.sweet.coocan.jp/
も、少しずつ更新しています。



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