MIYO'S WEBSITE-全盲難聴のんたんの育児記録と卵巣ガンで思ったこと

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは21歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。

盲学校の育児教室で話しました - 聴覚視覚障害児を育てるおかあさんへ ②

2006年11月3日 盲学校の玄関で。スクールバスから降りたところです。(全盲難聴・のんたん 11歳)


自立に向けて大切にすべきこと(しつけ、身辺自立、学習)


(1) しつけ「コミュニケーションの基礎を築く」


 赤ちゃんの頃の長男は、まったく見えず、聞こえない状態でした。なので、声をかけても反応がなく、あやして笑うようなこともなく、おそらく、自分だけの世界にいるのではないか、と思うような状態でした。
 いくらかでも、ことばのやりとりができるようになれば、また教えられることもでてくるのでしょうが、なにしろ全盲・難聴だったので、始めは、なにをどうおしえることができるのか、もわかりませんでした。
 そんな頃に、いちばんはじめに考えたのは、とりあえず、「これから何が起こるのか」ということだけは、この子に伝えよう、ということでした。
「見えない聞こえない世界」の中でひとりで生きていて、「いきなり、自分の口に何かを入れられる」、「いきなり、服を脱がされる」、または、「外に連れ出される」、のように、わけもわからず、自分のまわりがどんどん、勝手に変わってしまうというのは、かわいそうだな。と思いました。
 少なくとも、「ごはんだよ」とか、「おふろだよ」とかの、「これからなにが起こるのか」くらいは、おしえてあげたい。それが、長男に対するいちばんはじめのアプローチだったかな、と思います。
 そこで考えたのは、「共通の言葉を作る」ということです。「お互いが理解できるものを、共通のことばにする」という方法は、オブジェクトキューなどと言われるようで、ご存知の方も多いかと思います。
 オブジェクトキューで思い出すのは、我が家が親しくしている、ある女のお子さんの話です。その女の子は、ろうで弱視だったので、ことばは聞こえませんが、少しだけ見ることができました。そこでおかあさんは、イトーヨーカドーのハトのマークのカードを作り、「これからスーパーに行こう」と伝えたいときは、そのカードを見せるようにしたそうです。車に乗るときは、車のキーを触らせたそうです。そうすると、やがて、そのお子さんは、スーパーに行きたいと思ったときは、ヨーカドーのカードを持ってきて、おかあさんに見せるようになりました。車ででかけようよ、と言いたいときは、車のキーを持ってきたそうです。つまり、「共通のことばを持つ」と言うことがきっかけとなって、そのお子さんは、自分が望むことを伝えられるようになったんですね。
 子どもが、「自分の思いを相手に伝えたい」と思う気持ちになるように育てていく。そういうコミュニケーションの基礎を築くことは、盲ろうの子どもにとって、生きていくうえでの大きな力になります。そのためには、子どもにわかる形で、情報をつたえ、やりとりしていく、ということの積み重ねが、大切なんだと思います。
 我が家の場合、それは、「歌」でした。一歳ごろの長男は、少しだけ聞こえるようになっていたようで、歌には関心を持っていました。なので、わかってくれるかどうかわからなかったけれど、これから何が起こるか、ということを、いつも、歌でおしえることにしました。「ごはんの歌」「お風呂の歌」「おでかけの歌」などを創作し、ごはんやおふろの前には、必ずその歌を歌うようにして、長男に伝えていました。
 行動だけでなく、人の名前も、歌で伝えました。
 当時の長男には、「誰にでも名前がある」ということが理解できていませんでした。それでも、関わるひとりひとりの人を区別できるようになってほしい、と思ったので、長男と会う人には、あらかじめお願いして、テーマソングを決めてもらっていました。そうして、初めて長男に会ったときに、自分の名前を告げ、そのあとに、「テーマソング」を歌っていただくようにしました。つまり、ひとりひとりが、長男にわかるような、「歌のサイン」を持ったわけです。もちろん、歌が苦手な人もいらっしゃるので、そういう場合は、香水とか時計とか、その方の目印になるものを決めていただきました。
 そんなことを続けているうちに、長男は、その「歌のサイン」に気がついたようです。あるとき、「東京音頭」を名刺がわりに歌った人がいたのですが、数ヵ月後、またその人に会ったとき、長男のほうから、いきなり、「東京音頭」を歌い始めました。何ヶ月もたっているのに、「ああ、以前会ったあの人だ。東京音頭を歌った人だ。」と覚えていたのだ、とわかり、みんなでびっくり。大笑いしました。
 ごはんをきちんと食べるとか、着替えをするとか、あいさつをするとか、しつけというといろいろあると思いますが、そういうことは、あまり親があせっておしえなくても、(先生からは、怒られるかも知れませんが)学校に入ってから、先生といっしょに覚えていってもかまわないのではないかな、と思います。
 それよりも、家庭で、いちばんにやっていただきたいな、と思うのは、「コミュニケーションの基礎を築く」ということです。見えなくても、聞こえなくても、こうすれば子どもとやりとりができる、という方法、つまり、「共通のことば」を、親子で築いていく、というのが、家族のいちばんおおきな役割ではないかと。
 盲ろう児というのは、暗くて音のない世界に、たったひとりで閉じ込められているようなものです。ですから、「なんでも、周りの人がすべて教えくれる。」と言う雰囲気で育てられてしまう可能性があります。そういうことを続けていると、やがて、「言われたことにしたがっていればいいのだ。」とか、「教えられることをきくしかないんだ。」と言う、指示待ちの子どもになっていく可能性があります。その結果、子どもが、自分で考えるのをやめてしまうおそれもあります。
 子どもが小さい頃に、私が教わったことで、今でも印象に残っているのは、「触らせるときの手」に注意する、ということです。「目が見えないから」と、大人は、なんにでも触らせようとします。普通は、子どもの手を上から持って、触らせたいもののところにもって行き、触らせます。でも、「これはよくないですよ」と言われました。子どもが、触りたくても、触りたくなくても、いきなり手をつかまれて、なにかを強引に触るように仕向けられる。これには、子どもの意思がないんですね。「これはなんだろう?」という気持ちがあって、こどもが自分から触る、ということではないわけです。
 これを繰り返していると、そのこどもは、「自分の意思に関わりなく、大人は自分の手を物に持っていくのだ」と思い始めます。そして、他人からそうされることが当たり前になっていくと、今度は、「自分から手を出す」ということをやめてしまうそうです。つまり、自分から物に触ろうとしなくなるわけですね。
 では、どうすればよかったのでしょうか。
 答えは、子どもの手の持ち方にあります。普通は、子どもの手を上から持つのですが、目が見えない子どもに物を触らせるときには、自分の手のひらに子どもの手を置いて、触らせたいもののところまで導いていくわけです。こうすると、「今はさわりたくない」と、子どもが思ったとき、その子には、「自分の手を引っ込める」という自由があります。「強引に、大人に触らせられる」のではなく、「触るかどうかを、決めるのは自分」ということです。そういうところから、子どもの、「自分はこうしたい。」または、「したくない。」という気持ちを大切にしていくのだ、と教わりました。
 子どもに対して、「ひとりではないよ」「世の中にはたくさんの人がいて、関わりあっているんだよ」「いろんなことを、いっぱいおしえてあげるよ」と伝え、子どもの内面から、「自分のしたいこと、欲しいものを、相手に伝えたい。」と思う気持ちを引き出していく、つまり、「子どもが自分で考え、発信していく力」を、いっしょにはぐくんでいく。盲ろうの子どもの場合、そういうことが、なによりたいせつなのではないかと思います。


(つづく)

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